2018年9月号

MPD発の新規事業

MPD修了生が活躍 被災時の情報伝達にブレイクスルー

月刊事業構想 編集部

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「限りある自分の人生の時間。子育てを一段落した後どう生きるか」東日本大震災をきっかけに自問し直し、一人の母親として構想を巡らせた。安全・安心を軸にした事業の拡がりと可能性を聞いた。

黒田 千佳(2012年入学・1期生 137 代表取締役社長)

「未来を担う子どもたちのために社会課題と格差を減らす。女性(母親)自身も幸せになるための事業をデザインする。次の世代に安全安心な暮らしの営みの大切さを伝え、未来を創る事業を生みだし続けたい」

育児期、家庭を最優先しながらの多様な仕事の経験は、専門性がないと言われることもあったが「無駄なことは1つもなかった」と黒田氏は言い切る。

事業を生み出し、未来を創る

緊急時情報伝達システム5co Voice(ゴコボイス)は、世界銀行の防災減災ハッカソンから誕生。横浜市内10区や東京都足立区で相次いで導入され、サービスリリースから3年目。新たに千葉県館山市や埼玉県吉川市などへと導入が進み、関東地域他県への拡がりを見せている。

5co Voiceを通じた音声情報の一斉送受信のイメージ図

出典:黒田氏提供資料から

 

しかし、着想から開発パートナー企業と自治体での実証検証を経てのサービスリリースまで、決して一人ではできなかった。「行政・チームメンバーとの共創、多くの人の支援があったからこそベンチャーを立ち上げ、新サービスを社会へ送り出せた」(黒田氏)。

新たな社会的・経済的価値を生み出すために必要なのは、課題とも気づいていない問いを立てる力。テーマは、暮らしの中にある。日々の感受性を研ぎ澄ませ、困難な状況を自分が体験すれば、やがて全てが肥やしになる。

2018年7月の西日本豪雨発災5日目には、岡山県倉敷市にいち早く、緊急時情報伝達システム5co Voiceを活用した、音声情報支援をボランティアですると決めた。緊急時こそ、誰一人取り残さない安全・安心対策が最優先と話す黒田氏はどう発着想を行い、実装に到ったのか。

生活者の目線で社会課題解決

「多様な未来を考えるとき、テクノロジーやサービスを押し付けていないだろうか。サービス・デザイン設計は、私のエゴではないかと、何度も自分に問いかけてきました」

黒田氏は東日本大震災での経験を契機に経済最優先より「幸せになるための安全・安心」を考え、生活者の目線で事業を生み出し、社会課題の解決に資する未来を作りたいとの思いから、開学間もない事業構想大学院大学の1期生として入学した。

大学院では岩田修一教授に師事。情報通信技術(IT)を駆使し、社会に求められる仕組みとして実装する模索を重ねた。「現場のニーズを熟知した方々が仲間にいれば、技術をカスタマイズすることは比較的容易です。しかし先端的技術だけが存在しても、何が受け手に必要な情報なのか、を考え抜かなければ役に立たないものとなってしまいます。大事なのは社会課題の本質を見付けること。現場の声に寄り添い、現場と共に開発していくサービス・デザインへの再編を試みました」

情報回線として誰もが普段から使っている電話の音声の利用を思いついたという。「電話回線は今や遅れた技術と見なされがちですが、『クラウド電話』という形で実装しました。ネットと異なりトラフィックの遅延がなく、通常の電話回線と異なり一斉着信を受けてもパンクしません」

緊急時には、Eメールや防災無線などでの情報発信では、受信者の状況確認などができなかった。普段使い慣れた電話が鳴ることで、高齢者への迅速な情報伝達も可能になった。レスポンス率も高く、受信自体が安否確認に繋がる。プッシュ操作による回答状況も自動集約され、職員の状況集約作業は格段に早く、楽になったという。

世界に出て課題発見力を磨く

在学中から国内外のハッカソンにも意欲的に挑戦してきた黒田氏。途上国×ICT×防災・減災がテーマの世界防災減災ハッカソンでは、電話の音声を活用した母子データのデジタル化「Save the Baby」構想でグローバルファイナリスト選定(2014年8月)、「気候変動対策にむけた集合知活用と協働プラットフォーム」でMIT Climate CoLab Conference で審査員賞受賞(2014年11月)をはじめ、数多くの受賞歴をもつ。

「グローバルなハッカソンに出て気付いたのは、『目先の課題への対症療法』にとどまることなく、物事の本質を問いながら多様でユニークなアイデアと対話。そして貢献への行動力は個人での意思決定力の強さを感じました。温暖化・激甚災害・地球規模の気候変動がなぜ生じているのか、持続可能な地球の未来をどう考え、何をしたら良いかと掘り下げた課題解決を追求する数多く出会い、対話と行動力に自身の視点を大きく揺さぶられました」

複合する社会課題の同時解決を目指すスキームは、2015年に国際連合で採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)にも通じる。

「基本理念である『誰一人取り残さない』は、私自身の事業に引き付けるなら情報格差の問題です。さらに東日本大震災の時、防災無線のマイクで、最後まで避難の呼びかけをしていた女性職員が、津波で命を落とされたニュースを知りました。5co Voiceのサービス・デザインは、災害弱者である高齢者やインターネットへのアクセスに困難を抱える方々にとどまらず、職員の方にも安全な場所に移動し、情報伝達と情報集約の自動化を可能にするデザインにしました」

緊急時の危機管理として複数の情報アクセスルートをもつことは不可欠だ。「大規模な設備投資をせず、日常使い慣れた道具を活用する。生活者の視点を事業構想に生かせたことは、何一つ無駄なことはないと、子育て中の女性にも伝えていきたいと思います」(黒田氏)。

社名に込められた数字の意味と謎

社会の安全・安心を軸にあらゆる課題に立ち向かう137は、まず印象的な数字が目を惹く。137(億年前)は宇宙の誕生起源とされる『ビッグバン』が起きた年。岩田教授による命名だが、込められた数字の意味の奥深さに、まだまだたどり着けていないと言う。「宇宙の誕生から続いている命の営みを絶やすことのない事業を生み出すことが恩師からの宿題と思っていました。ところが、最近、恩師の専門の1つ『物理」の視点を思い出し、『137』とは宇宙のあり方を支配する重要な数『微細構造定数』であり、その謎の解明に尽力した物理学者パウリの生涯の本に出会い、恩師の事業構想を捉える視点の深さと広さと、深い考察や教育(学習)に必要な、ゆっくりとした思考の時間の必要性を感じました」

修了しても恩師の思考・哲学の影響は大きく、課題に立ち向かいそれを解決するほど、「宇宙の摂理」への実感を強めると語る黒田氏。SDG17にもあるパートナーシップの感性で、次なるイノベーションにも挑む。

 

黒田 千佳(くろだ・ちか)
2012年入学・1期生 137 代表取締役社長
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