フリーランス内科医の構想「百人会議」「女医コン」で業界活性化

長時間労働、医師の偏在による医療リソースの不均衡、右肩上がりの医療費など、医療が抱える課題は枚挙に遑がない。自ら社会課題の解決にあたりつつ、医師や父親としての役割も担う、独自の生き方を体現する事業構想家が展開する新事業とは何か。

住民夏祭りを主催する薬師寺氏

循環器内科医として複数の医療機関で診療にあたる薬師寺氏。その一方で、医療系の学会を活性化する新しいシステムの開発・運営を行い、さらに女性医師の出逢いの場を全国で主催している。他にも父として育児に勤しみ、地域や同業のコミュニティの幹事など活動は幅広い。「フリーの内科医というポジションを活かし、日常のどれかを犠牲にするのではなく、事業や活動を選択しながら、人生を楽しみたいと考えています」

薬師寺氏が事業構想大学院大学に入学を決意したのは、ソーシャルメディアで何気なく目にした院生募集広告だった。「横浜の大学病院の勤務医だったときに、2年間米国ニューヨーク市へ留学する機会をいただき、日本の医療から一旦離れていろいろな経験を積ませてもらいました。米国に暮らしていると、意外なほど日本の情報は入って来ず、新鮮な驚きを感じました。そののち帰国して慌ただしい日常に戻るなかで、医療の内外で日本のために何か貢献したいと思っていた時に募集をみつけたので、大学院の門戸を叩きました」

日本の会議を熱く、楽しく
「百人会議」構想

大学院では、今まで触れたことのなかったマーケティングや広告など、異分野・異業種の同級生や教員との演習・交流から刺激を受けたという薬師寺氏。研究と学修を経て在学中に実現したのが、ICT技術を活用し、学会・会議でインタラクティブな議論を実現するシステムだ。「通常は壇上からフロアへと一方的に情報が流れます。聴衆の思い付いた質問や意見は、実は思いがけない着想の種でありながら、それらを集めることはことが大変困難でした。また学会のプレゼンで言及される文献は、聴衆が現地でメモをとり、帰宅後に検索し直しているのです」

薬師寺氏の構想した「百人会議」では、聴衆個々が手持ちのスマホから投票・コメント投稿・事後アンケート回答・資料/文献へのアクセスをワンストップで行えるとのことだ。座長は、聴衆のコメントを拾ってディスカッションの話題にできる。参加者は、日常の疑問を取り上げてもらえ満足度が向上する。主催者にとっては、参加者属性の集計や開催レポートの作成など、会のデータ化、運営の省力化に繋がる。

「百人会議」の様子

「百人会議」のスマホ操作画面

一般のソーシャルメディアでは、不適切コメントや「荒らし」が発生し、円滑な進行が妨げられる懸念がある。「百人会議では、そのような類の投稿は総数の1~2%と極めて少ないのですが、操作係がチェックして不適切コメントが表に出ないようにコントロールしています。そのため運営側としては安心なはずです」(薬師寺氏)。大学院の同級生やゼミの指導教官よりユーザー目線に立った多くのフィードバックをいただいた後にサービスイン。会議活発化のツールとして、医療業界を越えて多くの導入実績を得ている。

医療のプロフェッショナルに
職場を離れた出逢いの場を

薬師寺氏が事業構想大学院大学を修了後、2014年に実現したもう一つの新事業が、未婚女性医師の出逢いの場をプロデュースする「女医コン」だ。

「女医コン」の開催風景

長時間労働に加え、当直や出張、急患への臨時対応など、不規則な勤務を強いられる医師は年齢を重ねるにつれて出逢いの機会が限られてゆく。「病院内は既婚男性と未婚女性が多い職場です。視野を広げ外に出会いを探しましょう、というのが女性医師に伝えたいコアメッセージです」

生涯未婚率で比べると、男性は約3%である一方、女性は36%というデータもある。「女医コンでは女性のみを会場に先に入れ、僕がプレゼンをします。年齢層・職業ごとの未婚率や結婚相手に求める傾向をデータで客観的に提示し、婚活に対する女性医師の意識変革を促します」。時には発声練習・マナーupのコツなども交えつつ、独身男女が楽しく交流できる場を演出し、2018年には首都圏ほか各地方都市で55回を開催した。その結果、最近では1カ月に数回という頻度で入籍または婚約の報告を受けているという。

ただ、男女の結婚年齢が都会と比べて低く、女性医師に対する心理的なハードルが高い地方の参加者をどう集めるかなど、課題は少なくない。

「参加女性医師の60%超は男性医師を結婚相手として積極的に希望するというデータがあり、『娘の配偶者には医師を』という両親の希望と強い相関があります( 女医コン調べ)。一方で独身の男性医師は特に35歳を超えると大変希少なのが現実です。実は女医コンを始めてから気づいたのですが、都市部を中心にインテリジェンスの高い女性医師との縁を求める一般男性は結構多いのです。このチャンスを活かさない手はないでしょう。今後もみなさんのご協力のもと、社会のミスマッチを良縁につなげるべく事業を継続していきます」(薬師寺氏)。

「世話焼き」をミッションに

複雑化する現代は、個人が多様な役割を演じる「分人」社会とも言われるが、薬師寺氏の持つ顔はひときわ多彩だ。「生来、色々なことに興味が湧く性分で、何か世の中のニーズに気づくと自分にできることはないか? と探ってみます。たまに形になるものがありますが、そのプロセスで発見したことが『自分は人の世話を焼くのが好きで、人と人をつなぐのが得意』という点です。大体は最初の一歩が踏み出せない人に声をかけて一緒に楽しむ、というパターンですね」

医師である妻と家事・育児を分担し、入居する集合住宅の集いでは、夏祭りや新年会の幹事役を率先して引き受ける。「よく訪問先から『変わり者のドクターだね』という感想を頂きますが、自分にとっては『褒め言葉』だと受けとめています。自分が一枚噛んで、社会の風通しをよくすることができれば嬉しいですね」

薬師寺氏はまた、埼玉県の長瀞町や青森県八戸市に月2回の診療へ赴く。「八戸では散髪やジム通いなどを合間に組み込み、自身の日常でも一つの拠点になりました。地方の医療者不足が叫ばれて久しいですが、部分的でも地方の医療に貢献してくれる人が多くなればそういった問題を改善できるかもしれません」

今後の人生プランを伺ったが意外にもあまり考えていないということ。「現行のサービスを発展させていくことが最優先です。空いた時間は子供と遊ぶことが楽しくてそれに費やしていますが、子育てがひと段落したらまた新しい構想・事業に挑みたいと思います」これからの薬師寺氏の活躍に期待したい。

 

薬師寺 忠幸(やくしじ・ただゆき)
Medtech JP 代表、女医コン管理人、事業構想大学院大学2期生