アスリートの知見を次世代へ 事業構想の学びを「教育」に活かす

多様な種目や第一線のアスリートの経験に触れる機会が限られがちな公立学校の現場。卓越した能力を持ちながら、社会に価値が認められにくいアスリートたち。両者をつなぎ、アスリートと子どもたちが共に「成長と学び」を得る機会を提供する構想とは何か。

佐田元 稜(MUCHU 代表理事)

2020年に夏季オリンピック・パラリンピックの開催を控え、競技スポーツへの社会の熱気は高まっている。他方で、第一線で活躍したアスリートの引退後キャリア(いわゆる「セカンドキャリア」)、また第一線の舞台に惜しくも届かなかったアスリートの活躍の場については、依然として未開拓という実情がある。

アスリートの経験を
子どもたちに伝える

もともと「アスリートが子どもたちのためにできることはないか」と考え、地域活性化を軸に活動していたという佐田元氏。教育業界に入る切っ掛けとなったのは、2010年の終わりだった。

「アスリートを地域に呼んでイベントを開催し、その時は人が集まって盛り上がっても、後が続かないと気付きました。地元の人が考え実践し継続しなければ、本当の街おこしにはならない。継続的な文化へと成熟させたいと考え、小学校での取り組みを考えていたところ、授業でやってみますか?という話を頂いたのです」。翌年から早速、その公立学校教員らと協議し、授業を開始した。

授業の采配を引き受けて教室に入る佐田元氏は、目前の状況に衝撃を受ける。「子どもが先生にぞんざいな言葉遣いで接し、逆に先生が子どもに敬語を使う光景にショックを受けました。子どもたちには、秀でた人間への『尊敬の念』を今一度抱いてもらいたいと感じました」

授業で訪れるアスリートも、しばしば同様に無礼な振る舞いを受けたが、ひとたび実技を見せると、その言葉に訊く耳をもつようになる子どもたちの変化に気づいた。「子どもは素直です。授業後にも生徒たちが集まってくれるか否かで、本人に対する評価が如実に現れます」

もちろん、見せるのは運動能力や技の優劣だけではない。「アスリートは卓越した身体能力を持つ一方で、人の何倍も苦労しており、その言葉一つ一つには重みがあります」。能力を得るため自らに課す厳しい鍛錬や節制、指導者や同僚とのコミュニケーションや錬磨が全て人間性となって現れる。

この経験を通じ「アスリートの経験やスポーツスキルを、子どもたちが理解しやすいような形で伝えていく『授業』と『講演会』が事業の柱になりました」と佐田元氏は語る。

車いすバスケット元日本代表キャプテンによる「MUCHU講演会」

子供たちが選択できる力を育む

「ある調査によると、子どもがするスポーツは、両親や近親者が与えた選択肢のなかから取り組むことが多いという結果が出ています。こうした事情に照らし、私は『スポーツの選択権』を子どもたちに広く与えたいと考えました」

多様な選択肢の提示はまた、権利のみならず、身体の発達にも影響すると佐田元氏は語る。「日本では1つのスポーツに特化した教育が幼少から施され、身体に柔軟性が出にくく怪我が起きやすい。これに対して欧米諸国では、1年を3~4シーズンに分けてシーズン毎に異なる種目が教えられています。特定のスポーツに偏らず総合的な身体の発達につながる、という考え方に根ざしています」

更に障がい者が取り組むパラスポーツにも視野を広げれば、多様性への理解にもつながる。「そもそも、障がい(ハンディキャップ)とは『何らかの心身の不具合が原因で、日常生活に不便をきたすこと』ですが、実際に競技してみると、パラアスリートのほうが優れた運動能力を発揮します。問題は本人ではなく不便を引き起こす周りの環境にあることが徐々に分かっていきます。健常者と障がい者お互いの意識を変えることで、社会の中の障がいをなくすことにつながります」

大学院での学修経験を
教育事業に活かす

多様性ある教育事業の展開は魅力的だ。とは言え、その目的は子どもに判断できる力を付けることであり、判断方法を教えることではない。「大人が決めた環境を子どもにそのまま与える観点では、子ども自身の判断力が育たないと考えます。適切な場で、子どもが自ずと学んでいける仕組みづくりを構想しました」

その際に役立ったのが、事業構想大学院大学での2年間の学修であったと佐田元氏は語る。「科目を問わず、少人数形式で、議論を深めていく教育・研究の仕組みからは多くを学びました。また、どんな事業にも『継続』するうえでの壁があり、描いた構想には成功が確約されているわけでなく、画一的な答えがあるわけでもありません。そのような中で、自分の思い描いていることを率直にぶつけると、応えてくれる同期生や先生方がいることは、大きな励みになりました」

「放課後MUCHU」への拡大も

「事業の継続を考えたとき、公立学校予算の枠内で実施する講演会と教室に加え、子どもたちに対して定期的にアスリートの価値を提供し、その対価を得る第3のビジネスモデルも必要と考えました。自前で展開する授業の開設です」

折しも、文部科学省の推し進めている「放課後の空き教室有効活用」に目を向け、「放課後MUCHU」として2018年4月から展開。所属アスリートに対しても一過性のイベント収入でなく定期的収入を保証できるようになった。

全米選手権2連覇のチアダンサーによる「放課後MUCHU」

「スポーツの知名度や人気を問わず、アスリートは競技者として活動できる年齢が限られます。他方で、社会は人の『今現在の価値』を受け入れるものです。その意味で『夢中にさせてくれるの?』と目を輝かせる子どもたちと向き合う経験は、アスリート自身も、多角的な見方を得るチャンスだと捉えています」

東京都の学校や区の校長会に赴いて事業を説明し、教育現場の理解を得る日々と語る佐田元氏。自由な発想に遊びつつ、時に没頭する姿は、法人名のルーツでもある「夢中」そのものだ。

陸上100m全日本ファイナリストによる「MUCHU授業」

 

佐田元 稜(さだもと・りょう)
MUCHU 代表理事