「いきるを最大化する」経営哲学 生存から活躍へ 新たな働き方

「日本には精神的に死んでいる人が多い」——アメリカ出張中、ふとホテルで、そんな問題意識を抱いた一人の経営者がいた。デジタルマーケティング企業EXIDEAを率いる小川卓真氏は、この気づきを「いきるを最大化する」という企業理念に昇華させ、12年にわたり組織づくりと事業創造の両輪で経営を実践してきた。 マーケティング、テクノロジー、クリエイティブの三位一体による価値創出を目指しながら、社員一人ひとりが「生存」から「活躍」へと段階的に成長できる環境整備にも注力。理念を軸にした経営スタイルが、個人と組織の両方にどのような変化をもたらしているのか、小川氏に話を聞いた。

EXIDEA代表取締役の小川卓真氏

アメリカで生まれた 企業理念への気づき

── 「いきるを最大化する」という理念は、どのような経緯から生まれたのでしょうか。

今から7年ほど前、私はアメリカに出張する機会が多くありました。ある日、ホテルで何気なくブログを書いていたときに、ふと「日本には精神的に死んでいる人が多いのではないか」と感じたのです。日本で暮らしていると、多くの人が何気なく空気を吸い、ご飯を食べ、表面的には“生きている”ようでいて、心から生きている実感があるのだろうかと疑問に思う場面が少なくありませんでした。その違いに強く心を動かされた時、私は「いきる」には二つのレイヤーがあるのではないかと気づいたのです。 一つは、“生存としての生きる”。もう一つは、“活躍としての活きる”。 単に食べて生きていることが“生きる”のではなく、自分が本当にやりたいことに挑戦し、それが社会にも貢献できる、そんな状態こそが、本来の“生きる”の姿なのではないかと感じました。 とはいえ、「活躍の活きる」に進むためには、土台となる「生存の生きる」をしっかり築くことが不可欠です。スキルを磨き、人格を高め、自立した個として成長する。その上で、自分らしい挑戦に踏み出すことができると考えています。 この二つの“いきる”を最大化することこそが、企業として果たすべき使命であり、社会にとっても非常に重要なテーマだと捉えています。

オフィス(銀座)

四つの対象への 「いきるを最大化」の実践

── その理念を具体的にどのような形で経営に活かしているのですか。

「いきるを最大化する」という理念を実現するために、私たちは四つの対象を設定しています。 それは、①社内メンバー(社員・役員)、②お客様、③社会、④当社自身という、すべての主要ステークホルダーに向けた「いきる最大化」の実践です。 まず、社内に対しては、「人格向上」「価値創出」「社会貢献」という三つの視点を軸に、採用・育成を行っています。最初に重視するのは、「人格」です。スキルの有無だけではなく、利他的な視点を持ち、他者や社会の役に立ちたいという志を持つ人材こそ、顧客の本質的なニーズを理解し、行動に移すことができると考えています。 現代は「今だけ・金だけ・自分だけ」といった価値観が蔓延しがちですが、そうした風潮に流されず、スキルと人格の両面から自らを高め続ける姿勢を持った人材を育てることが、長期的な企業価値の源泉になります。 次に、価値創出の追求です。価値とは、突き詰めれば「希少性」のこと。すでに他社がやっていることを同じようにやっても、新たな価値は生まれにくい。重要なのは、顧客を深く理解し、そのうえで他社には提供できない独自性あるソリューションを生み出すことです。つまり、「差分」にこそ本当の価値があるという視点を組織全体で共有しています。

異なる人種を統合する コアバリューの力

── 組織運営で特に意識されていることはありますか。

当社はマーケティング、テクノロジー、クリエイティブという三つの異なる専門性を掛け合わせることで新たな価値を創出しています。しかし、この三領域に関わる人材は、それぞれがまったく異なる“人種”とも言えるタイプです。一般的には、一つの組織内で共存するのが難しいとされている人たちです。その中で私たちの組織が機能している最大の理由は、「THE SHARE」というコアバリューの存在にあります。これは感謝(Thanks)、幸せ(Happy)、楽しむ(Enjoy)、誠実(Sincere)、謙虚(Humble)、利他的(Altruistic)、責任(Responsible)、情熱(Enthusiasm)の頭文字を取ったものです。 この共通の価値観を軸にすれば、専門領域は異なっていても、人間性の根幹にある“ベースの部分”では共通している。それこそが、組織の一体感を支える基盤です。 また、人事チームがこの価値観をしっかりと見極めた上で採用してくれていることも非常に大きいです。専門性の異なる人材が、信頼関係を土台に、自然とクロスコラボレーションを生み出す環境が整っています。 このような価値観ベースの組織設計が、結果として採用競争力の向上にもつながっています。業界でも優秀な人材が、「三領域を高いレベルで並行して実践できる環境」として、当社に魅力を感じて集まってくれるようになりました。

上場準備で学んだ 理念回帰の重要性

── 12年の歩みの中で、特に印象的だった出来事はありますか。

7期目から一度上場準備をして、そこで上場を目指していた時期があります。ただ、上場しようと思うと一番大事なのが業績目標の達成になるので、売上目標の必達が最優先になってくる。すると、それまで大事にしていた社員、顧客、社会を大事にするという価値観よりも、当社の業績が一番大事になってしまったのです。 その結果、組織が一時崩壊しかけ、非常に厳しい時期を経験しました。昨年度はそこから立て直しましたが、数年は横ばいの状態が続き、予想していたよりもうまくいかなかった時期でした。 今振り返れば、どこかに「上場企業であることがかっこいい」「社会的ステータスを得たい」という欲があったのかもしれません。ですが、この経験を通じて学んだのは、上場そのものを目的化することの危うさです。 本来あるべき姿は、「社員・顧客・社会・自社」という四方向への“いきるの最大化”を誠実に追求した結果として、上場という道が開けていくもの。その理念を置き去りにしてしまうと、たとえ業績が上がったとしても、企業としての本質を見失ってしまうのだと痛感しました。

オフィス会議室

日本社会の課題解決を 事業の軸に据えて

── 現在はどのような事業展開を考えられているのでしょうか。

私は現在44歳ですが、これまで「失われた30年」と呼ばれる時代を生きてきました。今後、日本はますます厳しい局面を迎えると強く感じています。だからこそ、今フォーカスしている事業は、「日本社会にとって本当に必要なこと」から逆算して設計しています。 たとえば、Webメディア事業では、人々の生活固定費削減やQOL(生活の質)向上につながる商品・サービスの選択を支援し、生活の土台を支える役割を担っています。 また、カテゴリーブランディング事業では、大企業がイノベーションを起こすための支援を行い、既存企業の価値再発見と再成長をサポート。 さらに、AIツール事業では、中小企業が提供する価値あるサービスを適切に伝える支援を通じて、情報の非対称性を解消することを目指しています。 現在開発中のロボット導入支援プラットフォームでは、工場、農業、介護、飲食といったフィジカルな現場における深刻な人手不足に対応し、社会インフラの持続可能性を高めたいと考えています。 私たちはデジタル領域を扱う会社ですが、支えたいのはフィジカルな現場=人の生活の現場です。そこがスムーズにテクノロジーを導入できれば、日本社会全体の基盤がより強固になります。 すべての事業は、「今、日本に本当に必要なものは何か」という問いから出発しています。そしてそれは、私たちの企業理念「いきるを最大化する」という考えと強く結びついています。 新たなカテゴリーを創出し、社会にとって本質的に価値あるイノベーションを継続的に生み出していく。それこそが、EXIDEAの使命だと考えています。