行動変容を促すデザインアプローチとは? 「歯科健診」の事例から探る

(※本記事はNTTデータ経営研究所ウェブサイト内の「経営研レポート」に2024年7月30日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

はじめに

「歯科健診」という言葉でピンとくる人はどれくらいいるだろうか。保健事業の関係者であれば生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)は経済財政運営の指針(骨太の方針)に明記された政府方針でもあり、周知のことだろう。しかし、多くの生活者にとって歯医者は痛みなどの自覚症状がある時に受診するところであり、専門的ケアを受ける場所という認知は必ずしも高くない。当社が行った調査1では、約6割が「痛み等の自覚症状があった場合に受診する」と回答し、「歯科健診やお口の専門的なケア(メンテナンス)のために定期受診する」という回答は4割未満であった。

当社とNTTデータは、厚生労働省より委託を受けて、「歯周病予防に関する実証事業(2019年度~2021年度)」や生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)のあり方を検討するために「歯科健康診査推進事業(2020年度~2024年度)」を実施している。2023年度のモデル事業には、自治体と職域で延べ3.2万人の就労世代が参加した。本事業の目的の一つは「行動変容」であり、自治体や職域を通じて簡易な歯科検査を含めた歯科健診機会を提供することで、歯科医院を受診するきっかけを提供。口腔状態を確認し、専門的ケアを受けること(プロケア)や歯間ブラシなど歯みがき以外の口腔メンテナンスを行う(セルフケア)体験をすることで定期受診を促進することを目指している。

本事業では行動経済学などの研究による人の認知や意思決定特性を考慮して歯科健診のスキームを設計し、多様な実施モデルで効果検証を行ってきた。本稿では、行動変容をしやすくするデザイン(行動デザイン手法)をどう組み込み、どのような効果があったのか、主に現役世代を対象とした職域(事業所や保険者)での取り組みを中心に紹介する。

1 厚生労働省令和5年度委託事業「就労世代の歯科健康診査等推進事業に係る調査研究等一式」報告書

1.求められる現役世代の歯周病予防機会

一番の歯の喪失原因が歯周病であることはよく知られているが、実はこれは高齢者特有の病気ではない。厚生労働省によると30代の3人に2人は歯周病の症状がみられており(厚生労働省歯科疾患実態調査)、自覚症状なく進行する。また、全身の健康にもつながるため、現役世代が定期的なケアや治療を受けて対策することが重要である。

自分に歯周病症状があるかどうか気づくきっかけとして最も分かりやすいのは、歯科医に口腔内をチェックしてもらうなど歯科健診を受けることであるが、現役世代向けの法定の歯科健診機会というのは実はほとんどない。歯科健診が組み込まれている乳幼児健診と学校健診以降、歯科健診が公的に用意されているのは特殊業務に従事する者のほかは、健康増進法に基づき自治体が努力義務で実施する歯周疾患検診(20歳以降主に10歳刻みで行われている節目健診)と後期高齢者歯科健康診査のみである(図表1)。つまり、現役世代は自ら歯科医院を受診して歯科健診を受ける必要があり、個人の健康意識と行動に委ねられている状況にある。

ライフステージ別の歯科健診の表
図表1 ライフステージ別の歯科健診(※画像クリックで拡大)

2.歯科受診の阻害要因

ところが、「生活者視点」で行動を分析すると、歯科受診には行動の障壁が多い。

行動デザインの重要な前提は、人がいつもと違う行動をすることは余計なことであり、「行動しない」がデフォルトということである。この前提に立って求めている行動をするための意思決定プロセスを「生活者視点」で分析してみよう。

一般的に新たな行動をしようと意思決定するためには、多くの前提条件が揃う必要がある。

具体的には、

行動が求められていると気づく何らかのきっかけがあり

→ 直観的に否定的な感情が湧かず

→ 何をするのか理解でき

→ メリットがあると判断をし

→ 行動に必要な知識やモノ・自信などの準備ができた上で

→「今」行動する必要があると納得してはじめて「目標行動」の実行に至る。

このように、人が行動するには認知から準備までの意思決定プロセスを一気通貫で通過する必要があり、どこかに障壁があると脱落して「行動しない」ことが選択される。
現役世代の歯科医院の受診を目標行動とした場合、どのような行動の阻害要因があるだろうか(図表2)。

行動するために必要な要素と歯科受診の阻害要因を示した図
図表2 行動するために必要な要素と歯科受診の阻害要因(※画像クリックで拡大)

(1)認知

上述した通り、歯科健診機会の案内自体がなく、何らかの歯周病対策の情報が提供されたとしても「歯周病は高齢者の病気」であり自分事だと思わず、情報が目に入っても認知されない(非注意性盲目)。また、歯ぐきからの出血や歯間にものがつまりやすい、起床時の口臭などの自覚症状があったとしても、それが歯周病に関わるというリテラシーがないと歯科医院で対策するという行動と結びつかない。

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