「障害者雇用」を社会インフラへ HANDICAP CLOUDの構想

障害者雇用という難易度の高い社会課題に、徹底的なマーケット分析と事業構想で挑むHANDICAP CLOUD。創業当初に感じた「構造的な課題」を、いかにして定着率95%を誇る革新的なビジネスモデルへと進化させたのか。森木恭平社長が語る、普遍的な経営思想と、壮大な社会インフラ構想の全貌に迫る。

業界の構造的な課題に着目 永続的な事業成長に挑んだ着想の原点

――大手人材会社のトップセールスから、難易度の高い障害者雇用の領域を選ばれた着想のスタート地点を教えてください。

私は前職のインテリジェンス(現パーソル)で、人材紹介ビジネスが約50年間変わらない「手数料ビジネス」という構造の中で動いていることを実感しました。年収の高い方を支援すれば手数料も高くなるというシンプルな構造です。

一方で、障害者雇用の現場に目を向けると、この構造が大きな乖離を生んでいました。障害をお持ちの方の多くは年収200万円以下であり、そこに人材紹介の手数料率をかけると、企業からいただける手数料は一人当たり数十万円程度と低くなります。しかし、彼らへのカウンセリングやサポートに必要な工数は、健常者の3倍近くかかるというのが感覚的な印象でした。

結果として、大手人材会社は採算性の観点からこの領域に参入しづらく、参入している多くの組織は、身内に障害者が生まれたなど「使命感」を持つ非営利的な活動が中心でした。イノベーションを起こしてこのマーケットを根本から立て直そうという企業は少なく、この領域が国の助成金に依存せざるを得ないモデルばかりを見てきたのです。

当時の私には、この状況が大きな可能性として映りました。難易度が高く、収益化が難しいと言われる領域だからこそ、純粋なビジネス構想で真正面から向き合えば、本質的な解決ができるのではないか、と。私の父が警察官として社会課題の解決に人生を費やした姿も、その思想のベースにあるのかもしれません。単なる収益追求ではなく、社会貢献性の高い事業を永続的に成長させたいという思いが、この事業の原点にあります。

構造的な課題を照らす一歩 情報開示とマルチサービス戦略

――法人顧客の苦しむ現状と、働く側の機会の少なさを埋めるために、まず何から着手されたのでしょうか。

法人のお客様の現状を見たとき、障害者雇用を「うまくいっています」と胸を張って言える企業にほとんど出会えませんでした。法定雇用率を達成している企業ですら、「数字合わせ」はできても「本質的な雇用」には程遠いという声を多く聞きました。ルールは年々厳しくなるのに、達成企業は半数程度で変わらない。一方、働きたい障害をお持ちの方はまだ300万人以上いるにもかかわらず、働けているのは60万人程度で、需要と供給が十分に噛み合っていません。

この課題の根本は、情報が届きづらい状況にあると感じました。健常者向けサービスで一般的だった手法が、障害者雇用でも通例となっており、必要な情報が必要な方に届いていなかったのです。

そこで最初に着手したのが、デジタルで適切な情報を伝える「障害者雇用バンク」という総合サイトの構築です。ハローワークの情報、訓練学校の情報、そして我々が開拓した大手企業の求人をワンプラットフォームに集約しました。外出が難しい方々がスマートフォンから、あらゆる就職情報にたどり着けるインフラをまず整えたのです。

共有スペースの一角にある、静寂を保てる専用ブース。大きな音が苦手な方も、ここに入ることで一時的に外部を遮断し、落ち着いて過ごすことができる。

これが成功の大きなスタート地点となり、働く場を求めるユーザーの声が蓄積されました。その声に応える形で、特に精神疾患を持つ方々の働く場所として、2021年にサテライトオフィスをオープンする流れとなりました。求人開拓、働く場所の提供、そして就労移行支援と、単一のビジネスモデルに頼らず、「働く」というゴールに近づけるための複合的なサービスを構築する戦略へと進化しています。

定着率95%を実現する仕組み 「クラウド」に込めた場所の概念

――サテライトオフィスと就労移行支援は、従来の支援モデルと比較し、どのような価値を生み出しているのでしょうか。

サテライトオフィスは、「合理的配慮」が最初からなされた環境であることが最大の価値です。市場の精神疾患を持つ方の退職率は50%と非常に高い水準ですが、当社のオフィスでは定着率が約95%を誇ります。この差は圧倒的です。

退職の主要因は給与ではなく「人間関係」であることが多い。特に上司の異動などで配慮が失われると、それが大きな負担となり離職に繋がってしまう。しかし、当社のサテライトオフィスでは、上司が変わっても専門家によるサポートや情報共有がシームレスに行われ、働く環境が変わりません。体調が優れない時にすぐに休養できるスペースもあり、周囲との間でも相互理解が得られやすい環境です。

また、我々は企業様に対し、形式的な業務ではなく「自社業務の切り出し」を徹底するよう提案します。経理、集計、事務など、サテライトオフィスを通らないと業務が回らないレベルまで、生産活動の中に深く入った内容をご提供します。

そして、社名に込めた「クラウド」という言葉には、単なるIT化だけでなく、この「適所適在の場所」という意味も含まれています。在宅勤務では孤立感が高まりやすいと指摘される中で、外に出て社会との繋がりを感じる出社という行為は、心の安定に寄与します。働く場所を効率的に提供し、企業にとってもコスト圧縮と生産性の維持を両立できるサービス設計が、定着率の高さという実績に繋がっています。

「永続性」を目指す経営思想 再現性の追求と伴走する覚悟

――社会貢献性を持ちながら、事業として永続的に成長させるために、どのような戦略と覚悟をお持ちなのでしょうか。

正直に言って、障害者雇用という単一の事業だけで収益の安定を図るのは、波も大きく難しいのが実情です。我々は就労移行支援やサテライトオフィスなど、複数の事業をバランスよく連動させることでリスクを分散し、事業全体の安定性を高める戦略をとっています。

この永続性を担保するのが、サービスの再現性です。法定雇用率は今後も上がりますし、担当者が変わっても再現性を持って業務を継続できる仕組みを提供しています。定着率95%はその再現性の証明です。

そして何より重要なのは、「パートナーとして共に歩む」という覚悟です。この領域では、急な体調変化への対応や、緊急性の高いケースなど、経営者や担当人事の方々が対応に難しさを感じやすい局面がどうしても発生します。しかし、我々はどのような状況でも、必要に応じて外部機関とも連携しながら最前線で対応します。これは、働く場まで提供している我々だからこそできることです。

長期的には、この障害者雇用のノウハウを、シニア領域(エイジテック)などへ横展開していく構想を持っています。バリアフリーや合理的配慮の思想は、加齢によって体が不自由になったシニアの方々のサポートにも不可欠です。構造的な課題がある領域に先行者として入り、働く機会の平等というインフラを社会全体に広げることが、我々の目指す壮大な構想です。

「文化祭前夜」の熱量を保つ 仲間と人生のゴールを描く重要性

――今後5年間を見据え、御社独自の組織文化をいかに維持・発展させていくのか、経営者視点からのお考えをお聞かせください。

今後も、「部活の延長」のように、熱きベンチャー企業の火を消さずにいたいと考えています。しかし、経験知を持つ同業からの転職者が増える中で、創業当初の熱量をそのまま共有するのは工夫が必要であることも事実です。

そこで重視しているのが、「言葉と行動の一致」と「情報の徹底的な開示」です。高校サッカーのように、目標に向かって日々の行動が一致している状態を会社組織でも追求しています。創業以来、毎月私が全社員に資料を作成し、会社の状況をありのままに伝えてきました。すべてを自分ごととして捉え、改善が必要な状況があれば自ら変えていくという主体性を全社員に求めています。

また、組織の壁を越えるためには、専門性を持つ人材の抜擢採用が不可欠です。当社の取り組みに共感し、一歩先を行く事業に参画したいという外部のプロフェッショナル人材の採用を強化しています。そして、外部パートナーとの連携のように、全国の課題を解決するための多角的な戦略を、今まさに実行に移しています。

「なぜ働くのか」「何のためにこの世に生まれたのか」。私の人生のゴール、そして父から学んだ社会課題解決の思想を、仲間と共有しています。収益は、世の中を良くした結果として得られる対価です。チャレンジャーの皆さんも、まずは「自分の人生のゴール」を決め、そこから逆算して「今、何をなすべきか」を決定することが、一番のヒントになるはずです。