デジタル化が急速に進む航空機産業 開発のカギを握るのはDXの成否
(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2024年10月21日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
航空機産業の最前線に大きな変革の波が到来している。設計、開発、生産などあらゆる段階でデジタル化が急速に進みつつあるのだ。デジタル・トランスフォーメーション(DX)は、日本の航空産業にとって、海外完成機メーカー(OEM)との共同開発やサプライチェーンに参加するための必須条件となるのは確実だ。日本が設計段階からイニシアチブを発揮できるかどうか、DXの成否がカギを握っている。
品質向上、時短目的に、主要OEMで急速に進む
海外では、デジタル技術を駆使した航空機開発・生産が急速に進みつつある。
米ボーイング社とスウェーデン・サーブ社が2021年に共同開発した、米空軍向けの新型高等練習機T-7A「レッドホーク」は、デジタル技術を活用して設計・開発した結果、初期品質が75%向上し、組み立て時間は80%、ソフトウェア開発時間も半分に短縮できた。
さらに、米ボーイング社は機体やエンジンの設計・製造・認証など開発・生産工程全体をサイバー空間内に現実空間の環境を再現(デジタルツイン)して管理する構想を発表。他の主要な海外OEMも開発パートナーの条件としてデジタル技術の能力を評価すると表明しており、論文やホームページで具体的な項目を示している。
「DX技術がないと、日本は現在の地位も危うくなる」
一方、日本の航空機産業の現状はどうだろう。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)航空技術部門で航空機DX技術実証(XANADU)プリプロジェクトチームを牽引する溝渕泰寛チーム長は、「三菱スペースジェット(MSJ)の開発中止によって、リージョナルジェット(座席数が100席未満の小型ジェット旅客機)の分野で日本がOEMの地位を獲得することは難しくなった」とし、「その結果、主戦場はOEMのパートナーとして参画するTier(ティア)1事業となっている。今後、日本の航空機産業が成長していくには、現状の下請け的な立場から脱却して、設計などの上流工程に食い込んでいくことが必要だ」と指摘する。
その上で、「DX技術は近い将来主流となる。早期の獲得が達成できなければ、現在の地位の確保さえ難しくなるだろう」と断言する。
航空機開発・生産において、DXへの期待が高まる背景には、開発期間の長期化や開発コストの増大がある。
近年の航空機はきわめて複雑なシステムとなっており、大型の航空機1機に使用される部品数は約300万点と、自動車1台あたりと比べると100倍に近い数に上る。しかも、集積回路(CPU)や自動車は、部品点数が増えても開発期間はほとんど変わらないのに対し、航空機では部品が増えるにつれて長期化してきた。また、開発プロジェクト開始から型式証明(TC)取得までの期間は1980年代~1990年代は5年程度だったのが、2000年以降は8年程度以上となっている。これには、航空機の設計には非常に高度なすり合わせが必要なこと、安全性を証明するTC取得に必要な認証試験の複雑化が大きく影響している。
今後、新たに航空機の開発を進めていくためには、こうした開発リスクを迅速かつ的確にマネジメントしていく必要がある。そこで注目を集めているのが、「モデルベース・システムズ・エンジニアリング(MBSE)」や「Certification by Analysis(CbA)」といったデジタルプロセスだ。MBSEは様々な機器の仕様をモデルで記述する手法。CbAは認証試験をデジタル解析によって代替できる。
社会実装へ、コンソーシアムが始動
航空機産業DXの「旗振り役」であるJAXAは、既に、設計や認証にデジタルプロセスを適用するための研究開発を進めている。2022年6月には、経産省や重工メーカーなどと共同で「航空機ライフサイクルDXコンソーシアム(CHAIN-X)」を設立。航空機の設計・認証・生産・運用保守・廃棄リサイクルの各フェーズでのDXをオールジャパンで進めるための議論が始まっている。CHAIN-Xでは、様々なステークホルダーがデジタル技術でつながり、協働するための「DX拠点構想」が打ち出されており、同コンソーシアムの大きなテーマと位置付けられている。また、2023年11月に開催されたCHAIN-X第1回オープンフォーラムでは、DX拠点の将来像も含め、航空機ライフサイクルDXの2050年の将来像とその実現に向けた方向性やロードマップなどを「航空機ライフサイクルDX将来ビジョン」として公表している。
政府の経済安保重要技術育成プログラムも後押し
経産省の主導する経済安全保障重要技術育成プログラム(K-Program)の公募が2023年2月に始まったことも、航空機産業のDXを後押ししている。
JAXAは、研究開発の加速、スコープの拡大ができるとの判断から、IHI、三菱重工業、川崎重工業、SUBARU(スバル)、日本航空機開発協会(JADC)と、航空機の設計、認証、生産プロセスの革新とプロセス統合事業を共同提案し、採択された。
この事業では2023~2027年度の5年間に各社が分担して「設計DX」「認証DX」「生産DX」「DXプラットフォーム」の研究開発を行い、JAXAは「設計DX」「認証DX」および「DXプラットフォーム」を担当する。事業の具体的な目的としては、(1)設計変更などがあった際、速やかに対応できるプロセスを構築し、開発スピードを上げる、(2)TCの認証試験の一部を、既存の開発データで検証された解析技術によって代替するプロセスを構築し、認証にかかる期間・コストを低減する、(3)現場への作業指示のデジタル化、品質管理のデジタル化、デジタル化によるサプライチェーンの全体最適化など生産プロセスの効率化、(4)国内外のプレーヤーをつなぐプラットフォームの構築、などが掲げられている。「設計DX」「認証DX」ではデジタルモデルやデジタルプロセスの構築のためのガイドラインが策定され、CHAIN-Xを通じて航空機開発に係る国内プレーヤーに共有される計画となっている。
航空機開発で蓄積した膨大なデータは日本の強みになる
「設計DX」「認証DX」「生産DX」に参画している三菱重工業民間機セグメントDX推進室主幹プロジェクト統括の山口恭弘氏は、「DX化はバックグラウンドデータが豊富でなければ実現はできません。データの質と量に加え、そのデータをどれだけデジタル化できるかが本当の意味での競争力になってきます。過去の豊富な航空機開発プロジェクトにおける設計情報や試験データをデジタル化し、そのデータを使ってモデルを構築・検証し、総合的にデータを連携できることが、今後の航空機産業全体でDXを進めるうえで大きな強みになります」と話す。
JAXA航空機DX技術実証(XANADU)プリプロジェクトチームの溝渕チーム長は将来を見据えている。
「DXはアナログ情報や業務プロセスのデジタル化で終わりではありません。業界全体がデジタル変革を遂げ、プロセスを共通化し、海外OEMとの連携可能なプラットフォームを作り上げて初めて『航空機開発の未来へのチケット』が得られます。航空機の国際共同開発の中で、日本の航空機産業が良いポジションを占め、大きなシェアが得られるように努力を続けたいと思います」
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