下請けからパートナーの関係へ 中小企業庁長官が語る「デフレ思考」との戦い
(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2024年11月7日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
中小企業は全国に約336万社あると言われ、国内企業の99.7%を占めている。中小企業の成長は地域経済に活力を与え、日本経済全体を引き上げていく原動力となる。
政府が目指す「成長と分配の好循環」を達成するためにも、中小企業が成長し、そこで働く人たちの賃上げを継続して実現することが不可欠となる。そのためには、親事業者と下請けという関係を、共に知恵を出し合い、付加価値を創造していくパートナー同士の関係へと転換していくことが求められている。
今月の政策特集は、中小企業が成長していける、また、フリーランスで働く人たちが安心して働ける、取引関係のあり方について考える。第1回は、下請けからパートナーへ、なぜ取引関係の適正化が重要なのか、中小企業庁の山下隆一長官に聞いた。
過去の成功モデルは限界に。デフレに適応し、チャレンジ精神失う
――中小企業の取引環境の現状についてどのようにお考えですか。取引の適正化はなぜ重要なのですか。
日本は他国よりも品質の高いモノを安く、大量につくって輸出する大規模生産工業化モデルで高度成長を遂げ、大成功しました。このモデルをベースに、中小企業を含め強固な縦関係で全体を支えていく構造ができあがり、これに日本人は磨きを掛けて、適応してきたわけです。
ところが、デジタルの世の中になってくると、縦の系列よりも、プラットフォーマーと呼ばれる企業が現れるなど、横のつながりやレイヤー(階層)化への対応が重要性を増してくる。世界がそうなっている時に日本は、これまでの成功モデルをあまりにも立派に作り上げたために、転換が遅れてしまいました。
同時に日本はデフレに陥りました。米国では、デフレの本質は「色々なことにチャレンジして付加価値を創造する」という米国経済の体質が損なわれることだと危惧し、危機を回避しました。ところが日本では、縦の系列がそれぞれ一生懸命コストを削る。給与も上げず、投資も控え、価格もどんどん下げていくというふうに、デフレに過剰適応していきました。これが今、限界に近づいているのです。
そんな中、ロシアのウクライナ侵略以降、エネルギー価格の上昇などを契機に、物価の上昇、それに負けない賃上げ、そして国内投資への回帰という一連の経済状況が出てきつつあります。それにもかかわらず取引構造や30年染みついたデフレ思考は相変わらず、過去に過剰適応した姿が続いていて、価格転嫁が進まない。そこで政府が介入することによって、変えていこうというのが現在の状況です。
――中小企業庁では毎年3、9月を価格交渉促進月間と定め、価格交渉や価格転嫁の実施状況をフォローアップ調査。結果を社名で公表するなど、踏み込んだ対応をとっていますね。
デフレ思考は私たちの中に本当に染みついています。企業の社長さんが仮に、「変えていかなければ」と思ったとしても、調達の現場には届いていない。「社長は現場のことをわかってないんだよな」と、社長のガバナンスが効いていないのです。世の中の常識が変わり始めているのに、現場の常識はいつまでも変わらないという状況があるわけです。
アンケート結果を受けて社名を公表することで、社長が「うちの会社はこうなっているのか」と気づくわけです。調達現場も他社と比較されることで初めて「これはまずい」となります。社名公表することで、経営者の意識を変え、経営者の意識が会社を変える。個々の企業の変化を後押ししたいという思いで実施しています。
中小企業庁は2021年9月から、毎年3、9月を「価格交渉促進月間」と定め、適切な価格交渉を後押しすると同時に、実際に価格交渉・価格転嫁が実現できたか、フォローアップ調査を実施。調査結果を基に、実際の発注企業名を記載した価格交渉・価格転嫁の評価リストを公表している。
2024年3月に公表された最新の調査結果では、「発注企業との交渉が行われた」とする割合は約6割だった一方、「交渉を希望したが行われなかった」も10.3%となり、前回の7.8%から増えている。また、価格交渉で、コスト上昇分全額を価格転嫁でききた割合は19.6%(前回16.9%)。平均転嫁率は、46.1%(同45.7%)にとどまっている。「全く転嫁されず・減額された」とする企業も約2割に上った。
政府一体で取り組み進む。カギ握る「労務費」転嫁には指針示す
――他省庁とはどのように連携して進めているのですか。
公正取引委員会とは、従来より同じ方向を向いて、緊密に連携しています。それ以外の省庁についても、様々な業界で価格転嫁や取引の適正化が求められるわけですから、そうした業界の監督官庁にも理解をいただいて、内閣全体で取り組んでいくということは、内閣官房副長官をヘッドに続けてきています。
価格転嫁を行う場合、資材費などは交渉しやすいのですが、労務費については交渉しづらいというのが、これまでの常識としてありました。「経営努力で何とかしろ」と取引先は言うわけです。確かに経営努力で出来る部分もあるでしょうが、どうしても価格転嫁しないとまかなえないところもあるわけで、そこをどうやって転嫁を進めるか。内閣官房主導で「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を出したのも、政府全体の取り組みとして進めている表れです。
2024年3月公表の調査結果では、価格交渉が行われたとする企業のうち、約7割は労務費についても価格交渉が実施されたとしている一方で、約1割は「労務費が上昇し、価格交渉を必要と考えたが出来なかった」と回答している。
下請法改正、業界自ら行動計画策定など課題は山積
――今後の展開は。
現在の法律では取り締まりできない部分もあります。そこをきちんとカバーできるように公正取引委員会と一緒に「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」の改正作業をしています。
もう一つは、業界として自らの行動計画をつくる動きがありますが、そこはどんどん業界として深掘りしていただきたい。深掘りしていくことで、業界団体にとどまらずサプライチェーン全体を見ていくことや、他省庁と一緒になって考える必要も出てくると思います。そこは今後、進めていかなければならない課題だと思います。
「ゲームは変わった」――。知恵出し合い付加価値高めるパートナーに
――取引関係を適正化していくには、発注側の大企業だけでなく、受注側の中小企業のマインドチェンジも大切では。
「価格転嫁なんて言ってもいけないし、考えてもいけない」というのが常識だったのが、変わりつつあります。これまでのピラミッド型の縦の関係は変えていかなければいけません。コストカット競争で大量生産していくモデルは、もう通用しません。ゲームは変わりました。発注側は下請企業に低価格を押しつけて投資余力を奪うようなことをやっている場合ではありません。受注する側も、ただ受け身でいるのではなく、自らの企業価値を見つめ直し、提案力を付けていく必要があります。パートナー企業として、一緒に知恵を出し合って、製品やサービスの価値を上げていくべきだと思います。系列の上も下も意識を変えて、総合力で新しいゲームを戦わなければなりません。
日本の経済、社会全般に根強く染みついてしまったデフレ思考を変えていく。頭の中を『昭和のOS』から『令和のOS』に切り替え、世界で戦えるマインドに変えていくことが非常に大事で、下請取引の問題はその典型例です。
本来はマーケットで解決した方がいいのでしょうが、デフレ思考はあまりにも根強く、ここは行政主導で動かしていくしかないと考えています。取引適正化は「成長と分配の好循環」を達成するための要です。政府として、正面から向き合い、政策対応を一層強化していきたいと考えています。
元記事へのリンクはこちら。
- METI Journal オンライン