防災への使命が生む革新力 70年企業が貫く理念経営の真髄
戦後復興期から70年、行政に頼らず民間の力だけで防災インフラを支え続ける消火栓標識株式会社。広告収入100%で全国の消火栓標識を維持管理する独自のビジネスモデルは、創業時の「防災のために」という理念に根ざしている。25歳で事業承継した毛利社長は、「手頃な価格の看板業」から「防災貢献企業」への価値転換を図り、スポーツ関連事業や5G基地局事業など革新的な取り組みを展開。100周年に向けたミッション・ビジョン・バリューの刷新と共に、公共性と収益性を両立する理念経営の真髄について語ってもらった。
防災が主目的
広告収入で補う
── 現在都内で広告出稿が8割空きの状態でも、すべての消火栓標識を維持管理されている理由をお聞かせください。
創業者が戦後復興期に消防関係者と話し合い、火事の被害を抑えるために消火栓の位置を示すポールを立てることを考案しました。その際、行政の負担を減らすため、広告収入で全て賄う仕組みを構築したのです。つまり、防災が第一の目的であり、広告はその手段に過ぎません。
一度立てた以上、公共の設備としての性格もあり、責任をもって維持していかなければならないと考えています。これは単なるビジネスではなく、地域の安全を守る公共的な責任なのです。行政からは一切お金をもらっていませんが、だからこそ民間企業として果たすべき使命があります。数年に一度の塗り直し、数十年に一度の建て替えなど、収益の出ない空きの標識も含めて全てメンテナンスしています。これが私たちの存在意義であり、創業から受け継がれている価値観です。
── 事業承継において、どのような価値観を大切にされてきたのでしょうか。
創業者から父、そして私へと受け継がれてきた最も重要な価値観は「防災のために」という使命感です。私の父は元々弁護士でしたが、創業者から社長を継いでほしいと頼まれ、36年間経営に携わりました。
私が25歳で承継した際、組織に改善の余地があった部分もありましたが、根本的な価値観は変えませんでした。むしろ、時代の変化とともに薄れがちになっていた防災への意識を、改めて強く打ち出すことにしたのです。
長い歴史の中で、経営的な数字を重視するあまり、本来の公共性への意識が薄れた時期もありました。しかし、それは私たちの本質ではありません。どんなに経営環境が変化しても、地域の安全を守るという責任は変わらない。この価値観を次世代にも確実に引き継いでいきたいと考えています。
自社の価値見つめ直し
社会的意義を再発見
── 「手頃な価格の看板業」から「防災貢献企業」への価値転換について詳しく教えてください。
バブル期が売上のピークで、その後は売上が低下傾向にありました。そんな中、どうしても「手頃な価格の屋外看板」として営業せざるを得ない状況でしたが、これでは社員も十分な誇りを持って仕事ができません。
転機となったのは、外部の方から「素晴らしいものが立っている」と評価していただいたことです。改めて自社の価値を見つめ直すと、私たちは単なる広告業ではなく、防災という社会的意義のある仕事をしていることに気づきました。
そこで、スポーツチームとのコラボレーション事業を開始しました。JリーグやBリーグのクラブはホームタウン活動として地域貢献を重視しており、特に地域防災は大きなテーマです。私たちの消火栓標識と、彼らの地域貢献活動は完璧に合致します。
企業がスポンサーとなることで、スポーツチーム支援、防災貢献、そして広告効果の「三方よし」を実現できる。この新しいビジネスモデルは、まさに私たちの価値転換から生まれたものです。
「経営環境が変化しても、地域の安全を守るという責任は変わりません」と話す、消火栓標識株式会社の毛利綱作代表取締役。
── 組織や技術面での革新についてどのような工夫をされているのでしょうか。
承継当初は、大きな地図に赤ペンで印をつけるような紙ベースの管理でした。これをデジタル化し、オンラインで全ての標識の状況を確認できるシステムに変更しました。
印刷技術も大幅に向上させ、従来の版画のような手作業から、写真やロゴを使った高品質なデザインが可能になりました。最近では電話番号ではなく、企業ロゴのみのスタイリッシュな看板が増えています。これは、社会貢献の意味合いで出稿いただく企業が増えた証拠でもあります。
また、5G基地局事業にも参入しました。楽天モバイルとの提携から始まり、今後は他キャリアとも展開予定です。網羅的に設置された消火栓標識の立地を活用し、安定した収益源を確保できます。
これらの革新は全て、創業時の理念を現代に活かすための手段です。時代は変わっても、地域のインフラを支えるという使命は変わりません。
── 今後の展望と、100周年に向けた構想について教えていただけますでしょうか。。
今年9月の70周年を機に、ミッション・ビジョン・バリューを全面的に刷新します。これまでの「お客様に価値ある広告を提供する」から、より公共性を重視した経営理念に変更する予定です。
30年後を正確に予測することは困難ですが、時代がどう変わっても、地域のために役立つものを提供し続けたいと考えています。そのためには、新しいアイデアを持った人材の育成と、柔軟な発想で事業を展開していくことが重要です。
まず5年後、10年後には、消火栓標識の社会的認知度を向上させ、皆さんがその意義を理解している状態を目指します。それが実現すれば、広告価値も高まり、経営基盤も安定するでしょう。
理念経営の真髄は、不変の価値観を持ちながらも、時代に応じて最適な手段を選択し続けることです。防災への使命感こそが、私たちの革新力の源泉なのです。