2014年9月号

地域未来構想 秋田県

開村50周年 大潟村から始まった「米作りイノベーション」

涌井徹(大潟村あきたこまち生産者協会代表)

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八郎潟を干拓して誕生した日本最大の干拓地「大潟村」。今年で開村50周年を迎える日本有数の米どころは、農業改革の中で大きな岐路に立つ。そんな地域から、日本農業の次の半世紀に向けた取り組みが始まった。

岐路に立つ大潟村

見渡す限り広がる水田―。起伏のない広大な沃野は、北海道、あるいは大陸的な印象を持つ景観だ。総面積170㎢は東京の山手線がすっぽり入る広さ。秋田県大潟村は、かつて日本第二の湖であった八郎潟を干拓して生まれた、新生の大地である。

国をあげての大事業であった干拓を成し遂げて1964年に発足した大潟村には、多くの使命が負託されていた。第一義は食糧の増産であり、次いで、農家の次三男対策、そして、来るべき国際化時代のモデル農業の実証であった。66年から始まった入植には、ここでしか出来ない大規模農業に夢を託して、全国から意欲ある農業人が結集した。

しかし皮肉なことに、入植がスタートしてほどなく、米の減反政策が始まり、食糧増産という大義名分が瓦解してしまったのである。

大潟村あきたこまち生産者協会の涌井徹代表は、新しい農業を追求し、挑戦し続けてきた一人だ。1970年に21歳で入植して以来、農業の6次産業化が叫ばれるはるか前から、米作りにとどまらない農作物加工を手がけ、また農協に頼らない産地直販の流通網を作り上げてきた。

涌井代表は、大潟村の農業は岐路に立たされていると言う。

「大潟村は一戸平均17haの農地を有し、これまで比較的ゆとりのある農業経営を行ってきました。ところが、大潟村周辺の農村では、農家の高齢化や後継者難で離農する人が増え、そのために農地の集約が進んで30ha、40haで米づくりをしている人たちも少なくありません。大潟村の内と外とで競争力が逆転してしまったのです。このままでは、大潟村は日本で一番小さい農家になってしまいます」

大規模農業の担い手としてスタートした大潟村は、競争力の低下に苦しんでいる

県境をまたぎ農家が連携

無策のままでは衰退する一方の日本農業、そして農業経営。涌井代表は、日本農業の次の半世紀に向けた取り組みを始めている。

まず、農業の大規模化と低コスト化を目指して、自らが代表者になって「東日本コメ産業生産者連合会」を2013年に立ち上げた。これは県境をまたいで農家同士が連携する、全国でも珍しい事例だ。

現在1 万4000円程度の米一俵(60kg)あたりの米価は、TPPの時代になると5000円ほども下落する恐れがある。17haの米づくり農家で700万円から800万円の年収減だ。この深刻な事態を克服するには、作付け面積を飛躍的に増やして、生産コストを下げていくしかない。

東北の6農業法人が参加する同連合会は、全国の意欲ある米づくり農家をネットワーク化。肥料や資材の共同調達、農機具の共同利用、資金調達面での協力、販売支援を通して、効率的な米作りでコストの大幅な削減を目指していく。今までの農協とは異なる、全く新しい農業支援組織が誕生するとも言える。

東日本コメ産業生産者連合会の発足式。県境をまたいだ連携で、大規模化と低コスト化を目指す

米用途を広げるコメネピュレ
新しい農業の実現へ

もう一つの戦略は、圧倒的な付加価値のある農業の創造。こまち協会では今、「コメネピュレ」事業に全力を挙げている。「ネピュレ」とは、ネピュレ株式会社(加納勉社長・東京都)が開発した特許取得の食品のピューレ加工技術。野菜や果物、穀類を無酸素状態で加熱し、特殊な遠心分離機で加工したネピュレは、素材の「色」「香り」「栄養価」が減少しないだけでなく、機能性も向上する。

コメネピュレは米の消費拡大につながると期待される

この技術でコメを加工したのが「コメネピュレ」だ。コメネピュレの特徴は、パンづくりで際立つ。従来の米粉パンは、つくった翌日にはパサパサになってしまうが、高い保水力を持つコメネピュレを添加したパンは、いつまでもしっとりとしていて味わいも増す。コメネピュレ自体に乳化作用があり、従来のパンづくりに欠かせなかった乳化剤の添加も必要なくなった。

「従来の米粉パンの存在意義は、コメの消費拡大という“台所事情”的な側面もありました。コメネピュレは、パンの美味しさを引き立たせる新素材として今後飛躍的に需要が拡大していくはずです。パンを食べれば食べるほど、米の消費が拡大するという、夢のような技術です」。

需要が増えれば、当然、農家は今以上にコメを増産しなければならない。

コメネピュレの生産ライン

こまち協会とネピュレ社の両社がタッグを組んでコメネピュレの事業をスタートさせた。この5月に大潟村の本社工場内に生産ラインを一台導入。要員として20人を新規雇用した。村内には段階的に10台まで導入を予定し、最終的には全県的に100台規模を目指すという。

それに必要な2000人の人員は大潟村周辺だけでは確保が困難なので、製造工場を秋田県内各地の工業団地や、従来型の農業が難しくなる中山間地等に分散させる。

ネピュレの製造に従事する人たちは、みずからは農産物の耕作収穫をしなくても、事実上秋田県農業、日本農業に関わりを持つことになる。これが農業の未来像の一つになるのではないかと、涌井代表は言う。

涌井 徹 大潟村あきたこまち生産者協会代表

「TPPで日本農業が壊滅的被害を受けると言われていますが、私はむしろ逆だと思っています。世界的に見ると、米・麦・大豆・トウモロコシ等の主要穀物の栽培面積は、1980年代に7億6千万haあった農地は、砂漠化の進行で2000年には1億haも消失しています。

一方で世界人口は、現在の70億人あまりから2050年には90億人までふくれあがると予測されています。日本が潤沢に食糧を輸入できる時代は既に終わりつつあるのです。むしろ日本が、輸出までも視野に入れた食糧増産に励まなければいけない時期になっているのです」

日本の農業を変える、壮大な構想を描く涌井代表。その心には、今なお大潟村の開拓者精神が燃えている。

地方創生のアイデア

月刊事業構想では、「地域未来構想  プロジェクトニッポン」と題して、毎号、都道府県特集を組んでいます。政府の重要政策の一つに地方創生が掲げられていますが、そのヒントとなるアイデアが満載です。参考になれば幸いです。

※バックナンバーには、そのほかの都道府県も掲載されております。是非ご一読ください。

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