セルフ・キャリアドックとは? キャリア形成支援の新たな枠組み【解説編】

働き方やキャリアのあり方が大きく変化する昨今、注目されるキーワードが「キャリア自律」です。本記事ではキャリア自律に役立つ取り組みである「セルフ・キャリアドック」について概要やその仕組み、導入の方法、期待される効果を解説します。後編では実践編を解説します。

近年、終身雇用や年功序列が揺らぎ、副業・兼業、転職、学び直しといった選択肢が広がる中で、企業と個人の双方に「キャリア自律」が求められるようになりました。
一方で、多くの働き手が「今後のキャリアに不安を感じる」「自分の強みや可能性を客観的に把握できない」といった課題を抱えています。実際、転職を検討する人の多くが「漠然とした将来への不安」や「自分のキャリアの方向性が見えない」といった理由を挙げており、これらの悩みに対する体系的な支援が求められています。
改正職業能力開発促進法では、労働者は職業能力開発に努めると同時に、事業主も労働者が職業能力開発できるよう努めなければならないと規定されました。こうした状況に対応するため、厚生労働省は2016年度から「セルフ・キャリアドック」の普及を進めてきました。

セルフ・キャリアドックの概要

セルフ・キャリアドックとは、働く人一人ひとりが「キャリアの健康診断」を受けるイメージで、自らの職業能力・経験・価値観を整理し、将来の方向性を考えるための仕組みです。企業が提供する定期的・体系的なキャリア相談制度として、個人のキャリア形成を継続的に支援します。基本的な構成要素は次の通りです。

1.キャリアコンサルティング:国家資格キャリアコンサルタントなど専門家による面談を定期的に実施し、個人のキャリアに関する悩みや目標を明確化します。

2.研修・教育との連動:面談結果を踏まえて、必要な研修やスキルアップの機会を具体的に提供します。

3.企業の人事制度との接続:昇進・異動・配置転換といった制度と結びつけ、個人と組織双方の成長を支援します。

導入の目的と意義

セルフ・キャリアドックは、キャリア相談にとどまらず、次のような戦略的意義を持ちます。単なる福利厚生ではなく、人材育成・組織戦略の一環として位置づけることが不可欠です。

個人のキャリア自律の促進
社員自身が主体的にキャリアを考え、変化に対応する力を育みます。これにより、「会社任せ」から「自分主導」のキャリア形成へと意識が変わります。

企業の人材活用の最適化
適性や希望を踏まえた配置・育成により、能力発揮を最大化できます。ミスマッチによる離職や生産性低下を防ぐ効果があります。

人的資本経営の推進
人的資本の情報開示や育成投資の重要性が高まる中で、セルフ・キャリアドックは具体的で有効な施策となります。

このように、セルフ・キャリアドックは「企業の成長」と「個人の成長」を両立させる仕組みとして位置付けられています。

個人にとってのメリット

キャリアに悩む人がセルフ・キャリアドックの考え方を知っておくことで、以下のようなメリットがあります。

現状の客観視
悩んでいる時は視野が狭くなりがちですが、自分のスキル、経験、価値観を整理することで、現在地を冷静に把握できるようになります。

悩みの言語化・構造化
「なんとなくモヤモヤしている」状態から、具体的に何に悩んでいるのかを明確にできます。問題が整理されると、解決策も見えてきやすくなります。「こんなこと相談していいのかな?」という内容でも、気軽に相談できる場になるのが理想です。

会社のリソース活用
勤務先でセルフ・キャリアドックが導入されていれば、上司や人事、キャリアコンサルタントとの面談機会を積極的に活用して、プロの視点からアドバイスを得られます。

継続的な振り返り習慣
定期的にキャリアを見直す習慣ができることで、悩みが深刻化する前に早めに対処できるようになります。

期待される効果

個人にとっての効果

自己理解の深化
強み・価値観・興味を明確にし、キャリアの軸を見つけることができます。上司部下の関係ではないキャリアコンサルタントとの面談を設けることで、個人にとってはキャリアの棚卸しを行い、自分自身を見つめ直す機会となるでしょう。

キャリアの方向性を描ける
キャリアの棚卸しを通じて、中長期的なキャリアプランが明確になり「次に何をすべきか」が具体化しやすくなります。

学び直しの契機
面談を通じて、今後のキャリアの方向性を描けるようになります。必要なスキルや知識を把握することで、リスキリングやリカレント教育に踏み出すきっかけにもなるでしょう。社内教育制度が整っていれば、その紹介や検討する機会にもなります。

ライフイベントとの調整
仕事と家庭の両立を見据えたキャリア設計が可能になります。ライフイベントは人によってタイミングも内容も異なります。これまでのような画一的な生き方ではなく、個々人に合わせた対応ができるようになります。

企業にとっての効果

社員の定着率向上
キャリア支援によって従業員の現状把握や相談機会を設けることが、満足度やエンゲージメントを高め、離職防止につながります。

人材活用の最適化
個人の希望・適性に基づいた配置により、能力を最大限に活用できます。セルフ・キャリアドック制度を設けることで、相談しやすい環境をつくり、個々人の希望についても安心して発信できる場となります。

生産性向上
セルフ・キャリアドックを定期的に実施することで、定着率だけでなくモチベーションも高まり、成果創出にもつながることが期待できます。

人的資本経営の推進
人的資本情報の開示において有効な根拠データを得られます。採用広報では、これらの情報が企業の魅力につながることも十分あり得ます。セルフ・キャリアドックは、社内教育や人材育成プログラムにも寄与します。

導入事例

事例1:製造業・中堅社員への導入

ある製造業の企業では、40代社員を対象にセルフ・キャリアドックを導入しました。面談を通じて「専門知識を後輩に伝えたい」という声が複数出たため、OJTリーダー制度を整備、導入。その結果として、社員の満足度が向上し、技能継承が進みました。

事例2:IT企業・若手社員への導入

急成長するIT企業では、入社3年目の社員に対しキャリア面談を実施。「自分の市場価値を高めたい」というニーズを受け、社内リスキリング研修を強化しました。転職志向が強い社員が社内で成長できる環境を見出し、定着率が改善しました。

次回は【実践編】をお届けします。

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酒井
酒井 信幸
キャリアコンサルタント/社会構想大学院大学 事務局長 兼 先端教育研究所研究員

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