地域の人材不足解消と国際協力の架け橋へ 外国人材の新たな受け入れの形
(※本記事は日本政策金融公庫が発行する広報誌「日本公庫つなぐ」の第33号<2024年12月発行>で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
農業分野での人材不足が叫ばれる中、その解決手段として外国人材の受け入れが活発化している。福井県にある株式会社農園たやは、自社の外国人材受け入れの経験を積極的に発信し、地域の受け入れ先の拡大を図っている。また、外国人材を単なる労働力として捉えるのではなく、帰国後も活躍できるよう、ビジネスプランの作成を通じた人材育成にも注力している。同社の代表取締役である田谷徹氏に、外国人材の受け入れ促進と育成に取り組む想いを取材した。

自治体と連携し外国人材の受け入れに取り組む
高齢化や後継者不足などにより、農業分野の人材不足は年々深刻化している。基幹的農業従事者(普段仕事として主に自営農業に従事している者)は、2005年から2023年の間で約半数まで減少し、65歳以上の基幹的農業従事者が全体の約70%を占めるに至った。この状況を受け、農業分野における外国人材の受け入れは増加の一途をたどり、2023年には農業分野で働く技能実習生と特定技能外国人の総数は約5万4千人に達している。
福井県も例外ではなく、多くの農家が農業分野の重要な担い手として外国人材を受け入れている。県はさらなる受け入れ促進のため、県内の農家に向けた研修会などを行っており、この活動に協力しているのが株式会社農園たやだ。
同社は福井県北西部の九頭竜川沿岸にある高屋町で、ベビーリーフやズッキーニ、モロヘイヤなど年間約20種類の季節野菜を生産・販売している。また、インドネシア農業省が選考した特定技能外国人を7名受け入れる他、登録支援機関としてインドネシア人材の就職あっせんも行っている。同社の代表取締役の田谷徹氏が外国人材の受け入れで得た経験を県内農家向けの研修会時に説明するなどし、外国人材の受け入れ先の拡大や理解促進に取り組んでいる。
外国人雇用の課題をクリアし母国の未来もつくれる人材に
田谷氏とインドネシアの縁は、大学卒業後の1997年に青年海外協力隊として同国に田谷氏が派遣されたことに始まる。帰国後、2002年の農業高校の交流事業で通訳を務めたことをきっかけに、インドネシアのタンジュンサリ農業高校との交流が開始。その後、同校からの要望を受け、2008年より同校の卒業生を農園たやで技能実習生として受け入れることにした。
実習生の受け入れを開始した同社だが、日本に来た実習生はさまざまな課題に直面する。実習生は来日前に日本語を勉強していることが一般的だが、日本語力はそれほど高いとはいえず、作業を正確かつ効率よく理解して作業することが難しい。また、日本の運転免許証を取得していないため、農作物の運搬や農場への移動が制限される。さらに、実習生は来日前に送り出し機関への手数料や日本語学校の授業料、渡航準備費用を支払わなければならず現地で借り入れしていることも多い。それを日本での給与で返済しなくてはならないため、資金繰りの厳しい実習生もいるという。
田谷氏は、これらの課題の解決のために対処法を考案した。まずはインドネシア語の字幕を付けた動画の作業マニュアルを作成した。日本人スタッフには教えやすく、実習生には理解しやすくなった。また、日本語学習を支援し、実習生に日本人スタッフと同様の作業を任せられるようにしたことで、同社全体の作業効率が上がり業績が良くなった。
加えて、日本の運転免許証への切り替えや原付免許証の取得支援、来日前の費用を無利子で融資する制度を構築し、実習生の作業と経済の両面での負担軽減に努めている。これらの取組みが評価され、インドネシア人材が同社を選ぶ好循環が生まれているという。

「インドネシア人の『日本で働きたい』という熱意は、年々増しています。それに応える仕組みや環境を作っていくことは、今後の日本にとって重要になると考えています」と田谷氏は語る。
田谷氏は受け入れの仕組みや環境を整えるだけでなく、同社の技能実習生や特定技能外国人に対してビジネスプランの作成を指導している。これは外国人材が帰国後に地域のリーダーとして活躍できるよう、日本で得た経験や知識、資金を活用した就農・起業プランを作成してもらう取組みで、リーダー育成のための講義を行う。また、物の見方、考え方、世界情勢の把握、社会構造上の課題などについても教える。
「リーダーになるには、自らの視野を広げること、慣習にとらわれないことが必要です。帰国後どんなビジネスをしたいか、そのために日本では何を学ぶべきか。目標が決まればおのずと学びますし、日常の業務も意欲的に取り組むようになります」
受け入れた人材が成長すれば、受け入れた農家にもメリットが生まれる。目的意識を持って仕事に向き合うことで生産性の向上に結び付くという。
旅を重ねてたどり着いた農業とリーダー育成への想い
農業技術の伝達と共に、リーダーの育成を行う田谷氏。その活動の原点にはこんなルーツがあった。田谷氏は福井市に6代続く農家に生まれたが、幼少期から海外で働くことに興味があり、大学時代は海外に目を向け、アジアを中心にバックパッカーとして旅をしてきた。その頃、1970年代に発生したベトナム難民問題に触発され、田谷氏は「自分にも何かできることがあるのでは」と考えるようになった。その第一歩として1997年に青年海外協力隊に参加し、インドネシアで地域おこしのプロジェクトに携わったのだという。
任期終了後、いったん帰国したものの、「もっと農村の現実を知りたい」という想いから、インドネシアの大学院で農村社会学を学ぶことを決意。農村開発や人材育成について体系的に学び、いつかは自分の農園で外国人を受け入れながら、地域発展に貢献したいと考えるようになった。その後、2006年に福井市に戻り、翌2007年に親と経営を分けて就農。田谷氏は留学中に構想していたプログラムを進めるため、2008年よりタンジュンサリ農業高校の卒業生を技能実習生として受け入れるに至った。
現地訓練校設立で来日前教育 日本人雇用にも好影響
インドネシア人材の受け入れに尽力してきた田谷氏は、受け入れ開始から約12年を経て新たな取組みにチャレンジした。それは、タンジュンサリ農業高校の職員と協力し、インドネシアに職業訓練校を設立したことだ。その背景には、受け入れの経験や就職あっせんの経験から抱いた課題意識があった。
「日本の受け入れ農家が求める教育と、インドネシアの訓練校で行われている教育がうまくかみ合っていないと感じました。これを改善しないと、来日後のインドネシア人材の仕事に対するモチベーションの維持が難しくなり、せっかく人材を受け入れても定着につながりにくい。それならば、自ら学校を作り、必要な教育を提供しようと考えたのです」
こうして2020年に設立した訓練校では、日本語教育に加え、現地の運転免許証の取得を目指した自動車運転技能の向上の実習が行われている。
「地域によってはスーパーが遠かったり、公共交通機関が不足していたりすることがあるので、仕事だけでなく日常生活でも自動車が運転できないと困るシーンが多いのです。そこで、まず現地で運転技術を磨いてもらい、来日後に早期に日本の運転免許証に切り替えてもらうことで、仕事と生活の両面で過ごしやすい環境に整えられるよう配慮しました」。今後は、さらに優秀な人材の育成を目指し、現地で農場を借りて実践的な農業実習も行いたいとのことだ。

これらの活動は、同社の日本人雇用にも好影響を与えている。国際貢献にも大きく寄与する同社の活動は、日本人の若者にも強く響くものがあった。
「福井県の基幹的農業従事者の平均年齢は約70歳です。しかし、私の農園では20〜30代の日本人スタッフが活躍しています。農業だけでなく、国際貢献にも意欲のある若い人材が日本各地から集まり、インドネシア人材と共に働くことで、お互いに刺激を受けながら成長しています。彼らの農業だけでなく夢に向かう姿勢に感化され、お互いに学びながら日々農業に取り組んでいます」

日本の農家へ向けて 培ったノウハウを発信
一方で、田谷氏は日本の農家に対して、外国人材の受け入れに役立つ情報発信にも力を入れている。ウェブサイトで公開している「サマサマ手帳」では、インドネシア人材との間で起こりやすい問題や受け入れ農家が配慮すべきポイントについて、同社の経験を交えて紹介している。「サマサマ」とはインドネシア語で「どういたしまして」や「お互いさま」といった思いやりを表す言葉だ。インドネシア人材を受け入れている農家が「お互いの理解を深め、より良い受け入れ環境を作れるように」という田谷氏の想いが込められている。
「本サイトでは弊社で使っている契約書のフォーマットなども公開しています。インドネシアでは細かなことまで契約書に記載する文化があります。来日後、業務や生活においてさまざまな約束事が出てきますが、口約束だけではトラブルになることもあったため、契約書を作成するようにしたのです」
リーダーの育成や訓練校設立など、多岐にわたる取組みを行っている同社の経験を他の農家にも共有し、経営に役立ててもらうのがサマサマ手帳の意義だ。
「私たちがこれまで経験してきた失敗や成功を共有することで、農家の皆さんが外国人材を受け入れる際のヒントになればと考え、発信を始めました。本サイトが外国人材の定着と日本の農業の発展につながっていけばと思っています」
外国人材受け入れの拡大 国際貢献につなげる
現在、福井県と連携して進めている外国人材の受け入れ促進に向けた活動は、インドネシア農業省とも連携して取り組んでいる。同社が県内農家向けの外国人材受け入れに関する説明会や受け入れ農家の定期的なフォローを行うことで、新たにインドネシア人材を受け入れる農家や、受け入れる人数を増やし経営を拡大する農家が現れているという。
外国人材の受け入れの今後について田谷氏はどのように考えているのだろうか。
「外国人材の受け入れは、日本の農家の人材不足解消のために必要不可欠です。これからも外国人材に日本を就労先として選択してもらうためには、単なる労働力としてではなく、日本滞在中や帰国後に活躍できるように人材育成を行うことが大切です。外国人材が目標を持って仕事に取り組むことで生産性が向上し、受け入れ先の経営が成長する。日本で学んだ外国人材が帰国後にリーダーとなって活躍することで、その活躍が広告塔となり、日本を就労先として希望する外国人材が増える。そのような動きが農家や社会の発展に良い影響を与え、ひいては地域の活性化を促すことができると考えています」
また、最後に田谷氏はこう語った。「農業は今、大きな転換期を迎えています。この流れに乗り遅れないためにも、若くて優秀な外国人材の力を積極的に経営に取り入れていきたいですね」。株式会社農園たやの外国人材受け入れを通じた地域の人手不足解消と国際協力への取組みは、日本、そしてインドネシアの未来を明るく照らしていくことだろう。

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