被災地に「日本一前向きな商店街」 復興のストーリーを発信

3.11を機に、いわき駅前の寂れたスナック街を再生し、年間10万人が訪れる飲食街「夜明け市場」に。「日本一前向きな商店街」が新たに誕生した。

いわき駅前にある復興飲食店街「夜明け市場」。「戦後の闇市のような雰囲気」をイメージしてつくられた

福島県のいわき駅前に、地元の住民、観光客、スーツ姿のサラリーマンなどで賑わう一角がある。その飲食店街は「夜明け市場」。震災前は30店舗分あるスペースに7店舗しか入っていなかった寂れたスナック街を、震災から間もない混乱期に生まれ変わらせ、今では年間約10万人が訪れる繁華街に変えたのが、47PLANNING(ヨンナナプランニング)代表の鈴木賢治氏だ。

復興に必要なのは経済的自立

いわき市出身の鈴木氏は、2009年に47PLANNINGを設立。「地域活性」をテーマに、東京でイベントの企画・運営などを手掛けていた。同時に飲食を通じて故郷・福島の食材のPRを始めようとしていたその矢先に、東日本大震災が発生。鈴木氏の実家や父が営んでいた製氷会社は、地震と津波で全壊した。

鈴木氏はすぐに被災地に入り、炊き出しなど被災者の支援を始めたが、そのときに感じたのが経済的自立の重要性だった。

「父親を東京に避難させたのですが、少し落ち着くと『仕事がしたい』と。地元の人もみんな同じ思いだと思ったんです。当時、日本中、世界中から支援はありましたが、それがずっと続くわけではありません。長期的な復興のためには、経済的な自立が必要です」

鈴木賢治(すずき けんじ)47PLANNING 代表取締役

新しい飲食店街のアイデアは、社員8人と炊き出しに行った帰り道に思いついた。もともと、高知市の中心にある観光市場「ひろめ市場」に興味があり、それを他の地域で実現したいと考えていたのだ。鈴木氏はすぐに行動を起こし、震災から1ヵ月後の4月12日には、いわき市内で行われた集会「KIBOWいわき」で構想を発表。4月24日には、まだ場所も決まっていない状況でテナント向けの説明会を開催した。このとき、地震や津波で店舗を失った被災者が10人以上集まり、手応えを感じたそうだ。

話が具体化する中で、鈴木氏は自らリスクを背負って進むことを決意する。

「当初は、行政や地元の商工会と協議会形式で運営したいと思っていました。しかし、まだ震災後間もない時期で、それぞれが本業の立て直しで身動きはとれない。そこで、自分でやるしかないと覚悟を決めました。目指すのは『日本一前向きな商店街』。ノウハウがなかったから、突っ走るしかなかったんです」

カギを握った立地とテナント数

「夜明け市場」には、昭和レトロ感が漂う。

結果的に、この決断が功を奏した。飲食店街を開く場所として、鈴木氏は、とにかく「駅前」にこだわった。空き地にプレハブをつくることを勧める声もあったが、経済的な自立を果たすことを考えれば、賑わいにつながる駅前という立地が重要になる。

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