エンドユーザーと共創、部品メーカーからライフスタイル提案メーカーへ進化

新型コロナウイルス感染症により注目の集まる"空調"。産業用加湿器や放射型ラジエーターの専門メーカー・ピーエスの平山武久氏は、経営資源を活かして従来つながりのなかったエンドユーザーと直接つながる構想を実現。メーカーとして新たな境地を開拓している。

創業60年、"温度と湿度"をきわめる

産業用加湿器や除湿機、除湿型放射冷暖房システムなど、温度・湿度をコントロールする機器の専門メーカーであるピーエス。今年創業60周年を迎えた同社は、現在の代表取締役である平山武久氏の父・敏雄氏が1960年に創業。冷暖房が普及しだした高度経済成長期、日本で初めての加湿器を開発したほか、ヨーロッパでは暖房用として利用されてきたラジエーターを、1990年代に世界で初めて冷暖房兼用として開発。業界では知られた存在だ。

先代の敏雄氏は新たな機器の開発に加え、海外メーカーなどと関係を築き、先進的な技術を導入。こうした歴史を経て、同社では①暖房機による"冬の環境"の探求、②加湿器による"湿度"の探求、③冷房による"夏の環境"の探求という3つの側面から、室内環境に関する知見を蓄えてきた。このような下地を踏まえ、息子である武久氏が事業を承継した。

平山 武久(ひらやま・たけひさ)
ピーエス/ピーエス工業 代表取締役
事業構想大学院大学 東京校 6期生(2019年度修了)

「事業を承継するという目的を持って1982年に入社しました。とても強い個性を持つ創業者が作った世界にまずは飛び込み、生産現場から販売までさまざまな経験を積んできました。しかし父が引っ張ってきたこの強い個性の企業の明日をどのように展開していくのか。どうしても"父はどう考えるか"とイメージしてしまい、果たして自分の考えなのか、父の考えなのかと悶々とすることもありました」

そんななか、新聞で事業構想大学院大学のことを知り、単なるMBAではなく、"事業構想"というコンセプトに必要性を直感、入学を決意したという。

エンドユーザーとつながり、
メーカーとして進化

平山氏の構想を一言で表すと、「特別な環境を求めるエンドユーザーとの接点を作る」ことだ。

今後の事業のあり方を考えるにあたり、平山氏は建築設備部品メーカーとしてのあり方から見つめ直した。

「通常の空調では得ることのできない環境で社会を幸せにする。空調に体を合わせるのではなく、体に空調を合わせる。生命体として必要としているリズム、変化が必要。そのためにエンドユーザーとの対話を作る。今までのB to Bの方法だけではできない対話の世界を作りたいと思いました」

1960年、ピーエスでは、まず空調の機能部品としてパッケージエアコンに組み込む加湿器やヒーターなどの製造販売を通してあらゆる生産現場での"湿度"の探求してきた。その直後、スイスの産業用加湿器専門メーカーや温水暖房用のラジエーターメーカーとの出会いがあり、1970年に国内での生産を開始。"暖房"の探求が始まった。そして1990年には除湿型放射冷暖房PS HR-Cを世界で初めて開発。高温多湿の日本の気候風土で必要とする涼しさ、"夏"の探求も行ってきた。

「私たちの原点は自然豊かな日本の気候にあり、その自然のすばらしさを室内に作る、"温度と湿度の専門メーカー"だという方向性を見出しました」

ピーエスの製品は、住宅だけでなく、福祉施設・教育現場のような公共施設や動植物園・倉庫、さらは蚕の飼育室や印刷工場など、実に多彩な場で導入されている。このような多彩な現場では必要とされる環境は全て異なる。そしてさらにその要求の質は高まっている。そのためにはエンドユーザーに寄り添ってその空間の特別な環境を企画し、実現していかなければならない。

"特別な環境"を求めるエンドユーザーと直接の接点を作り、エンドユーザーとともに環境を作る。つまり、エンドユーザーとの交流を通したマーケティングの場を通して、さらなる価値提供、イノベーションを目指すのが平山氏の構想だ。

「現在、全国に8カ所体感型情報センターがありますが、稼働率は低いものでした。全国異なる気候風土の中でこの8カ所の拠点はとてもユニークで刺激的です。ここをエンドユーザーとの交流の拠点にできないかと考えました」

北海道から九州まで、全国8カ所にある情報センターのひとつ・岩手県にあるPS IDIC(ピーエス イディック)

熊本にある〈PSオランジュリ〉は古い銀行の建物を改装した空間

平山氏は同社にとってはマーケティングの場ともなる〈PS Club〉を設立し、ここを拠点にエンドユーザーや建築関係者・専門家などが交流するイベント等を開催。オフィスやホテル、医療施設、文化施設など、多様な環境を求めるエンドユーザーとの交流を通して、"空調システムを構成する機能部品メーカー"から、"ライフスタイルを提案する専門メーカー"への転換を進めている。さらに、30歳以下の若手をスピーカーに土地の風土を汲み取った暮らしづくり・まちづくりなどをテーマとしたイベントを開催するまでになっている。建築という専門性の高い領域において、エンドユーザーや若い世代と交流を持ち課題解決を図るしくみは、業界としても画期的なものだ。

次なる構想は
「都市に"里山の空間"を」

昨今の新型コロナウイルスの影響で、一般の人々の間でも室内環境や"湿度と健康"の関係に関心が集まっている。

「快適な空間で働くことは、社員の健康はもとより、生産性にも大きく影響します。先日は札幌にある〈PSマダガスカル〉を会場に、施設の見学・セミナーを行い、温度・湿度の観点からオフィス空間をとらえていただく取り組みも行いました」

また、"密"を避けなくてはならない環境のなかで、"里山"的なものが見直されているとも語る。

「グローバル化が進み、サプライチェーンは国をまたいで元が追えないほど長くなっています。ものの出元や素材がわかる、里山的な空間はなくなる方向でしたが、その土地の風土に沿って暮らすような、"里山のライフスタイル"が重視される社会になるのではないかと感じています」

このような状況で建築物に求められるのは、自然をできるだけ活用するあり方、"窓を開けられる環境"であると平山氏は続ける。

「さまざまなステークホルダーとともに、当社の原点である自然豊かな日本の気候を室内に作ることに邁進していきたいと思います」