作業者を「拡張」するAI×ARグラス 現場変革に挑む株式会社inSane
製造業、建設業、物流業の現場では今、人手不足や技術伝承の課題が深刻化している。こうした産業の最前線で、AI技術とARグラス(スマートグラス)を組み合わせた独自のアプローチで変革を目指しているのが株式会社inSaneだ。同社が注目するのは、従来のARグラスとは一線を画す「認識側」としての活用法である。「次の当たり前を創る」という創業からのミッションを掲げ、画像認識AI技術をコアに据えた長期戦略を展開する同社の事業構想について、同社代表取締役・田路 周輔氏に話を聞いた。

学生時代の挑戦からAI・ARの軸へ
新たな「当たり前」を創る
「父から『起業家とは次の当たり前を作る人だ』と教わり、純粋にかっこいいと思っていました」。
そう語るのは株式会社inSaneの代表取締役・田路周輔氏だ。大学時代、受託開発などの仕事を請け負いつつ起業した田路氏は、近年の生成AIの登場に衝撃を受けAI事業へと舵を切る。高校時代の同級生で画像認識AIの研究者だった仲間を誘い、共に歩み始めた。
田路氏は「最初は画像認識AIを使った異常検知など、様々なことに挑戦していました。その過程でARグラスという可能性に気付きました」と語る。
学生起業から始まったこの物語は、いまや製造・建設・物流業界の現場を変える可能性を秘めている。
AI実装の難しさに向き合い
導き出した現場ありきの解決策
製造業や建設業、物流業の現場では、自動化・省人化の流れが進む一方で、完全無人化はまだ遠い未来だという現実がある。同社はこの状況を冷静に見据え、「人間は現場に残る」という前提に立った解決策を模索している。
「画像認識AIで異常検知を行い、人間を完全に代替するという方向性を最初は考えていました。しかし実際に現場を見ると、現時点では数割程度しか代替できません。完全無人化はかなり先の話です」と田路氏は語る。
この認識から生まれたのが、現場の作業者をAI技術で「拡張」するというアプローチだ。そのための最適なデバイスとして同社が着目したのがARグラスである。
出力ではなく入力に注目した逆転の発想
「見せる」から「見る」へ
ARグラス活用において同社がユニークなのは、従来の「表示側(情報のアウトプット)」ではなく「認識側(情報のイントプット)」としての活用に重点を置いている点だ。
「一般的にARグラスは視界に情報を表示する出力装置として注目されてきました。しかし我々は、ARグラスに搭載されたカメラで作業者の視界を認識し、AIに送る入力装置としての可能性に注目しています」。

この発想は、同社が画像認識AI技術をコアコンピタンスとしていることから生まれた。ARグラスのカメラが捉えた作業者の視界をリアルタイムでAIが分析し、必要な情報や指示を返すという双方向の仕組みが、現場作業の質を高めるという。
「この考え方は業界でも珍しく、ARグラスのメーカーからも『認識側としてARグラスを使うのは初めて』と言われています」と田路氏は話す。
越えるべき技術の壁
inSaneの見つめる未来
2025年4月から本格的に事業を開始した同社だが、現状はARグラスを使った遠隔支援やマニュアル表示など、ソリューションの提供からスタートしている。
「目指すのは、作業者が見ているものをリアルタイムで認識し、異常や危険を検知した上で適切なガイダンスを提供することです。しかし、そこにはまだ技術的なハードルがあります」と田路氏は説明する。
課題は大きく二つだ。一つはハードウェアの問題である。バッテリー寿命や接続の安定性、AI処理に耐えうるスペックなど、ARグラス自体の性能向上が必要になる。もう一つは認識技術の課題。動き回るカメラからの映像をリアルタイムで認識し、適切な判断を下すAI技術の開発が求められる。
「ARグラスを装着した作業者が動き回る中で、リアルタイムに映像を認識し判断するという研究はまだ少ない領域です。我々はそこに挑戦しています」。
変化する世界で不変の核
画像認識AIという軸
同社の長期的な展望は明確である。社会として、将来的には現場作業がロボットに代替されていく流れは避けられないと田路氏は見ている。しかし、それがいつ実現するかは誰にもわからない。そこで同社は技術の軸足を「画像認識AI」に置いている。
「我々はARグラスの会社に見えて、実は画像認識AIの会社です。今はARグラスという出力デバイスを通じて作業者を支援していますが、将来的に出力先がロボットになっても、認識技術というコアは生き続けます」。
これは「次の当たり前を創る」という創業時からのミッションに基づく戦略だ。時代や技術の変化に合わせて出力デバイスは変わっても、画像認識というコア技術を磨き続けることで持続的な競争力を維持する。
こうした長期ビジョンを実現するために同社が重視するのは、技術力と同時に組織づくりだ。特に「少数精鋭」の組織形態にこだわりを持っている。
「各分野のプロフェッショナルだけが集まり、少ない人数で大きな経済インパクトを生み出す組織が理想です。専門家集団として、世界を変えるような革新を起こしたいと考えています」と田路氏は熱を込める。
人材採用においても、専門性のみならず「ビジョンへの共感」を重視している。「我々にとっての優位性は、掲げるビジョンそのものです。『次の当たり前を創る』という世界観に共感できる人と一緒に働きたい」。
技術革新と人間の能力の可能性を高める同社の挑戦は始まったばかりだ。画像認識AIとARグラスの新たな可能性を切り開く取り組みが、製造・建設・物流現場にどのような変革をもたらすのか。その行方に注目したい。
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