箱根旧街道で365日営業 甘酒茶屋が守る昔ながらのおもてなし
(※本記事は「関東経済産業局 公式note」に2026年5月12日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
経営者の情熱を発信する “Project CHAIN”第65弾。
今回は、小田原箱根商工会議所の内田課長からご紹介いただき、神奈川県足柄下郡箱根町にある株式会社甘酒茶屋の山本 聡(やまもと さとし)13代目当主にお話を伺いました。
箱根旧街道に佇む甘酒茶屋は、かつて多くの旅人が行き交ったこの道で、今も昔も変わらぬ姿を守り続けてきた茶屋です。便利さをあえて排したその空間には、旅人の疲れを優しく受け止めてきた時間が静かに息づいています。そんな甘酒茶屋に込められた思いと、その背景にある山本13代目当主のこだわりに迫りました。
江戸時代から今も続く“不便”というおもてなし
── 昔ながらの雰囲気を大事にしている理由を教えてください。
店内は明るい照明を使わず、囲炉裏の煙がほんのり漂う少し暗い空間です。都会の子どもが「本物の火を見るのは初めて」と驚いていたこともあります。
また、木製の椅子が少し不安定なので、「こちらの椅子のほうが安定していますよ」とお客様同士で声を掛け合ってくださることもあります。そうした自然な交流が生まれるのを魅力と捉えています。
支払いも現金のみです。お釣りを手渡すときに生まれる小さな会話を大切にしたくて、電子決済は導入していません。便利さが進む現代だからこそ、“昔の良さ”を残すということに価値があると考えています。
── 昔の良さを残すための工夫を教えてください。
昔の良さを守り続けるために、あえて“変えない努力”をこれからも続けていきたいと思っています。
ただし、建物やメニュー、働き方など本質的な部分を変えずに守るためには、必要な場所に少しずつ手を入れることも欠かせません。たとえば、お客様の利便性のためにデッキを設置するなど、“変えないために、変える”工夫も行っています。
こうした小さな改善を積み重ねることで、昔ながらの良さを安心して楽しんでいただける店であり続けたいと考えています。
── 甘酒茶屋は箱根の急な坂の上に位置していますよね。
甘酒茶屋へ向かう道には、いくつもの急な坂が待ち受けます。中でも「追込坂」は旅人泣かせの難所として知られています。この急坂を登り切り、疲れた身体が自然と糖分を欲したその瞬間に飲む甘酒は、格別なんです。
以前、小田原で出店しないかというお話をいただきましたが、甘酒が最もおいしく感じられるのは、この場所だからこそ。ありがたいお話ではありましたが、そう考えてお断りしました。
また、同じ理由で、EC販売も行っていません。“不便さ”が、甘酒の魅力をより一層引き立てているのだと思っています。
製造方法は江戸時代より変わらず守り継がれている。
祖母と父から受け継いだ甘酒茶屋の精神
── お店の歴史を知るうえで、特に大切にされているものはありますか?
祖母は忙しく、仕事の話をゆっくり聞ける機会はほとんどありませんでした。そんな中で、小説家・城山三郎さんが寄稿文に書いてくださった甘酒茶屋の描写は、当時の様子を知るための大きな手がかりです。私にとっては“バイブル”のような存在です。
その寄稿文には、甘酒茶屋は「めったに客が訪れない、古いものを訪ねて来る人だけが足を運ぶ茶屋」と記されていました。
祖父母が働いていた当時、国道一号の開通などにより街道を歩く人は減り、一週間に一人、あるいは十日に一人ほどしか甘酒茶屋にお客様が来なかったといいます。茶屋だけではとても生計が立たず、祖父は外へ働きに出て家計を支えていたそうです。それでも祖母は、いつか困って訪ねてくる旅人のために店を閉めてはいけないと考え、どんな日でも茶屋を開け続けていたのだと思います。
── 今も変わらず、365日営業を続けていらっしゃいますね。
はい。毎朝3時50分に目覚ましをかけて、準備をしています。365日、一日も休まず朝7時に開店します。
こうした日々の姿勢は、子どもの頃から先代である父の背中を見て育ったことが大きいのだと思います。まだ夜が明けきらない時間に起き出し、黙々と仕込みをする父の姿は、幼い私にとって日常そのものでした。その誠実な働きぶりが、今も私の心に深く刻まれています。
日本橋から京都まで歩いて旅をしていた学生さんから、「急な坂でくじけそうになったとき、甘酒茶屋があって助かりました」とお手紙をいただいたことがありました。旅人のひとこと、ふたことが、何よりの励みになります。「今日も店を開けていてよかった」と心から思える瞬間です。
受け継いだ心を未来へ手渡す
── 店を継ぐことになった経緯を教えてください。
ご縁があり、京都の老舗懐石料理店で修行を積みました。そこは、茶道裏千家の手ほどきを受けた店であり、茶道にも通ずる“おもてなしの精神”を深く学ぶことができました。その教えは、今も甘酒茶屋の営みに生きています。
結婚を機に箱根へ戻り、店に入りました。きょうだいの中で男は私だけでしたので、いずれ店を継ごうという思いは、京都での修行時代から持っていました。
今は、自分の代からどのように次の代へ店を渡していくかを考えるようになりました。
でも、後を継ぐよう子どもに強要するつもりは一切ありません。本人の望む道を尊重したいと思っています。そして、もし継ぐことになったとしても、私のやり方を押しつけるのではなく、その代を任された者として、自分の信じるやり方を貫いてほしいと願っています。
時代も国籍も超えて、変わらぬおもてなしを
── 今後の展望を教えてください。
近年、インバウンド需要の高まりにより、甘酒茶屋にも多くの外国人のお客様が訪れるようになりました。私たちはお客様の国籍や文化の違いによって対応を変えることはありません。外国のお客様にも、日本のお客様にも、どなたに対しても変わらぬ心配りと温かいおもてなしの心を大切にし、くつろいでお過ごしいただける時間を提供していきます。
また、便利さが求められる現代社会においても、甘酒茶屋が長年大切にしてきた“昔ながらの良さ”を守り続けることを心がけています。移りゆく時代の中でも、変わらない落ち着きや温もりを感じていただける場所でありたいと考えています。
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- 関東経済産業局 公式note