エムニ 製造業の暗黙知を集合知化 AIで日本のものづくりを次世代へ

日本の製造業は、熟練技能者の暗黙知によって高い品質を維持してきた。しかし少子高齢化により、その貴重な知見が失われる危機に直面している。株式会社エムニは、製造業に特化したAI開発企業として、ベテランの暗黙知を集合知化し、次世代へ継承する仕組みを構築する。創業わずか2年で大手製造業との実績を積み重ね、「製造業におけるAI活用のハブ」を目指す同社の戦略と、26歳の若き代表が描く日本のものづくりの未来像を聞いた。

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株式会社 エムニ・代表取締役CEOの下野祐太氏

修士2年生4人の覚悟を込めた社名

株式会社エムニの創業は2023年10月31日。共同創業者4人全員が修士2年生だったことから、「エムニ」という社名には起業当時の覚悟を忘れないという想いが込められている。

代表取締役CEOの下野祐太氏は、京都大学工学部地球工学科からエネルギー科学研究科へ進学し、当初はエネルギー問題に関心を持っていた。しかし大学2、3年生の頃からAIへの興味が高まり、プログラミングを独学。その後、株式会社松尾研究所に学生インターンとして3年間在籍し、製造業向けAI社会実装プロジェクトに従事した。

「松尾研では、エンジニアリングからプロジェクトマネージャー、セールスまで幅広く経験させていただきました。製造業の現場で、AIがどう使われ、どこが難しく、お客様がどう喜んでくれるのかを、解像度高く肌感を持って学べました」と下野氏は振り返る。

この経験が、製造業特化AIという明確な方向性を生んだ。特に驚いたのは、自動化が進んでいると思われていた製造現場でも、人が張り付いて監視する業務が多く残されていた現実だった。「まだまだアナログでやっていることが多く、AIで課題解決できるポテンシャルは非常に大きいと感じました」。この気づきが、修士2年での起業を決意させた。

創業メンバーは、共同創業者であり、現COOの後藤祐汰氏がハブとなり、AI、フロントエンド、バックエンドなど各開発分野で最も強い人材を集めた。下野氏自身は情報系出身ではなかったが、松尾研での実践経験を買われて参画。代表を務めることになった経緯について、「周りのメンバーはビジネスよりエンジニアリングをやりたいという想いがあり、営業や対外的な活動への適性で私が選ばれました。元々自分で事業を立ち上げたいという思いもあり、適正があると感じました」と語る。

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社長自ら、セミナーや提案なども精力的に行う



製造業特化だからこそ実現できる価値創造

エムニの最大の特徴は、製造業に特化している点だ。これは単なる差別化戦略ではなく、顧客に真の価値を提供するための必然的選択である。

「業界を絞らず広く浅くやると、毎回お客様から業務を教えてもらう時間が膨大になります。製造業に特化し、エキスパートとして深く入り込むことで、ノウハウを蓄積し、横展開のサイクルを高速で回すことが出来ます」と下野氏は事業構造を説明する。

同社の事業は、オーダーメイド開発とパッケージソリューションの2つで構成される。オーダーメイド開発では、各企業の業務内容にフルカスタマイズしたAIシステムを提供。一方、「AIインタビュアー」などのパッケージソリューションでは、ベテラン技能者の暗黙知をAIがインタビューして引き出し、集合知化する仕組みを展開している。

暗黙知の集合知化は、明確なブランディング戦略というより、製造業の切実なニーズから生まれた。「日本の製造業の強みは暗黙知にあります。しかし人口動態的に、工場で働く40〜50代の方が少なく、ベテランの知見が失われる可能性があります。今のうちに集合知化しないと、日本の製造業の強みが失われてしまう」。

この危機感は、顧客企業からも強く共有されている。実際のAIインタビューでは、マニュアルに書かれていない「行間」の部分に暗黙知があることを発見。「何もないところから暗黙知は出てきませんでした。マニュアルという知識があって、その延長線上や行間に暗黙知があります。そこを聞くことで、ベテランも回答しやすく、自分だけが持つ知識を引き出せます」と下野氏は語る。

開発体制の強みは3つある。第一に、製造業の業務理解と要件定義における深い知見。第二に、デモ開発チームによる爆速開発。第三に、エンタープライズ企業にも対応できるセキュリティとスケーラビリティを備えたシステム構築力だ。「AIアルゴリズムを作れる会社は多いが、製造業に特化して要件定義から現場で成果を出せる堅牢なシステムの開発まで伴走できる体制は稀です」と語る。

2030年 製造業AI活用のハブへ

エムニの長期構想のその先へ                                                                 

エムニは、2030年までに「製造業におけるAI活用のハブ」になることを目標に掲げる。現時点で業界最大手企業との取引実績を重ね、製造業における生成AI活用等をテーマとした講演依頼も増えている。

「手応えは感じていますが、まだまだ伸び代だらけです」と謙虚に語る下野氏。製造業の中でも、調達領域、運用・保守、機械図面など、手をつけていない分野は多い。「事例を増やし、知見を深め、どんどん横展開していく。それがハブとしての役割です」。

5〜10年後の事業構想として、オーダーメイド開発とプロダクト展開の両輪を描く。「オーダーメイドでは、大手企業と深く入り込み、大きなインパクトを出し続けます。一方で、そこで得た知見をプロダクト化し、中小企業にも早く安く価値提供していきたいと考えています」。

現在展開中の「AIインタビュアー」「AI特許ロケット」に加え、図面関連など、製造業に特化したマルチプロダクト展開を計画している。「事例が増えると、『この業務にはこのソリューション』というグルーピングができてきます。それを海外展開にも活かせます」。

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製造業を通じた日本活性化へ向けて 日々サービス向上に努めるエムニ


下野氏の根底にあるのは、「製造業を通じて日本を盛り上げたい」という強い想いだ。

「かねてから、日本を活性化させたいという思いがありました。日本の基幹産業は製造業。だから製造業をターゲットにしています」。例えば、AI特許ロケットでは特許調査時間を99%削減することが可能だが、その時間は戦略立案に使える。それが新商品開発につながり、日本企業の新たな強みになる。「そうした積み重ねが、製造業全体を、ひいては日本全体を盛り上げることにつながります」。

製造業の暗黙知を守り、次世代へ継承する。26歳の若きリーダーが描く構想は、確実に形になり始めている。

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