伊藤園 お茶は創発を促すメディア 市場を広げた着想の原点

お茶はクリエイティビティを触発する世界的な健康飲料。お茶を嗜みながら交流する場の提供を通じてお茶の魅力を伝え、ファンを増やしたい。生産からブランディングまで一気通貫するグローバルな構想を語ってもらった。

小笠原 嘉紀(伊藤園 デジタル・コミュニケーション室)

お茶を単に飲料ボトルに詰めた商品として販売するのでなく、「お茶を味わう場」と共に提供し、ファンを増やしたい。そのような思いから、北海道大学で農学を専攻し、大手飲料メーカーの伊藤園に入社した。

最初の配属では、静岡県牧之原市にある中央研究所に勤務。緑茶の開発・品質管理に従事し、飲料の水質を地域ごとでブロック生産しある範囲で均一化する研究を行った。また、次の配属先ではマーケティング(ブランド・マネジメント)に従事して商品全体の販売構想を考え、落語家・笑福亭鶴瓶氏のTVコマーシャルが印象的な「健康ミネラル麦茶」や大きな手持ちペットボトルの開発を手掛けた。「皆が『あったらいいな』と思うものを形にすることの重要性を実感しました」(小笠原氏)。

とりわけ、米国シリコンバレーの海外営業担当・角野氏と共に取り組んだのが、「お茶を嗜む時空間(ティータイム)」の創出だ。オフィス空間など日常の場所に特製の藺草で作った畳を敷き、スペースを確保し、旗艦の日本茶(緑茶)飲料である「おーいお茶」を提供する。結果、名だたるIT系グローバル企業での社内飲料として「おーいお茶」が並ぶこととなった。

「日本茶、とりわけ茶道と聞くと敷居が高く、馴染みにくい先入観がもたれがちです。しかし本来、『お茶を嗜む時空間』はクリエイティブなものでした。時の為政者や文化人が集い、親密な雰囲気の中で幅広く文化的な会話を楽しむ場でした。いわば、場として茶室があり、茶がメディアとしてあったのです。そのようなコミュニケーションを創出するお茶を広く一般に知ってもらいたい、クリエイティビティに資する場で貢献したいと思いました」(小笠原氏)。

そもそも、米国IT業界のビジネスパーソンがお茶を嗜むのはなぜだろうか。彼らによると香り高い日本茶は思考力が促されるという。これを突き詰めていくと「考える人(頭脳労働に従事するエキスパート)をサポートする」ことに行き着く。

クリエイティビティを促すのは大人ばかりではない。事業構想大学院大学に在学中は「バカになる学校」を研究計画書として執筆した。知識社会の到来で少し調べれば何でも簡単に得られる現代だが、もう一度、何かに夢中で取り組むことの楽しさを子どもたちに気づいてもらい、意欲を促すような事業をやっていきたい、と考えた。

着想のヒントとなったのは、ジェレミー・ハンター氏の教育実践。ハンター氏は「マインドフルネス」や「セルフマネジメント」といった実務家向け教育実践を提唱し、農業体験や自然体験を自身の教育に採り入れた。大事業でなくとも、地道な取り組みを積み重ねて実践に至った。

「伊藤園で『健康ミネラル麦茶』を開発しました。そのときに感じたのは、暑い夏に学校から家へ帰ってランドセルそっちのけで放り出し、ゴクゴク飲むのが一番美味しい。同飲料でのキャンペーンで自然体験も実践しました」

デジタルが普及した現代に
あえて「リアルな場」の提供を

「現代は、インターネットやモバイルテクノロジーといった情報通信技術(IT)が普及した一方で、リアルな場がそれと同等かそれ以上の輝きを帯び、注目を集めています。コンテンツや考え方を重視しながらやっていきたい。古めかしい印象を持たれがちなブランドですが、むしろ感度の高いお客様に自社の行動を知ってもらうということが重要だと思います」

WeWorkで開催した、新茶「新緑」のテイスティングイベント会場に所狭しと陳列された「新緑」のペットボトル。半透明の彩りが美しい

最近は世界最大のニューヨーク発世界最大のコワーキングスペース・WeWorkで、新茶の流通する時期に合わせて、新製品「新緑」のサンプリング(試飲会)を無料で開催した。WeWorkは世界20カ国・49都市に展開し、1000人規模の収容力を誇る。東京でも六本木・丸の内・新橋・GINZA SIXに、2018年8月には原宿にも開設予定であるという。

「先にもお話ししたように、シリコンバレーでは、角野さんと共に、ハッカソンをもじった『茶ッカソン』というコミュニティを主宰しました。お茶を起点に、お茶を飲みながら色んな考えを創っていく場です。キャンピングカーのような移動式の茶室や、家屋のない所に即席の茶室をしつらえてお茶を点てる『野点(のだて)』など、自分たちから出向いていって交流の場を創出することを構想しています」

可搬性ある畳を用い、茶道体験をプロデュース

お茶がイノベーションを支え
新たなアイデアを創出

お茶の役割は、単に人びとの喉を潤すだけではない、と小笠原氏は考える。お茶を介したコミュニケーションの創出・演出は考える人たちにアイデアが生まれるのを助け、新たなイノベーションを生む。

「IT業界も茶室も、元来は共にクリエイティブであるもの。コミュニケーションを通じて色んな話をし、新たなアイデアを得る。実は事業構想の場ととても似ているのです。こうした気づきこそ2年間の修士課程で得た最も大きなものでした。これからもマーケティングなどの技術論・テクニックのみに捉われず、ストーリー性のあるコンテンツをつくっていきたいと考えています」

 

小笠原 嘉紀(おがさわら・よしのり)
3期生・2014年入学