名旅館は一日にして成らず 日本一の秘湯「鶴の湯温泉」探訪

ブルーガイドの「温泉百選」で5年連続全国第1位に輝くなど、近年、日本を代表する秘湯の宿として、人気が沸騰している乳頭温泉郷・鶴の湯。しかし、そこに至るまでの道のりは想像を絶する苦難の日々だった。

「混浴露天風呂」。鶴の湯は、ニューヨークタイムズをはじめ欧米のメディアでも広く取り上げられ、英国の日刊紙インデペンデントでは「大和魂漂う秘境」と紹介された

日本で一番人気の秘湯の宿

十和田八幡平国立公園の南端、原生林に包まれ、“日本の原風景”と称される乳頭温泉郷。湯治場としての開湯は約380年前。鶴の湯、黒湯、孫六、蟹場、大釜、妙ノ湯、国民休暇村という7つの温泉からなる。

中でも最も古い歴史を有する鶴の湯は、泉質・効能の異なる4本の源泉(白湯、黒湯、中の湯、滝の湯)を持ち、いずれも自噴している。“源泉かけ流し”というだけで稀少価値が高い現代にあって、まして自噴泉となれば、日本の温泉施設全体の1%にも満たない極めて稀有な存在である。

こうした貴重な温泉資源をベースに、料理であれ、建物や周辺環境であれ、この地域ならではの自然や歴史を最大限に生かして、往時の湯治場の風情を今に伝えている。

とりわけ、江戸時代、秋田藩主佐竹公が湯治に訪れた際に、警護の武士たちが控えていたという「本陣」は、宿泊客に人気が高い。

各部屋には囲炉裏がきられ、夕餉ともなれば、ここで、地の食材である岩魚の串焼きや、山菜料理、そして、名物「山の芋鍋」が振る舞われる。この山の芋鍋は、枝豆から作った自家製味噌、地元・神代産の山の芋の団子、豚バラ肉の相性が素晴らしいと評判だ。

佐藤 和志 鶴の湯温泉代表取締役田沢湖観光協会・会長、国土交通省「観光カリスマ」、日本秘湯を守る会副会長も歴任

代表取締役の佐藤和志氏(67)は、「雑草に囲まれた温泉宿というのが鶴の湯のイメージで、お客様には“すきま風をお楽しみ下さい”と申し上げているのですよ」と笑う。

しかし、ここ鶴の湯が、その人気において他を圧倒し得ているのは、そうした自然環境を最大限に生かしつつも、同時に、現代人としてどうしても譲れない必要最小限の機能性をしっかりと確保しているからである。

一例を挙げるならば、“すきま風が吹き込む”とされる各室内には温風暖房が完備しており、トイレは温水洗浄便座だ。

鶴の湯の象徴と言われる混浴露天風呂は、美しい乳白色の湯で、地中からぶくぶくと源泉が湧出し続けている。筆者が訪れた日は、平日の昼間で、しかも台風接近でかなりの降雨があったにも拘わらず、欧米人カップルや、日本各地から来た“温泉好き”の方々で賑わっていた。

湯船はもちろん、風呂上がりに屋外の椅子で一服している人々も、みな鶴の湯に来ることの出来た幸福感に浸り、しかも、その気持ちを共有しあっている。初対面なのに、まるで旧知の間柄のように気楽に話しかける。ここでは、俗世間での社会的立場など関係ない、幸運にも鶴の湯を満喫し得ている仲間同士なのだ。かつての湯治場のコミュニケーションがこうした形で残っている点は、大きな魅力だろう。

だが、鶴の湯がここに至るまでの道のりは決してたやすいものではなかった。

雪に包まれた鶴の湯温泉

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