遠隔医療で母体と胎児を守る 海外で先行導入、日本でも

産科医療の担い手は不足しており、病院数は減少している。高齢出産が増えている中で、妊婦が通院しづらい地域の増加は大きな問題だ。新しい遠隔医療システムによって、そうした社会課題を解決し、周産期医療を変革しようとしているベンチャーが、香川県にある。

尾形 優子(メロディ・インターナショナル CEO)

近年、産科医および産科施設の減少により、周産期医療は危機的な状況にある。産科が遠方にしかないために、日々の通院が大きな負担となり、特にリスクのある妊婦にとっては、安心して周産期を過ごせる環境が整えられていない地域も少なくない。

さらに、特定の病院に妊婦が集中することで産科医はより激務になり、さらに担い手が少なくなるという悪循環も起きている。そんな中、新たに開発された小さな医療機器がその状況を劇的に変えようとしている。

在宅で産婦人科医にデータ送信

香川県のベンチャー、メロディ・インターナショナルが香川大学との産学連携により共同開発した『分娩監視装置iCTG』。一見、インテリアショップに置いてありそうな可愛らしい雑貨にも思えるが、この小さなボディには大きな可能性が秘められている。

iCTGは、妊婦のお腹の張りと胎児の心拍数を測ることができる計測器だ。従来、そうした計測は病院にある大きな機器でしか行えなかったが、iCTGならば、いつでも、どこでも、簡単に計測ができる。

メロディ・インターナショナルは、妊婦とその家族や医療機関、行政などをつなぐ周産期遠隔医療プラットフォーム『Melody i』を構築しており、iCTGで計測したデータは、タブレット端末を通じて病院の担当医に送信される。

『Melody i』がもたらす周産期医療の変革について、CEOの尾形優子氏はこう話す。

「最近は、高齢での妊娠やハイリスクの妊娠が増加傾向にありますが、妊婦さんに自覚症状が無い場合もあり、日々細かくモニターする方がより安心です。『Melody i』を使えば、地方や離島であっても、医師にアドバイスを求めることができ、何か異変があればすぐに連絡がくるので、より安心して周産期を過ごすことができます」

また、それにより病院側の管理も圧倒的に効率化され、産科医の働き方の改善にもつながる。まさに、現代の周産期医療が抱える問題を一挙に解決する可能性を秘めた、革命的なシステムなのだ。

妊婦のお腹の張りと胎児の心拍数を測ることができる計測器『iCTG』。このデバイスにより、いつでも、どこでも、簡単な計測が可能になる

出会いが生んだ2度目の起業

2015年に設立されたメロディ・インターナショナルだが、尾形CEOにとっては2度目の起業だった。

「以前は産科の電子カルテを提供する会社を経営していました。最初の創業当時、PCを持っていない先生もたくさんいらっしゃったように、医療業界はIT化が遅れています。しかし、当時から産科医はどんどん減ってきていましたから、今後オンライン診療が必要になってくるはずだと思い、今の会社を創業することにしたんです」

同じく産科医療のために尽くした最初の起業だったが、そのとき、現在につながる重要な人物との出会いがあったという。

「電子カルテを構築する際にお世話になった香川大学の名誉教授・原量宏先生です。原先生は、かつて全国ワースト5だった香川県の周産期死産率を全国1位にまで押し上げることに貢献した周産期医療のスペシャリスト。機械で胎児の心拍数を計測するのは難しいと言われていた時代に、超音波での胎児モニターを発明したのも原先生でした。原先生との出会いなくして、『Melody i』が完成することはなかったと思います。そうした産学の深いつながりがあることは、地方のスタートアップにとって大きなメリットであると感じています」

しかし、事業化に至るまでには大きな苦労があった。研究室のプロトタイプから商用の製品にする必要があり、iCTGの製造は一筋縄ではいかなかった。医療機器の業界は患者の安全を守るために、厳しい基準が設けられていたのだ。

「マイクロUSBによる充電やタブレットの使用など、ユーザーフレンドリーな設計は、大手医療機器メーカーには受け入れられませんでした。そのため、最終的には地元の電子機器工場に依頼しました。医療機器を手掛けた経験がない工場だったので、製造技術のハードルはたくさんあり、新たに免許を取得してもらう必要がありました。それ以外にも、専門家には『無理だ』と言われていた医療機器製造販売業の認可や、医療機器の薬事認証を自力で取得するなど、多くの困難を乗り越えました。運も味方してくれて、なんとかすべてをクリアすることができたんです」

メロディ・インターナショナルは、周産期遠隔医療プラットフォーム『Melody i』を構築。iCTGで計測したデータは、タブレット端末を通じて病院の担当医に送信される

先行して海外での導入に成功

『Melody i』は日本では発売が始まったところであり、国内外の多くの病院で実証運用を行っている。先駆けて実証実験を行っていたタイでは2017年までに多くの妊婦の早期搬送を実現した実績が認められ、2019年6月にはチェンマイにある全ての公立病院に導入される予定だ。

「今後、日本と世界で『Melody i』を普及させていきます。まずは、導入する病院を増やすところから。さらに将来的には、病院に納入するだけでなく、妊婦さん個人が手軽な価格でレンタルできるような事業モデルを整えたいと考えています」

iCTGで計測したデータは、かかりつけの病院に送信され診断に活用されるだけでなく、クラウドサーバー上に匿名化されたビッグデータとして蓄積されていく。

そうした周産期のビッグデータがあると、産科医が少ない発展途上国などでもAIを活用した診断サポートができるようになるという。

「目指すは、世界中の妊婦さんに安心・安全な出産を提供すること。世界の周産期死亡率を私たちの事業で下げていきたいですね」

周産期医療の革命が今、香川県から起きようとしている。

日本に先駆けてタイで実証実験を実施。そこで実績をあげることに成功し、2019年6月にはチェンマイにある全ての公立病院に導入される予定だ

 

尾形 優子(おがた・ゆうこ)
メロディ・インターナショナル CEO