地域の価値を再発見し世界へ 詩の国秋田株式会社が掲げる理念と構想の共創

人口減少や少子高齢化という時代の変化を迎える秋田県。こうした環境変化を新たな価値創造の機会と捉え、地域に息づく豊かな伝統文化や歴史、技術を現代のニーズに合わせて発信し、国内外へと展開する革新的な挑戦が始まっている。秋田銀行グループの100%出資で4年前に設立された「詩の国秋田株式会社」は、食と工芸を中心に秋田の価値を再定義し、台湾を起点としたアジア展開という独自の戦略を展開。「外から見た秋田の価値」を再発見しながら、地域と世界をつなぐ架け橋となることを目指している。

銀行発ベンチャーが挑む地域価値の再興

詩の国秋田株式会社は、秋田銀行グループから生まれた先駆的な企業である。設立時は銀行100%出資で、創業メンバー全員が秋田銀行出身者という独創的な発想で誕生した。

「秋田には古来より受け継がれてきた伝統文化、歴史、人々の営みがあります。社名の『詩の国秋田』はまさにそれを表現しています」と伊藤晋宏社長は語る。「これらを発信する取り組みはこれまでも続けられてきましたが、時代の流れ、コロナ禍による

変化、消費行動の変容などを踏まえると、そのままでは届けたい層に価値を100%届けられないと考えました」。

同社が領域を絞ったのは「食」と「工芸」の2分野。事業展開の過程で経験した業界特性の理解という学習課題を、組織全体での情報共有という協働的なアプローチで乗り越えてきた。

「地方では車移動が主流なので大きいサイズの商品が多いなど、地域ごとのニーズの違いに気づく必要がありました。現代のニーズに合わせて、人であれ、ものであれ、技であれ、そういったものを直接届けるプレーヤーが必要だという着想が、事業の原点になっています」と話す。

台湾を窓口にアジア市場を開拓

同社の海外戦略で特筆すべきは、台湾市場への戦略的な集中である。榎和浩常務は台湾市場選択の合理性について次のように説明する。

「秋田銀行の唯一の海外拠点が台湾台北市にあることが最大の優位性です。また、台湾は親日的で法制度が安定しており、事業環境として優れています。海外との取引においては、相手国の規制の変動や政治的要因による不確実性が存在しますが、台湾は比較的日本語を理解する方も多く、コミュニケーションが円滑で、我々が現地展開するにも、お客様にとっても参入しやすい環境が整っています」。

設立当初から台湾に現地スタッフを配置し、商談を進めてきた同社。具体的な数字の言及は控えつつも、榎和浩常務は「対海外のボリュームはありがたいことに伸びている」と手応えを語る。台湾を重点展開しながらも、他のアジア諸国へも少しずつ広がりを見せている。

「台湾を起点として、アジア全体への展開を構想しています。秋田という地域の可能性を最大化するためには、成長市場へのアクセスが不可欠であり、持続的な発展を見据えた戦略的な取り組みを進めています」と話した。

外の視点が照らす秋田の価値

5年目を迎えた同社は、東京や台湾に拠点を広げる中で、外部からの視点により秋田の価値を再発見する機会が増えている。

「外から見る秋田の価値、より秋田でなければならない価値があると実感できるからこそ、私たちは走り続けられています」と伊藤晋宏社長は語る。「ビジネスの中で立ち止まる場面もありますが、それが秋田の地方創生に還元される要素を持っているならば、手を携えて進んでいくという柔軟な姿勢で取り組んでいます」。

組織発展における重要な課題として、創業メンバーに蓄積された知見とノウハウの体系化がある。「立ち上げメンバーが培った4年間の知識やノウハウを組織資産として確立し、今後は外部からも専門性を持つ方に参画していただき、同じビジョンに向かって成長していくことも重要な選択肢として考えています」。

銀行グループならではの地域支援

同社の強みは、秋田銀行グループとの連携にある。各地の営業店を通じた顧客との距離感が最大の武器だという。

「地域に根付く文化、歴史、技術などが1社1社では承継が難しくなった時に、銀行グループとしての総合力が活きてくると考えています」と伊藤晋宏社長は語る。「銀行はファイナンス、ファンド、人材の手当て、経営層の紹介などの機能を持っています。地域を維持する継続性を担保するために、お金だけではない銀行グループだからこそできるやり方があるはずです」。

銀行の信頼関係をベースに、サプライヤーとのコミュニケーションを構築し、県内事業所への啓蒙活動や行政との連携も密に行っている。

「地域内の産業基盤を強化しつつ、域外から収益を創出する仕組みの構築が重要です。急激な社会構造の変化を迎える秋田においては、県内市場はもとより、国内の大都市圏やインバウンド需要、さらには海外市場への展開が成長戦略の核となります。この先10年、20年を見据えた長期構想として、人口動態の変化も視野に入れながら、積極果敢に取り組んでいます」。

共創で紡ぐ地域の未来

地域価値の創造において、同社が重視するのは戦略的柔軟性である。

「限られたリソースを最適配分する中で、多様な事業機会への関心が生まれます。戦略的集中を図る一方で、隣接する関連領域における事業者の皆様との連携機会もいただいています。その都度、慎重に検討し、最適な選択を積み重ねることが重要だと考えています」と伊藤晋宏社長は語る。

現在は創業メンバーが全員参画している充実した体制だが、将来的には組織の発展段階に応じた人事戦略も視野に入れており、知見とノウハウの組織的継承が重要な経営課題となっている。

「連携するパートナーとの取り組みが秋田の地方創生に価値をもたらす要素を含んでいるならば、積極的に協働していく。そうした柔軟で建設的な姿勢の中で理想を追求しています。信頼できるパートナーとの連携を深め、銀行グループの金融ノウハウなども活用しながら、組織としての総合力を高めていきたいと考えています」。

詩の国秋田株式会社の事業構想は、単なる企業活動の枠を超えて、地域の潜在価値を発掘し、次世代へと継承していく知的創造プロジェクトと言える。秋田の豊かな伝統や文化を現代の感性と融合させ、国内外へと発信することで、時代の変化を成長機会に転換する姿からは、地方創生の新たなパラダイムが見えてくる。

伊藤晋宏(いとう・しんこう)

詩の国秋田株式会社 代表取締役社長 2001年、新潟大学経済学部卒業後、秋田銀行入行。能代南支店支店長代理、地域サポート部調査役(秋田大学出向)、地域サポート部副長などを歴任。東京ビジネスサポートセンターにおいてビジネスマッチング業務や県内酒蔵等の経営指導を実施。2020年から地域未来戦略部地域振興室長、地域価値共創部地域ブランド推進室長を経て、2021年4月に詩の国秋田株式会社代表取締役社長に就任。1979年生まれ、秋田県美郷町出身。