東京における都市農業の可能性 自家栽培でサステナブルな社会へ

(※本記事は東京都が運営するオンラインマガジン「TOKYO UPDATES」に2024年9月27日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

日本ではほんの数世代前まで、種を蒔き、自分たちが食べる農作物を収穫するのは当たり前のことだったが、都市化が加速する現代では、自分で食べ物を育てる習慣は失われつつある。しかし、東京でアーバンファーミング(都市農業)を実践するジョン・ウォルシュ氏は、この流れが必然であるとは考えていない。

ジョン・ウォルシュ氏の写真
アーバンファーマーのジョン・ウォルシュ氏は、「ビジネス・グロー」の代表として、10年以上にわたり、東京の人たちに農作物の自家栽培の手ほどきをしている。

愛は距離を超えて

2002年、ウォルシュ氏は愛に導かれて東京へやってきた。東京に住む文通相手の女性、はるみさんとの関係が、それ以上のものへと発展したのだ。「1995年に手紙のやり取りが始まり、それが電子メールに変わって、そのうちニュージーランドのオークランドと東京の間で電話をし合うようになったんです」と話すウォルシュ氏。Zoomや無料通話アプリのWhatsAppがなかった時代のことで、電話代は相当な額になったという。「1999年に彼女の1カ月の電話代が9万円になったことがありましてね、これなら東京からオークランドに来る航空機のチケットが買えたじゃないかと思ったものです」と彼は振り返る。結局彼らは「2人のうちどちらかが引っ越そう」ということで落ち着いた。

思い切って生まれ故郷を離れたのはウォルシュ氏だった。その甲斐あって、2人は結婚し、もう21年になる。東京には来たものの、当初ウォルシュ氏には愛以外に何もなかった。日本語が話せなかったため、それまでのIT業界でのキャリアを活かすこともできなかった。彼は苦境に立たされたが、自分が高校時代に文章を書くのが得意だったことをふと思い出した。そして、数カ月後にはバイリンガル雑誌『ひらがなタイムズ』で校正者として働きはじめ、後にライターになった。

それから何年か経った2011年、マグニチュード9.0の大地震が東北地方を襲った。その時、ウォルシュ氏は東京の6階にあるオフィスで仕事をしていた。この出来事自体も恐怖だったが、これをきっかけに彼には新たな心配が生まれた。「本当に大きな地震がいつ東京を襲ってもおかしくない。もし東京で大地震が起こったら、スーパーは営業できなくなり、道路も封鎖されるだろう。その場合、どこから食料を調達したらよいのだろうかと考えたんです」。すぐに答えは見つからなかったが、当時3歳の娘の父親だった彼が何よりも困ると思ったのは、子どもにご飯を食べさせられなくなることだった。そこで1年後、彼は自分の手で食物を育てることにした。

東京でも農作物は育てられる

ライターとしてのウォルシュ氏は、言葉に命を吹き込むのが得意だった。農業を始めてみると、彼は野菜に命を吹き込むのも得意だった。彼はまず、ホウレンソウの種と植木鉢、土を買ってきて小規模に始めた。すると、数週間もしないうちに葉が出てきた。「魔法のようでした。種と鉢を買い足したら、ひと月で小さなハーブ園ができました」

ウォルシュ一家は、妻が育った板橋区の赤塚に住んでいる。かつては田んぼが広がっていた赤塚も、今では都市化が進んでいる。それでもこの地域では、農業が行われていた頃の名残で、コミュニティ農園の区画貸しが行われている。ウォルシュ氏は、父親が野菜を育てていたという妻に後押しされ、畑を1区画借りることにした。この畑で彼は、家族だけでは食べきれないほどのトマト、キュウリ、レタス、ハーブを栽培した。「そこで、近所の人や友人に野菜をおすそ分けするようになったのです。東京にいながら、食料の生産者になったのですよ。都心部でも、自然の力を活かせば、こんなにたくさんの食べ物を育てることができるのかと、ただただ驚きました」

東京でも特に郊外では、地域の人々、主に年配の人たちが、空き地で植物を栽培することがあるが、その多くは食物ではなく花である。これについてウォルシュ氏は、「栽培する植物を変えれば、多くの人が食べ物を育てることができるということですよ。東京では屋上はもちろん、壁面でさえも食物を栽培できる可能性が十分あります。日光が当たりさえすれば、食べ物を育てることができるのです」と言う。

ウォルシュ氏が野菜の苗を持って子どもたちに話している様子
ウォルシュ氏は、次世代のアーバンファーマーを育てようと、都内各地のインターナショナルスクールでアーバンファーミングへの愛を語っている。Photo: courtesy of Jon Walsh

次世代に農業を伝える

ウォルシュ氏は娘にも野菜の育て方を教えた。彼女が思いのほか短時間で基本をマスターしたため、彼はあるアイデアを思いついた。「東京インターナショナルスクールの創設者に連絡を取り、学校で食物を栽培しているか尋ねてみたのです。すると、そういうことはしていないが興味があるとのことで、私を学校に招いてくれました」。いかに簡単に食物を育てられるかウォルシュ氏が学校で実演すると、生徒たちは大喜びで、それを見た学校が彼をアーバンファーミングの非常勤講師として採用してくれることになった。

これがウォルシュ氏にとっても学校にとってもその後の大きな展開の第一歩となり、彼はそれから12年以上経った今もこの学校で教えている。以来、彼が立ち上げたアーバンファーミングの会社「ビジネス・グロー」は大きく発展した。「2021年からは2人のスタッフと一緒に仕事をしており、これまでに都内のインターナショナルスクール19校で1,500人以上の生徒たちに授業をしました」

子どもたちに教える中でウォルシュ氏が感じるメリットの一つは、授業を通じて生徒らが自立心と自信を身に付けられることだ。「私が教えている学校の生徒たちは、家庭菜園を始めたり、親に農作物の育て方を教えたりしています」と彼は話す。生徒らの祖父母の世代は、かつて自分たちで食べ物を育てていたかもしれないが、都会での生活が便利になり、生徒の親世代にはその経験がない。だからこそ、この「新しい」知識を持ち帰って家族に教えれば、家の中では子どもたちが先生だ。ウォルシュ氏はそれがとても嬉しいという。「一般的な教育の場では、先生はいつも年上で、生徒は大体年下です。しかし、私の授業では、子どもたちが先生になる方法を学べるのです」

ウォルシュ氏と彼のチームのおかげで、学校で多くの食べ物を収穫できるようになったため、彼らはそれを困っている人たちに寄付するよう生徒たちに働きかけている。「大きな学校では、生徒たちに、寄付するための作物を育てる畑を作ってもらっています。そこで作った食べ物はすべて『セカンドハーベスト ジャパン』というフードバンクに寄付します」。新鮮な食物が、それを必要としている人々の手に渡り、生徒たちは東京で暮らす人々に食料を届ける生産者となるのだ。

野菜を手に持つウォルシュ氏と女性の写真
フードバンクの「セカンドハーベスト ジャパン」や学校と協力し、ウォルシュ氏は都内の困っている人々に新鮮で健康に良い食料を届ける支援をしている。Photo: courtesy of Jon Walsh

サステナブルな東京を目指して

自分で食物を育てることは、本人や地域社会だけでなく、地球全体のためにもなる。「アーバンファーミングがサステナビリティにつながる最も分かりやすい理由の一つは、自分たちが暮らす場所で食べ物を作る、つまり、地産地消を行っている点です。私たちが食べるもののほとんどは、地方や海外からトラックや航空機で運ばれ、それが環境汚染の原因になっていますが、地産地消をすれば、輸送が不要になり、環境汚染は大幅に削減されます」とウォルシュ氏は説明する。彼はまた、化学肥料の使用を減らすことや、プラスチック包装の削減、生物多様性や大気質の向上に役立つ緑地の増加など、他にもサステナビリティにつながる要素があることを指摘している。

自家栽培への転換は、東京のような人口密集地であっても、多くの人が考えているよりずっと簡単だ。ウォルシュ氏は、これまでに高級ホテルなども含め都内で数多くの人や団体に指導してきた経験から、東京で何ができるかを心得ている。「一番の課題は、都会でもたくさんの食物を育てることが可能だということを人々に分かってもらうことです。その上で、やり方を示すことが大切です」と彼は言う。ウォルシュ氏は、自分で自分の食べ物を育てることの喜びを目にしてきた。「種を蒔いた土から最初の葉っぱが出てきたのを見た時の生徒たちは、ディズニーランドに行った時のように目を輝かせています」

東京は、地方ほど農作業のための環境が整っているわけではないが、それでも必要なものを揃えられる場所はある。地域の小さな園芸店や、種や園芸用品を扱う大きなホームセンターなど、農作業を始めるのに必要なものを販売している店は至るところにある。また、コミュニティ農園を探している場合は、地元の役所に問い合わせるのがよいそうだ。都心から離れるほど、多くの畑があることは言うまでもない。ただし、食物を育てるのに必ずしも畑を確保する必要はなく、日が当たる小さなスペースがあれば十分だとウォルシュ氏は指摘する。

ウォルシュ氏にとって、東京暮らしは、趣味の活動をするにも日々の生活をするにも非常に便利だという。「年を取るほど、公共交通機関をはじめ移動全般の便利さがますますありがたく感じられます」と話す彼が、アーバンファーマーとして、そして東京に暮らす者としてもっと望むこと、それは、「緑のある場所が増えること」である。

取材・文/ローラ・ポラッコ
写真/井上勝也
翻訳/喜多知子

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