事業譲渡のメリット・デメリット、売り手と買い手の立場から 手続きも解説
(※本記事は日本M&Aセンターが運営する「M&Aマガジン」に2024年9月3日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

事業譲渡とは
事業譲渡とは、企業が事業の一部または全部の事業を他社に売却する取引を指します。事業譲渡はM&Aスキームの1つであり、企業の戦略や目標に応じて検討されます。

売り手の経営権はそのままに、対象事業の所有権を買い手に移転し、買い手は譲渡された事業を引き継ぎます。
似た言葉として「事業売却」がありますが、一般的に事業譲渡と同義とされています。(会社法などでは、事業の一部を売買する行為を「事業譲渡」と呼ぶため、事業売却は法律上「事業譲渡」であると言えます。)
事業譲渡が向いているケース
事業譲渡は主に以下のような状況で用いられます。
売り手が事業の一部を存続させたい場合
経営権はそのままに、経営の立て直しを行いたい場合に事業譲渡を選択することも有効です。事業譲渡で獲得した対価を他の事業の運転資金に充てて、事業が好転すれば廃業の危機を回避できる可能性があります。
売り手に採算部門と不採算部門が混在している場合
不採算事業を譲渡し、好調な事業に経営リソースを集中させることでさらに事業拡大を目指したい場合にも事業譲渡は有効です。
買い手が特定の事業のみ引き継ぎたい場合
買い手側の買収資金が限られている、もしくは様々なリスクを引き継ぐ回避し、特定の事業だけを買収したい場合にも事業譲渡は向いていると言えます。
事業譲渡と株式譲渡の違い
包括的に譲渡する「株式譲渡」と異なり、買い手側は譲渡対象とする事業を選ぶことができ、経営権は売り手側に残すことができます。
事業譲渡 | 株式譲渡 | |
【経営権】 | 売り手企業に残る | 買い手企業に移る |
【各種契約】 | 取引先など各契約を個別に再度締結する必要がある | 包括的に、そのまま引き継ぐことができる |
【その他】 | 譲渡対象外の資産や負債を引き継ぐ必要はない | 簿外債務などのリスクを引き継ぐ可能性がある |
事業譲渡のメリット(売り手)
売り手側の主なメリットは以下の通りです。
会社の経営権をそのまま維持できる
会社の経営権含め、全てを譲渡する株式譲渡と異なり、事業譲渡は譲渡する側に経営権が残ります。
代々受け継いできた会社に思い入れがある場合や、オーナー個人ではなく会社が対価を受け取る場合に大きなメリットとなります。
経営資源を集中できる
特定の事業のみを譲渡し、譲渡により獲得した対価をその他の事業に充てて事業拡張を図る、あるいは新しい事業を開始し、経営を立て直すケースもあります。
事業譲渡のメリット(買い手)
買い手側の主なメリットは以下の通りです。
事業範囲を指定でき、リスクを遮断できる
新事業の参入には莫大なコストと多大な時間がつきものです。事業譲渡であれば対象企業が保有する事業のうち、必要な部分のみを譲り受けるため、投資額を少額に抑えて新規事業を開始することができます。
また、特定の事業のみ譲受けるため、売り手企業に紐づく税務リスクなどリスクを引き継ぐ必要がありません(売り手企業に残ります)。ただし当然ながら、引き受けた事業そのものにリスクが紐づいている場合(例:法令違反がある不動産事業を譲受ける)には遮断できません。
節税効果が期待できる
事業譲渡では、譲渡の対価と譲渡対象事業の資産・負債の差額を「「のれん」」とします。のれんとは、売り手の事業に備わるブランド力などです。
買い手側(買い手)はのれんを5年にわたって償却し、税務上損金として計上することができるため、節税効果が期待できます。なお、株式譲渡では、のれん相当額は損金として計上することができません。
事業譲渡の注意点・デメリット(売り手)
売り手側が認識すべき主な注意点・デメリットは以下の通りです。
手続きが複雑化する傾向がある
包括的に交渉を行うため株式譲渡と比べて、個別に譲渡を譲渡するため手続きが複雑になる傾向があります。
例えば、取引先との基本契約や賃貸借契約、従業員の雇用契約など、あらゆる契約を引き継ぐ必要があるため、各関係者への説明や承諾を得るなど準備や交渉に時間を要します。
株式譲渡に比べて税負担がかかる
事業譲渡によって発生した利益に法人譲渡側税等(約34%)がかかります。
例えば譲渡する資産の簿価が100、対価が500の場合、事業譲渡益400×34%=136の法人税等がかかります。
個人株主の株式譲渡(税率約20%)と比べると、税率の観点でやや税負担が重くなります。また、その後個人へ対価を還流したいときには、例えば株主であれば配当、役員であれば役員報酬などに対し、追加の税負担がかかります。
ただし、例えば譲渡する資産の簿価が100、対価も100のような事業譲渡益が発生しない場合では税金がかかりません。また、事業譲渡益を相殺するだけの損金が別にあれば税負担は生じないため、一概に事業譲渡の方が、税負担は重いといえません。
特に譲渡対象事業が多数の資産や契約をかかえていると、大きな負担になる可能性が高まります。
譲渡後の事業に制限がかかる
会社法第21条(競業避止義務)の規定により、譲渡した事業と同事業を、一定の期間・地域で行うことができません。
具体的には同じ市町村、または隣接する市町村において20年間は譲渡した事業の運営が禁止されます。
事業譲渡の注意点・デメリット(買い手)
買い手側が認識すべき主な注意点・デメリットは以下の通りです。
手続き完了に時間を要する
前述の通り、譲渡企業の契約や許認可はそのまま引き継ぐことができないため、譲受けた後に再度手続きする必要があります。
例えば不動産を引き継ぐ場合、登記の移転手続きを行わなければならないほか、不動産取得税等の流通税の負担が生じます。また、従業員とも改めて雇用契約を結ぶことになるため、契約締結時に離職を防ぐには事前の丁寧な説明と交渉が不可欠になります。
買収価格(譲渡代金)に対して消費税が課せられる
事業譲渡は個別の資産の取得と同様に消費税が課せられます。
土地や有価証券などの非課税資産を除き、事業譲渡の対象資産の取得に対して消費税(10%)を払います。
なお、負債には消費税はかかりません。資産と負債の差額ではなく資産の金額に対して課税されます。そして、営業権(のれん)も課税資産となり消費税がかかる点には注意が必要です。そのため譲受ける際には消費税分も加味して、資金調達を行う必要があります。
事業譲渡の主な手続き
事業譲渡は、前述の通り移転する資産、負債、契約関係などを個別移転することになるため、場合によっては労力の増大や、長期スケジュールとなることもあります。ここでは事業譲渡に必要とされる主な手続きについてご紹介します。
取締役会決議
事業譲渡契約の締結を行うにあたり、売り手及び買い手は、取締役会決議にて事業譲渡に関する基本的事項の決議を済ませる必要があります。
事業譲渡契約締結
売り手、買い手の両者が事業譲渡契約を結びます。「事業譲渡契約書」には、一般的には以下の内容が記載されます。
譲渡対象事業/譲渡期日/譲渡対価及び支払方法/競業避止義務/契約の引継ぎ/従業員の引継ぎ/株主総会の期日 等
株主への事業譲渡の通知
事業譲渡の効力発生日の20日前までに株主への通知もしくは公告を行う必要があります。
反対株主の株式買取請求
売り手及び買い手の株主に事業譲渡に反対する者がいる場合、その株主は会社に対し、公正な価格で保有株式の買取りを請求することができます。
反対株主が請求できる期間は効力発生日の20日前から効力発生日の前日までです。
株主総会の特別決議(売り手)
譲渡する対象が、以下のいずれかの条件を満たす場合には、事業譲渡日の前日までに株主総会による承認が必要になります。
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