世界最大級の治水インフラが観光客に人気 海外の行政関係者に施設案内も

(※本記事は東京都が運営するオンラインマガジン「TOKYO UPDATES」に2024年10月18日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

首都圏では、人々を自然災害から守ろうと、災害に強い街づくりが進められている。この地域には河川が多く、行政は洪水による被害を軽減する対策を全力で行っている。その一つである首都圏外郭放水路は、地域を浸水から守り、安全を保つために建設された、類のない土木技術上の功績である。その目を見張るような調圧水槽は「地下神殿」として知られ、国内外の観光客に人気がある。

首都圏外郭放水路(調圧水槽)の内部の様子
首都圏外郭放水路(調圧水槽)の広大な空間と巨大な柱は、訪れる人々を圧倒する。

東京近郊に建設された世界最大級の治水施設

首都圏外郭放水路は、世界最大級の治水インフラである。埼玉県春日部市にある調圧水槽は見学が可能で、都心から電車で気軽にアクセスできる。

この放水路を管理する国土交通省の江戸川河川事務所は、首都圏を流れる江戸川、中川・綾瀬川流域の治水インフラ、および関連する事業を管轄している。

この流域は低地にあるため水はけが悪く、大雨が降ると洪水が発生しやすい。また、都心へのアクセスのよさから、この70年間で急速に開発が進んだことも、この状況を悪化させている。1955年時点では、「市街地」、すなわちアスファルトと建物が多くを占める地域は流域のわずか5%であったが、2015年には53%にまで拡大した。保水機能のある田畑が失われ、河川が氾濫しやすくなった。

調圧水槽の見学会に集まっている人々
調圧水槽の見学会は、海外からの観光客や夏休みの子どもたちに人気だ。

こうした問題への対策として建設されたのが地下放水路だ。13年間の歳月をかけ、2006年に完成した首都圏外郭放水路には、流域の中小河川からの洪水が流入する。簡単に言うと、大雨の際に越流堤から取り込まれた水は、立坑(たてこう)という、自由の女神がすっぽり入るほどの巨大な円筒状の施設に流れ込み、そこからトンネルを通って調圧水槽へと運ばれる。これが「地下神殿」と呼ばれる、驚くほどフォトジェニックな空間である。集まった水はタービンの動力を利用したポンプによって、最大毎秒200立方メートルで江戸川に排水され、東京湾へと注ぐという仕組みだ。

この放水路は年平均7回稼働しており、国土交通省の試算によれば、運用開始から18年間で浸水被害による経済損失を約1,484億円軽減しているという。地域を流れる河川の上流側に位置し、水害に強い街づくりの大きな柱として、大雨による被害から首都圏を守る役割を果たしている。

調圧水槽の内部の様子
立坑に取り込まれた水が地下放水路を通り、江戸川へ排水する仕組みが、中川流域の浸水被害防止に役立っている。

地下神殿に降りる

調圧水槽の見学会は予約制で、四つのコースから選ぶことができる。私たちが参加したのは「地下神殿コース」という55分間のコースで、料金は1人1,000円。はじめに展示ホール「龍Q館」のロビーで施設概要の説明を受けたあと、歩いて調圧水槽へと降りていく。

約7階分の階段を1、2階分降りると、気温が明らかに下がり、夏の屋外の蒸し暑さ以上に湿度が増してきた。エレベーターやエスカレータがない中、思ったより短い時間で下ることができたのはよかった。

水槽の中には巨大な柱が並んでおり、洞窟のような空間の奥の方は、灰色の霧に包まれてぼんやりとしか見えない。一方、私たちがいる場所の近くは、円形の立坑から日の光が差し込んでいた。放水路が稼働すると、この立坑から調圧水槽に水が流れ込む。床のあちこちに深さ1センチほどの水たまりがあり、光が反射してキラキラしていた。雨靴は必須だ。時折、はるか上の方にある天井から水滴が落ちてきた。

全面をコンクリートで覆われた巨大でがらんとした広間は圧巻だ。河川を制御するには、土木技術を結集したこれだけの規模の構造物が必要なのである。

施設の規模や処理できる水の量について、コンシェルジュからさらに詳しい説明を聞いた後に20分間の自由時間があり、私たちは写真を撮ったり、広大な空間の中のロープで区切られたエリアを歩き回ったりした(説明は日本語のみ。ただし、外国人参加者には、多言語対応のオーディオガイドアプリがある)。

見学会にはさまざまな参加者がおり、皆それぞれに異世界の風景を満喫していた。全身黒ずくめの若いカップルは、ドラマチックな構図を演出するためにスマホのカメラを低い位置に構え、雰囲気のある写真を撮影していた。別の見学者らは、にっこりとピースサインをしてポーズをとっていたが、巨大な柱の前ではその姿は小さく見えた。孫たちがかわいくて仕方がないおじいちゃんは、その元気いっぱいの様子を写真に収めていた。

中央操作室の内部の様子
首都圏外郭放水路管理支所にある中央操作室

防災意識の浸透

見学会の後、国土交通省江戸川河川事務所の菅間大二郎氏に、放水路について詳しく話を聞いた。

「私たちは、この施設の目的を皆さんに知ってもらうことが重要だと考えているので、見学会ができるよう、建設段階から業者と協力してきました。治水インフラを観光資源としてアピールすることは政府の方針でもあります」と菅間氏は話す。

放水路を訪れる人の約10%は外国人であるという。江戸川河川事務所は、海外の行政関係者から要請を受け、施設案内も行っている。

同事務所は、放水路の管理に加え、堤防の整備などのインフラ事業を通じて管内の洪水防止に取り組んでいる。また、災害リスクの軽減、地域の環境、子どもへの教育などに関するさまざま取組も実施している。

「当事務所は、東京都や埼玉県だけでなく、流域全体の治水対策を担っています。排水によって、流域全体への負荷を軽減しているのです」と菅間氏は説明する。

菅間大二郎氏が話している様子
地下放水路の機能と目的について説明する、国土交通省江戸川河川事務所の菅間大二郎氏

菅間氏は、放水路の優れた機能と巨大な規模をもってしても、洪水のリスクを完全になくすことはできないと警鐘を鳴らしつつ、「私たちは絶えずインフラの改善に取り組み、洪水対策を検討しています」と話す。

行政機関だけでなく、地域で暮らす一人ひとりが自分の役割を果たすことができると菅間氏は強調する。例えば家庭では、雨水タンクを設置したり、大雨洪水警報発令時にはできるだけ風呂水の排水を控えたりすることが可能だ。また、各住民が避難の手順を頭に入れ、住む場所を選ぶ際にはハザードマップを確認するのが望ましい。

地下放水路を訪れると、土木技術のスケールと可能性に驚嘆するだけでなく、災害への備えや、世界最大の首都圏にありながらも自然環境の絶え間ない変化から逃れることのできない人間のあり方について考えることにもなる。

取材・文/アナリス・ガイズバート
写真/藤島亮
翻訳/喜多知子

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