2015年2月号

事業構想学を構想する

研究でうみだす事業アイデア 事業構想と創造的リサーチ思考

小塩 篤史、中嶋 聞多(事業構想研究所 実践知研究センター)

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新しい事業をうみだすという冒険を支援する「創造的リサーチ思考」。情報の収集と編集、仮説形成と思考実験、実験と結果の公表という研究者の「発見」「発明」のプロセスをたどることで、事業アイデアを発見する。

事業構想は“冒険的な”営み

事業構想は、一つの冒険である。自分自身の手で新しい事業を始めることは、真に冒険的な営みであり、新規企業をベンチャー(冒険的)ビジネスと呼ぶことはそのニュアンスを適切に表現している。では、一人の冒険家として、これから新しい島に向かおうとするとき、皆さんは地図を持たずに航海に出るだろうか? その先にあるのは、青い海か、赤い海か。行ってみなければ分からない。そんな冒険心(Venturesome)こそが、ベンチャービジネスに必要とでもいうのだろうか。

コロンブスが大西洋航路を発見したのは、偶然と冒険心だけの産物ではない。綿密な研究と常識に縛られない着想力がその行動をひきだしている。命がけの冒険であるからこそ、万全の備えが必要であり、あたらしい島に向かう事業構想家は、地図を準備し、天候をよみ、十分な備えをして航海にでるべきである。誰も行ったことのない島であれば、正確な地図は手に入らないし、天候も不確実である。しかし、分かっている部分の地図だけでもあれば、悪天候の際の退避場所も確保できるかもしれないし、必死のおもいでたどり着いた先が元の場所などと愕然とすることもない。

事業構想家に、実行力が求められるのは言うまでもない。しかし、「実行」を「実効」に転換するものが「研究力」ではないだろうか。冒険をするからこそ、実効的な計画が必要であり、そのためには綿密な研究が不可欠である。

多くの冒険的な事業構想家がその事業をうみだす際に、自分自身の手で「研究」をしている。事業アイデア創出のきっかけとしての「研究」という活動に着目し、「創造的リサーチ思考」という枠組みを提案したい。

「研究」とは知識を増やすことではない

事業構想家に、なぜ「研究」が必要なのか、疑問に思われる方もいるだろう。むしろ「研究」でイメージするのは、知識だけが膨大に増えて、行動できなくなってしまっている姿かもしれない。しかし、研究者は、過去何千年と「新しい知識の発見と社会課題の克服」に貢献してきた。その思考方法は、同じく新しい事業によって社会に貢献する事業構想家にも有益なものであると思われる。

一般的には、研究は以下のような流れで進んでいく。まずは、自分自身で問題についてじっくり考察し、予備調査を実施する。その上で徹底的に先人がおこなった研究の検討や情報収集をおこない、自分が取り組もうとする分野の状況を正確に理解する。

「何が知られているか(既存の知識)」について、文献調査や討議、予備的な調査によって丹念に調べることで、「何が知られていないか(新規の知識)」を明確にする。その上で自分自身の研究目的と研究のテーマを定め、自分がどのような問題を解決しようとしているのか、どのような新しい知識を創造しようとしているのかを定めていく。そしてそのうえで、設定した問題やテーマに対して、仮の答え(仮説)を立てる。

通常それは、抽象化された定性的・定量的な「モデル」という形式で表現され、そのモデルが現象を説明できるかどうかで妥当性が判断される。そのため実際に実験や調査をおこない、データで検証し、さらに自身の研究から何を言うことができるのかを明らかにする。最後は、その結果を論文や学会発表の形式で公表することで、研究に対するフィードバックを得て、さらなる研究につなげていく。

研究でうみだされた知識を直接的に事業化することはもちろんおこなわれている。たとえば、医療の世界では、基礎研究がベースとなり、新しい治療法などが発見され、有効性を評価する試験などを経て、実践的な治療薬や治療法として事業化されていく。あるいは、大学内の研究成果をベースにベンチャー企業が立ち上がる、あるいは産学連携で大学の技術が事業化されるなど、研究が事業に転化する例は数多くみられる。

また、科学的な手法の事業応用としては、フィールドリサーチやマーケティングリサーチがあげられる。データによる仮説検証という科学的なプロセスが事業に応用され、定量的・定性的な調査を実施することで、事業の妥当性を検証する。「統計学」や「情報学」、「エスノグラフィ(民俗誌学)」などの研究手法が導入されている。根拠に基づいた経営(Evidence-based Management)や企業経営におけるビッグデータ活用の動きなども科学的な考え方の応用といえるだろう。

「研究」を事業へ結びつける

これまでの事業と「研究」のかかわり方を見てみると、事業の種としての「自然科学の研究」と「研究における科学的方法の応用」の2点に集約される。発見された新しい研究や技術をどのようにビジネスとして転換するかという発想と、研究の世界における科学的実証主義、つまり客観的な事実の追及という側面を事業に応用する発想の2点である。

しかし、研究活動は事業創造にこれ以上の意味をもたらす可能性があると考えている。研究活動は、何より「発見」「発明」のプロセスであり、創造的な活動である。「創造性(クリエイティビティ)」に関して最も定型的な方法と教育体系を持っているのが、自然科学を中心とした「研究者」の世界だと言えるかもしれない。研究者が発見をうみだすプロセスは、ビジネス領域における新しい事業アイデアの発見を志す事業構想家にとっても有意義な流れである可能性がある。

まず、研究者が徹底しておこなうのは、仮説形成のための先行研究のレビューである。アイザック・ニュートンに「巨人の肩の上に立つ」という言葉があるが、先行研究を系統的にレビューしたうえで現在明らかになっていることを明確化させることで、巨人の上に立って、見渡すことができる(下図参照)。

Stand on the shoulders of giants(巨人の肩の上に立つ)アイザック・ニュートン出典:Library of Congress, Rosenwald 4, Bl. 5r

事業構想においても、自分自身の仮説的な事業案を構築する前に、しっかりと先人の取り組みを研究することは、よい仮説形成に有益である。これまでに存在するビジネスモデルの研究を行い、その内容を系統的にまとめることができれば、ビジネスモデルのどの部分に未開拓の領域があるかを理解できる。自らのビジネスモデルの客観的な位置づけや業種ごとのビジネスモデルが明確化されるとそこから改善すべき点や革新のためのアイデアが透けて見えてくる。

こうして出てくる事業アイデアは、新規性は高くないかもしれないが、確実性の高い方法であり、研究から事業アイデアを導く手順を体系的に進めることができる。科学的な方法の取得においても、「科学者の成長のための基本的な方法は、見通しのしっかりとした問題、未証明の論拠のない仮定を用いずとも既に証明済みの結論から導かれるような問題に最初から取り組むことである。」(ミグダル『理系の為の独創的発想法』)とあるように、事業構想家も身近なビジネスモデルの研究から、事業アイデア創出するための型を学ぶ必要があろう。徹底して、情報収集し、考え抜くことは、事業のアイデア創出においても重要であり、このプロセスを「創造的リサーチ思考」として定式化してみたい。

創造的リサーチ思考

「創造的リサーチ思考」は研究者のように事業アイデアを研究することでうみだすプロセスを呼ぶ。「デザイン思考」はデザイナーのように事業アイデアをデザインするが、「創造的リサーチ思考」は研究活動によって体系的に事業アイデアづくりを行う。

創造的リサーチ思考は、

  1. (1) テーマの選定
  2. (2) 情報収集
  3. (3) 仮説形成
  4. (4) 思考実験
  5. (5) 実験
  6. (6) 事業アイデアの創出とコミュニケーション

 

の6つのプロセスで成り立っている。しかし、図に示している通り、それぞれのプロセスからは逆に戻っていく矢印もあり、行きつ戻りつしながら、事業アイデアは磨かれていく。

出典:筆者作成

(1) テーマの選定

事業テーマの選定は、徹底したリサーチをおこなう上でも、自分自身が本気になれるテーマである必要がある。そのためにも「バックキャスティング」的なアプローチが不可欠である。自らのこれまでの事業経験や資源が活用できる分野であれば優位性が発揮できる。足りない資源や能力は、構想を磨き上げながら、獲得する努力を続ける必要がある。

(2) 情報収集

情報収集は「創造的リサーチ思考」の肝である。たとえば、医療のモデルなどは参考になるだろう。医師が患者の問題解決をおこなう際には、患者の問題となっている症状や日常生活の情報などを聞き出し、問題を定式化する。そして過去の実験結果に関する系統的な文献調査を実施することで、最も有効な治療法を選択する準備をおこなっている。

事業アイデアを創出する際も同様のプロセスで情報収集をおこなうことができる。現在の顧客の問題となっている状況や顧客の情報、市場環境などの情報を徹底的に調査し、顧客が抱えている本質的な問題を浮き彫りにする。

その上で、その課題解決に成功しているビジネスモデルの事例や典型的なビジネスモデルの事例などを洗い出す。顧客の徹底的な研究の結果と現在の状況における最適なビジネスモデルが分かれば、新しくうみだすべき事業の方向性は明確になる。

また、インターネットを介した情報収集は、より先進的なビジネスモデルを世界中から得ることができ、非常に有益ではあるが、一方で情報の収集術・編集術が重要になる。研究者の世界では、過去の研究を収集・保存し、編集されたデータベースが多数存在しているが、事業アイデア創出を支援するデータベースは現状では自分が構築するしかない。情報の批判的吟味や編集によって、情報量を下げる活動も必要である。こういった情報環境の整備は、事業構想大学院大学の一つの使命といえるだろう。

(3) 仮説形成

収集された情報をもとに事業の仮説を構築する。顧客の抱えている問題点やビジネスモデルの改善点を仮説として明文化する。この際に、モデル化という作業をおこなうとより問題の本質を深掘りすることができる。仮説を集合させて現実を説明するモデルを構築すると局所的な解決策ではなく、統合的な思考をおこないやすくなる。図では、営業力と顧客満足度の関係性を販売数という変数を中心にモデル化している。営業力と満足度の両方を見ながら、解決策を考える必要があることが分かる。

(4) 思考実験

仮説やモデルが立てられると、実際の実験をおこなう前に思考実験をおこなうことができる。思考実験は、自分自身が考えたビジネスモデルが、どのように作用するかを頭の中で十分にシミュレーションをすることである。ビジネスモデルの中に登場する様々な変数を変えてみることによって、新しい可能性が見つかることもあれば、危機管理のシミュレーションにつながる場合もある。思考実験をしっかりおこなうためには、仮説やモデルがしっかりと構築されている必要があり、科学的なモデル化手法などが参考になる。

(5) 実験

実験は、自分自身の研究成果が現実においてどのように作用するかを検証するプロセスである。仮説形成や思考実験がしっかりおこなわれていれば、実験はスムースにおこなわれる。否定的な結果が出ることもあるかもしれない。しかし、その否定的な結果も一つの有効な情報源であり、思考実験と対比させることで、問題点が明確になる。

(6) 事業アイデアの創出とコミュニケーション

実験によってモデルの有効性が示されれば、そのモデルにもとづいて自然と事業アイデアが湧き出てくるだろう。これまでの様々な取り組みの上に、打ち立てた仮説にもとづいたアイデアであり、新規性と妥当性の両方を睨んだアイデアを創出することができる。このアイデアを公表し、討議することができれば、アイデアにさらに磨きをかけることができる。

創造的リサーチ思考を事業構想に導入する際は、このプロセスを高速回転させることで、事業アイデアを数多くうみだす必要がある。事業の足かせになる研究ではなく、効果的に事業アイデアをうみだすための流れである。同時に事業アイデア創出の成功体験をつくることも目的である。

事業構想家は 「事業の研究者」

今回の連載では、研究者の思考方法で事業アイデアを創出する「創造的リサーチ思考」を提案した。事業の検証のためだけでなく、アイデアの創出においても「リサーチ」が重要である点を強調するためである。また、事業アイデアを精緻化する上では、さらにフィールドリサーチを継続し、構想計画へと展開していく必要がある。様々な研究活動で明らかになった事柄は、事業アイデアを膨らませる土台となることは間違いない。事業構想を試みる者は「事業の研究者」となる必要がある。

これは事業構想を、大学という学術的な場所で営むことの一つの根拠となるものであろう。自社の資源やビジネスモデル、競合のビジネスモデルなど「研究」視点で丹念に洞察し、共有・討議することで新しい発見が期待できる。リサーチ活動を自分自身でおこなうことで、必要なリサーチのあり方もより明確に理解できる。創造的リサーチ思考のプロセスを高速に回転させるためには、リサーチの専門家との連携も重要である。

「研究」活動は、事業アイデアを考える上でも有効である。研究者が学会発表や論文発表で自分の研究を磨くように、自分自身のビジネスモデルや事業アイデアを真剣に討議する場によって、その事業アイデアの研究内容はさらに磨かれていく。事業アイデアを討議する場所を拡大し、事業アイデア研究のためのインフラ構築を進めることは、今後多くの事業構想をうみだしていくためにも重要な基盤ではないかと考えている。

出典:筆者作成


新事業のアイデアを考え構想する
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