ビジネス向けに気候変動を予測する戦略策定メソッド「ストーリーライン」とは

(※本記事は『THE CONVERSATION』に2024年8月15日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

将来、気候はどうなるのか?この問いに答えることの重要性は計り知れないが、その一方で、答えること自体が非常に難しい課題でもある。

気候が急速に変化していることは明らかだ。しかし、私たちがどんな未来に向かっているのかを知るヒントがなければ、個人、組織、社会の各レベルでの計画立案は、かなり難しいものとなる。

気候リスクは金融リスクとも理解されているため、オーストラリアを含む多くの国が、企業に対して気候リスクの報告を義務化する方向に動いている。このため、計画の必要性を無視することはもはやできない状況にある。

しかし、現在の気候リスクの伝え方には深刻な限界がある。

本記事の著者の一人、ニューサウスウェールズ大学(UNSW Sydney)気候リスク&レスポンス研究所に所属するターニャ・フィードラー博士が主導する最近の研究では、これらの限界を探り、「ストーリー」の力を取り入れた新しいアプローチが、組織にとってより実用的で有用であると提案している。

不確実性に対処することの難しさ

未来の気候の姿を描き、それをもとに意思決定を行うことがなぜこれほど難しいのか。その一因は、人々が不確実性の中で意思決定を行う方法にある。

人は一般に、不確実さや曖昧さに対処するのが苦手であり、確率が提示されると戸惑うことが多い。これが意思決定に影響を与え、望ましくない結果をもたらすことがある。

また、研究によれば、私たちは実際に今まで経験したことのない警告に対して適切に反応することが難しいということも示されている。

もう一つの理由は、未来の有用な姿を描くことの複雑さと不確実性にある。

未来の気候を探る最も一般的な方法は、地球規模、または地域レベルの気候モデルを使うことである。これは、複雑な気候システムの数学的シミュレーションであり、温室効果ガスの増加による気候変動を試算するために非常に重要なツールである。

これにより、将来の気温、降水量、風、火災リスク、さらには雹(ひょう)リスクがどのように変化するかを予測することができる。

しかし、予測は本質的に不確実であり、異なるモデルを使用すると、異なる予測が得られることがある。

パソコンや資料が置かれた大きな机を囲んで皆で話し合いをしている画像。
企業は気候関連の金融リスクを評価し開示することがますます求められている。

狭い範囲・個別事象に絞り込むほど気候変動の予測が難しくなる

この不確実性は、特定の狭い範囲での影響に焦点を絞り、極端な現象(ゲリラ豪雨や猛暑など)に関心を持つほど増大する傾向がある。

たとえば、西オーストラリア南西部全体の冬の平均降水量がどのように変化するかは比較的明確かもしれないが、大規模な洪水を引き起こす可能性のある極端な降水量がどのように変化するかは不確かで予測がほとんどできない。

郵便番号単位などの狭い住所レベルで見ると、極端な降水量が増加するのか減少するのかさえ分からないことがある。

これは、個々の建物の範囲でリスクを管理し準備する方法を模索している組織にとって問題となる。モデルは精密だが、建物単位など局所的な情報に対しては必ずしも十分に正確でないことも多い。

だからといって、気候モデルが役に立たないわけでも、情報に価値がないわけでもない。ただ、組織は、その情報の価値を高めるために、他の根拠と組み合わせる必要があるかもしれないということだ。

戦略策定メソッド「ストーリーライン」の導入

幸いなことに、私たちが最も直感的に世界を理解する方法を活用することで、行動とモデルの課題の両方に対処する方法がある。それが「ストーリーライン」である。

夕日を背景に燃えている木々のシルエット。
私たちは、実際に経験したことのないリスクに対応するのが難しい。

ストーリーラインは、気候科学の分野で、不確実な物理的気候の未来を説明するために考えられた、戦略策定などに使えるメソッドだ。変化や極端な現象を引き起こす「因果ネットワーク」を理解するために、専門家の判断を活用する。

気候モデルの予測に含まれる貴重な情報は、地域に関連する他の根拠と組み合わせられ、将来がどのようなものになるのかについてのもっともらしい(そして有用な)ストーリーが作り上げられる。

たとえば、洪水リスクには以下のような非常に多くの要因がある。

  • 降水量とその強度
  • 最近の降水量の状況
  • 植生、土壌、上流の開発状況(新しい道路や建物など)など、流域の変化

リスク評価のために気候モデルや国レベルの洪水モデルから得られた降水量の変化のみを使用する企業は、必要な規模では信頼性の低い将来のシナリオを「固定」してしまう可能性がある。

代わりに「ストーリーライン」を採用すれば、洪水リスクを理解するための最善の方法は、専門家と協力して、降水量の変化に加えて、その他すべての地域に関連する要因を説明する物語を構築することだろう。

この物語は、従来の洪水モデルを使用してテストすることができ、降水量の変化条件下で地域の流域がどのように影響を受けるかについて、より堅実で有用な洞察が得られる。

金融、経済、会計などの定量的分野では、物語が数値よりも意思決定に役立つ情報を提供するという考えには違和感を与えるかもしれない。しかし、研究は、物語が不確実な未来を数値以上に具体的に感じさせることができ、その結果、計画や意思決定に役立つことを示している。

ビジネスや政策の意思決定のため、新しい手法が必要

「私たちの未来の気候はどのようになるのか?」という問いに答えることは、私たちに違った考え方を求め、既存の金融ツールや手法の枠外で解決策を探すことを求めている。

これは、専門家、学問、そして私たちが不慣れな知識を扱って、学際的な対話を通じて取り組むことを促しているのだ。

ストーリーラインは、気候リスクに対する組織の理解と報告の方法を変革する可能性がある。これは容易ではなく、気候データやリスク評価を提供する企業から定量的な情報を取得する方が簡単に思えるかもしれない。しかし、将来の気候に対する計画を立てる上で、より正直で厳格な方法である。

元記事へのリンクはこちらThe Conversation

ターニャ・フィードラー
ターニャ・フィードラー(Tanya Fiedler)
豪ニューサウスウェールズ大学(UNSW) 気候リスク&レスポンス研究所 科学シニア講師(気候会計)
アンディ・ピットマン
アンディ・ピットマン(Andy Pitman)
豪ニューサウスウェールズ大学(UNSW) ARC気候極端現象卓越センター 所長
ベン・ニューウェル
ベン・ニューウェル(Ben Newell)
豪ニューサウスウェールズ大学(UNSW) 気候リスク&レスポンス研究所 所長・教授(認知心理学)
マイケル・グロース
マイケル・グロース(Michael Grose)
ト豪連邦科学産業研究機構(CSIRO) 気候予測科学者