2014年11月号

事業構想学を構想する

一般的マーケティングリサーチとは異なる「フィールドリサーチ」

小塩篤史、中嶋聞多(事業構想研究所 実践知研究センター)

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構想案を構想計画へ結びつけるのが「フィールドリサーチ」である。事業構想におけるフィールドリサーチは、一般的なマーケティングリサーチとは異なる特徴を持つ。仮説を立て、「手ごたえを感じ、意見を聞く」その手法とは。

©H.AZUMA

事業構想とフィールドリサーチ

事業構想は思考空間にとどまっていてはならない。さもないと妄想に終わってしまうだろう。すなわち現場との連結が不可欠なのである。現実空間と往復させる中で、構想された事業案は息づいてくる。その接点をつくりだすのが、「フィールドリサーチ」である。フィールドリサーチは、自らの構想案が現場でどのように受け止められるかを検証する手順であり、最初の顧客を見つける仕事だと考えてもよいだろう。それは、いきものとしての事業が変わり続けるために環境を把握するための方法でもある。

フィールドリサーチは事業構想サイクルの1段階として位置づけられているが、実はフィールドリサーチの能力は、事業の構想力と深く関係している。たとえばイノベーション研究の第一人者クレイトン・クリステンセンの著作『イノベーションのDNA』をひも解いてみよう。そこにはイノベーターが持つべき重要な能力として以下の5つがあげられている。

  1. (1)関連づける力
  2.  
  3. (2)質問力
  4.  
  5. (3)観察力
  6.  
  7. (4)ネットワーク力
  8.  
  9. (5)実験力
  10.  

(4)の「ネットワーク力」は、単に多くの人脈を持っているということではない。いかに多様な背景や考え方を持っている人と幅広く繋がっているかをあらわす指標である。多様な背景や考え方を持っている人と話し合うことでアイデアは磨かれていくからである。(2)~(5)はまさしくフィールドワークの中で育まれる能力であり、新しい事業をうみ出すイノベーターとしての事業構想家は、すぐれたフィールドリサーチャーでもある必要性を示している。

フィールドリサーチとは何か?

フィールドリサーチは事業構想サイクルでは、「発・着・想」「構想案」の次の段階に位置づけられている。その内容は、「手ごたえを感じ、意見を聞く」というものである。自分がつくりだした構想案に対して、潜在顧客や市井の人々がどのように感じるのかを偏見なく聞き出し、構想案を構想計画につなげていく段階である。

ただし、実際の構想づくりにおいては、現場からのフィードバックはどの局面においても重要とされるべきものである。アイデア創出の段階でも、現場に身をおくことで発・着・想がえられることが多く、「構想案」や「構想計画」の作成段階でも必要に応じて現場に出向くことも重要である。

ここで重要なのは、単なるリサーチではなく、「フィールド」リサーチとしている点である。「フィールド」で調べる内容は、あくまでフィールドから得られる顧客や関係者の生の声であり、単に情報やデータを集めることではない。情報やデータをただやみくもに集めればよいのではなく、自分自身の事業構想に対するリアルな感想やアドバイスを引き出す質の高いデータ収集が求められている。アンケートを設計するにしても、インタビューをするにしても、ただ構想への賛意を確認するのではなく、「質の高い顧客情報」をいかに集めるか、十分な調査設計をする「実験力」が特に重要になり、どのような仮説でリサーチをするのか、対象を明確にすることが不可欠である。また、実際にやってみる(プロトタイピング)の中で検証する過程も重要である。偏りなく、事業構想へのリアルな反応を集めることがフィールドリサーチにおいて重要な態度である。

フィールドリサーチの種類

フィールドリサーチは大まかに分類すると、(1)プレリサーチ、(2)定量的調査、(3)定性的調査、(4)プロトタイピングの4つに区分可能である(図2参照)。

(1)プレリサーチ

フィールドリサーチは顧客の声を直接的に聞きだすことが目的であるが、そもそも顧客や市場の状況を把握せずに顧客の声を聞きだそうとすると調査の精度が問題となる。アンケートなどを使って定量的な調査をする際も、インタビューなどで定性的な調査をする際も、ある程度仮説を持っていなければ単に賛同や不満の声が集まるだけである。フィールドリサーチの目的は、事業構想が顧客にとって有意義なものであるかを検証し、改善点をみいだすものである。そのためには顧客のニーズを、背景や文脈を含めて本質的に理解する必要がある。プレリサーチは、あらかじめ2次データを用いて、顧客となりうるセグメントや当該分野の市場の状況、競合およびそのビジネスモデルなどに関する情報を収集・分析することで、想定すべき背景・文脈を理解し、よりよい仮説につなげるものである。

(2)定量的調査

事業の推進にあたって、定量的な調査結果は多くの場面において説得力を持つ武器となる。定量的調査は、アンケートなどを用いた自身の「事業構想」に対する顧客の購買意志や感覚を直接的に聞く方法と、既に存在するデータ、たとえばPOSデータなどの解析によってその内容を確かめる方法が想定できる。後者に関しては、「ビッグデータ」という言葉で一種の流行語になっているが、適切に用いることで非常に重要な武器となることはまちがいない。

定量的な調査をおこなう上で、重要な視点が「仮説力」である。ビッグデータにおいては「仮説」を置かない分析も多用されるが、フィールドリサーチとして事業の検証をおこなう場合には仮説設定が不可欠である。仮説設定を適切におこなわずに定量的調査にのぞむと単に一般的な知識を得るだけに終わってしまい、事業構想の検討に結びつかない。また、定量的な調査の実施にあたっては、データの処理に長け、かつ事業構想を把握した人材との協働が不可欠である。定量的調査は、定量化された情報から結論を一般化するものであるが、その手順を誤ると恣意的な情報の解釈に陥るからである。自分の事業構想に誘導するような形でのデータ解析はむしろ無意味であり、専門家が介在することで分析の中立性を確保することも重要である。

(3)定性的調査

定性的調査は、いわゆる人文・社会科学におけるフィールドワーク技法によっている。特に、文化人類学の中で用いられるエスノグラフィー(民族誌)の方法は、調査対象者の文脈を理解しながら、対象者をより深く、直接的に知る方法である。定性的な調査としては、インタビュー調査と観察調査がおもな調査手法となる。インタビュー調査においても、専門家へのインタビューや顧客へのインタビューなど対象も様々であり、また方法もあらかじめ質問項目を定めておく構造的インタビューや自由形式でのインタビュー、個別インタビューとグループインタビューなど様々である。観察に関しても、行動観察や参与観察など様々な手法が確立され、企業での応用も進んでいる。

これらの方法論の選択や具体的な方法論については、専門的な書籍に任せるが、インタビューや観察は顧客の生の声をさぐる調査手法としては最も典型的なものであり、事業構想家としての「質問力」と「ネットワーク力」が問われるところになる。インタビュー相手と信頼関係を築きながら、顧客の課題を引き出しつつ、自分の事業構想を説明し、感想や意見をていねいに引き出すこと、そしてそこで得られた知識を自身の事業構想に適切に反映することがインタビュー相手への恩返しにもなる。

(4)プロトタイピング

プロトタイピングとは、試作品(プロトタイプ)を作成し、それを実際に顧客に利用してもらうことによって、実質的な反応や感想などを収集する実験的な方法である。元来は、製品デザインなどモノのプロトタイピングが主流であったが、サービスなども同様にプロトタイプ化し、実際にサービスを受けている状況の中でより実践的にサービス内容を評価する方法などがうまれている。プロトタイプの詳細については次号の連載記事で執筆予定であるが、まさにやってみて検証する「実験力」が試される場である。

事業構想におけるイノベーションリサーチとは

事業構想におけるフィールドリサーチは、これまでの一般的なマーケティングリサーチとは若干異なった特徴を持っている。一般的なマーケティングリサーチでは市場にどの程度の需要があるのかを調査することが目的であったが、事業構想のリサーチにおいては、アイデアの革新性やイノベーションの有効性を見定める必要がある。

例えば、革新的なアイデアに関して、セブン&アイの鈴木敏文氏は以下のように語っている。

「コンビニの時も銀行をはじめるときも無謀だと言われた。でも本当は皆に反対された方が可能性は大きい。そうすれば成功できるのは一人ですから」

反対されることが、ときには事業の革新性を示すこともあり、同様のコメントを残している創造的な事業家が多数いる。事業構想のフィールドリサーチをおこなう際にはおそらくこのような視点をある程度意識しておく必要があり、全体としてどの程度賛意を得られたのかということよりも、「誰が」「どのような理由」で賛同しているのか、または反対しているのかということを読み取ることができるリサーチをおこなう必要がある。

「誰が」という点を考えるにあたって、エベレット・M・ロジャースのイノベーター理論は参考になる。イノベーター理論は、イノベーション普及の理論で、新しい技術の導入に関して、その導入順で顧客を5つの群に分類したものである。

  1. イノベーター(Innovators):冒険心にあふれ、新しいものを進んで採用する人。市場全体の2.5%。
  2.  
  3. 初期採用者(Early Adopters):流行に敏感で、情報収集を自ら行い、判断する人。他の消費層への影響力が大きく、オピニオンリーダーとも呼ばれる。市場全体の13.5%。
  4.  
  5. 初期追随者(Early Majority):比較的慎重派な人。平均より早くに新しいものを取り入れる。市場全体の34.0%。
  6.  
  7. 後期追随者(Late Majority):比較的懐疑的な人。周囲の大多数が試している場面を見てから同じ選択をする。市場全体の34.0%。
  8.  
  9. 遅滞者(Laggards):最も保守的な人。流行や世の中の動きに関心が薄い。イノベーションが伝統になるまで採用しない。伝統主義者とも訳される。市場全体の16.0%。
  10.  

アンケート調査を実施した際にも回答者の性質を見極めることが重要になる。構想案の時点で定めたモデルは、形を変えながら理想的な構想計画に進んでいく。その際に最初の伴走者となる顧客は、ロジャースの言うイノベーターや初期採用者であることが多い。また、自分自身や自社のファンである人々も同様に新しいアイデアの応援者となってくれるであろう。フィールドリサーチの視点としても、全体としてどの程度需要があるか、ニーズがあるかという把握も重要だが、むしろ自身の事業構想を受け入れてくれる顧客は誰なのか、そしてその人々はいかなる心理状態にあるのか、なぜその事業構想を受け入れてくれるのか、こういった視点でリサーチの設計をおこなう必要がある。

具体的に、事業構想研究所で実施するフィールドリサーチでは、新規事業に対する定量的調査の調査票に、「イノベーターや初期採用者を特定する設問」「顧客の心理状況を特定する設問」を付記し、それらの回答結果から回答者を分類し、事業構想の伴走者となってくれる人がどのような評価をおこなっているか、どのような心理状況かを洗い出す設問設計の方法をとっている。これらの設問を組み込むことによって、事業構想の第一顧客となる人々を洗い出し、その層の個人属性や性質などをある程度読み解くことが可能である。

新しい事業への賛同者は、市場の約15%を占める「イノベーター+初期採用者」に多い傾向がある

デジタルフィールド・リサーチ

ここまで典型的なフィールドリサーチの手法について記述してきたが、近年のデジタル化でフィールドリサーチの方法は格段に進化している。まず、インターネットを用いたアンケート調査の普及によって、比較的規模が大きなアンケート調査も以前とは比較にならないくらい、短期間・低コストで実施することが可能になった。インターネット調査に関しては、パソコンやモバイルでのモニター登録者にしかアクセスができないため、サンプルに偏りがあることが指摘されてきたが、近年のインターネットアクセスの普及により、偏りはかなり解消されてきている。適切に利用することで、消費者の一次情報を頻繁に高速で得やすくなったことはまちがいない。

また、ビッグデータの利用もフィールドスタディを格段に向上させる可能性がある。たとえば、ネットのアクセスログなどを追跡することで、新たな調査を実施せずに顧客の行動観察をおこなうこともできる。また、ビッグデータは、サンプルではなく、利用者の全てのデータを捕捉し、リアルタイムに追跡することが可能である。利用者の全員を捕捉しているということは、イノベーターや初期採用者のデータも確実に含んでいると考えられる。ビッグデータの本質は、データ量が多いことではなく、調査のために取られたデータではない、実際の活動や状態が捕捉され、現実世界を投影しているデータであることにある。事業構想のリサーチの観点からは、自分のファンを確実に抽出する手段としてビッグデータを活用すると効果的である。

また、デジタル分野の興味深い取り組みとして、オンライン上での行動を可視化し、電子的なペルソナ(仮想人物)を構築する試みがある。オンライン上の行動を蓄積したデータベースを用いて、仮想的な個人がどのような検索行動や興味を持っているかを知ることができる。

図4は、デジタルペルソナの構築事例であるが、イタリア旅行の希望者とベトナム旅行の希望者が検索行動にどのような違いがあるのか、どのような属性を持っているのか、どのような趣味嗜好であるのか、などを推測し、仮想的な個人像を描き出すことができる。事業構想をする領域において、事前にこういったリサーチをおこなうことで、対象とする顧客の姿をより明確に知ることも可能である。

ベトナム旅行とイタリア旅行の検索をしている人が他にどのような検索行動を取っているか、どのような属性であるかを、ネット情報のデータプラットフォームを活用して探索することが出来る

人を知り、己の事業構想を知る

上述したようにフィールドリサーチの方法は多様かつ精緻になってきているが、大切な点は、自身の事業構想に関わる「人」を知ることにある。事業構想家として、多様な人々とつながること、それらの人々と対話し、質疑に応じる中で、顧客への共感と自身の事業構想への共感を育むことが重要である。この顧客との接点の中で「想像力」もふくらみ、アイデアも豊かになる。フィールドリサーチは単に自分の事業構想の可能性を探るだけでなく、事業構想家として自身を磨き上げながら、末永く人々にうけいれられる事業づくりに貢献するものである。

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