インバウンド消費の拡大に向けた可能性を議論 決済データ利活用の社会インパクト
国内におけるデジタル活用が加速する中、地域経済活性化のためのキャッシュレス推進や、そのデータ利活用についてはまだ発展途上といえる。事業構想研究所では、今後の構想提言のために「キャッシュレスとデータ活用による地域経済活性化研究会」を立ち上げた。
今回の研究会は、今後のキャッシュレス社会とデータの利活用のあるべき姿を議論する場として、産官学それぞれの有識者を招き全3回で開催を予定している。第1回は「キャッシュレスの現状とインバウンド消費の拡大」がテーマだ。
キャッシュレス構想のカギは
カスタマーエクスペリエンス(CX)
冒頭、デジタル庁初代大臣を務めた自民党デジタル社会推進本部本部長の平井卓也氏が「キャッシュレスとデジタル化の必要性と海外での経験談」のテーマで講演した。2023年のIMDの世界デジタル競争力ランキングで日本が32位に、ビッグデータ分析の活用で最下位の64位となっていることをふまえ「デジタル化を進めて生産性を高め、産業を元気にしていかないと明るい未来はない」と述べた。またトルコのイスタンブールの病院を訪問した際、予約から決済までスマートフォンですべて完結するシステムに驚いたことを紹介。「キャッシュレスによって最高のCXを提供できれば地域の活性化にもつながる。インセンティブも付与しながら政策パッケージを作っていきたい」と語った。
続いて、経済産業省商務・サービスグループキャッシュレス推進室長の松隈健一氏が「キャッシュレスの推進状況について」のテーマで発表した。キャッシュレス化を実現することで既存の課題解決と、新たな未来を創造に向けた行動変容を喚起できることを同氏は強調した。消費者向けキャッシュレスサービスの拡大に向けた取組として、キャッシュレスサービスの導入コストに比してメリットを実感できていない店舗が一定数あることを踏まえ、キャッシュレスサービスを導入する利点をPRしている。同時に、加盟店手数料引き下げに向けたインターチェンジフィー公開等の取組を行っていることや、インバウンド消費の拡大が期待されるASEAN諸国との統一QRコードの相互運用に向けた取組について紹介した。また、キャッシュレス推進の加速化を図るため、大阪・関西万博の会場で全面的な「キャッシュレス決済」が導入されることについても紹介した。
これに対し平井氏は「現在、国が進めているライドシェアサービスについてはキャッシュレスが前提。サービス導入を引き金に高齢者へのデジタルデバイド対策も進めるなど、周回遅れならではの課題を踏まえトップランナーを目指す発想が必要ではないか」とコメントした。
観光データベースが
地域産業活性化のインフラに
公益財団法人大阪観光局理事長の溝畑宏氏は「大阪観光局が取り組むインバウンド消費拡大とキャッシュレス×データ活用について」のテーマで発表した。大阪は、「2030年に世界最高水準、アジアNo.1の国際観光文化都市を目指す」目標を掲げており、「25年の大阪・関西万博、31年のIR開場をふまえ、質の高い観光コンテンツを作り、国内から人、物、金、情報を集め、経済効果そして雇用を生み、結果として都市のブランドを上げることが最大のミッション」と語った。インバウンドによる観光消費については量から質へ転換し、特に富裕層対策に注力していることに言及。「その土台となる観光DXのなかでも、インバウンドにとってストレスフリーかつシームレスな観光体験を提供する観光アプリとキャッシュレス決済の普及が欠かせない」と述べた。
国土交通省観光庁参事官(産業競争力強化)の本村龍平氏は「インバウンドの推進とキャッシュレスデータ活用について」のテーマで発表。訪日旅行中の困りごととして、キャッシュレス環境が上位に挙がっていることや、キャッシュレス決済の導入によって3分の1の店が「売り上げが上がった」とする地域のデータを提示した。
観光庁の実証事業である兵庫県豊岡市の事例では、城崎温泉の各宿泊施設の顧客、予約・決済データを豊岡観光DX基盤のデータベースに集約し、観光客の見込み予測に基づいてホテル、旅館が収益を最大化する価格設定、業務の最適化に活かした。市やDMOも需要予測に応じた情報発信、地域戦略の立案を行っているという。「観光産業はすそ野が広く、集約したデータベースは地域の産業にとって重要なインフラになります」と述べた。
決済データを活用した
成果の出る観光施策を
最後にビザ・ワールドワイド・ジャパンが「決済データによる地域の活性化」で発表した。同社コンサルティング&アナリティックス部長のクリストファー・ビショップ氏は海外の先進事例を紹介。オーストラリアのゴールドコースト観光局が決済データもとに投資対効果の検証を行い、特定エリアの観光プロモーションで成果を上げていることに触れた。決済データの分析から、発行国別・訪問先別などマクロでの分析が可能になり、エビデンスに基づいた観光施策や地域活性化施策の意思決定が可能になる。
また、加盟店・アクワイアリング営業本部シニア・ディレクターの山田昌之氏は、カードにひもづいた交通機関のタッチ決済がロンドン、シンガポール、ニューヨーク等で急速に普及していることに触れ、その要因として「普段使っている決済カードをそのまま電車の乗り降りに使える利便性・CXが大きい」と述べた。公共交通機関のタッチ決済普及は、旅行客の行動を広くカバーでき、地域活性化に活用できるキャッシュレスデータの精度向上においても重要だ。
その後、全体の議論に移り、都城市総合政策部デジタル統括課主幹の佐藤泰格氏は「人手不足が深刻な地方でこそ、予約から決済までスマホでできるキャッシュレス決済導入の効果が期待できる」と述べた。一般社団法人キャッシュレス推進協議会事務局長常務理事の福田好郎氏は、「キャッシュレスは地域の交通インフラや店、施設の持つデータをつなぐ接着剤になる。地域のデータを広域でつないでいくためにはデータの標準化も求められる」と課題について指摘した。最後に大阪観光局の溝畑氏が「今後はデータ活用人材とその先を考えられる構想人材を増やすことが必要だ」と指摘し、会を締めくくった。今後、研究会は「データを活かしたイノベーションと新産業育成」「地域経済と国民の行動変容」のテーマで開催する予定だ。