イノベーション・データから考える 途上国におけるビジネスの展望
膨大なデータを生かし技術や産業の未来を予測する事業を手がけるアスタミューゼ。その知見をもとに日本企業が開発途上国、特にアジアにおいてビジネスを展開するうえでのテーマ選びや、開発途上国ならではの着眼点などについて、アスタミューゼ社長の永井歩氏に聞いた。
アスタミューゼの創業者で、代表取締役社長の永井歩氏は、自社の事業を「巨大なデータベースの会社」と説明する。同社のデータベースは、世界中のイノベーションに関する情報と150兆円以上に及ぶ投資情報、論文、特許、プレスリリースなどさまざまな客観的情報を保有。評価する時間軸(過去、現在、5年後、10年後など)とイノベーション創出資本(サイエンス、テクノロジー、ビジネス)の種類によって分析時に組み合わせるデータを変え、「さまざまな国、産業でどのような技術が生まれ、どのような産業が成長するかを分析し、未来を予測している」という。また、世界の投資資金の流れから、有望な成長領域を判定し、企業の先端技術・人材・ネットワークなどのデータをスコアリングし、有望な上場企業、未上場中堅企業、スタートアップの探索も行っている。
複雑で不確実な時代に
途上国に進出する意義
ウェビナーの中で、事業構想大学院大学特任教授の早川典重氏は、「VUCAの時代に、開発途上国でビジネスを行っていくメリットは何か」と問いかけた。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)のこと。永井氏は「人口が増加し、人間の根本的な欲求が解決されていない国々では、課題もまた多く残っており、それがビジネスチャンスになります」と話した。
また、開発途上国におけるビジネスチャンスを見極めるためのポイントを提示。「例えば、技術レベルの問題。アジアが日本の最先端の技術を求めているかと言えばそうではありません。パソコンよりもスマホが一気に普及したように、日本で普及している技術やサービスが導入されるのではなく、一足飛びにさらに便利なものが普及する可能性があります」と事例を紹介した。日本では「スペックの高いものが良いもの」という考え方が根強い。一方、海外で求められているのは小型で安価で単純なもの。必要な機能だけにそぎ落として価格を下げ、量を売って稼ぐビジネスを考えるなど、構想から根本的に変える必要性を指摘する。
開発途上国での展開にとって大切な7つの視点
1.コミュニティのごく少数ではなく大多数のニーズを満たす2.長期に渡って持続的に確保できるような割合で天然資源、資本、労働力を用いる
3.コミュニティの内部で所有、管理、運営、維持が可能
4.人々のスキルや尊厳を高める
5.環境に対しても、人に対しても非暴力的
6.小型、単純、安価
7.社会的、経済的、環境的に持続可能
他にも、ルールのレベルの違いが、ビジネスチャンスとなる可能性がある。「日本では雇用を奪う、規制がかかっているなどの理由で、いかにそれが便利なものであっても、普及に壁ができることがあります。それがアジアの他の国では、一気にシェアをとれるチャンスもあります」と述べた。さらに、「人口はあらゆる産業にとって重要なKPIの1つ。途上国の多くの国は今後10年間、人口が増え続けます。これほど確からしいマーケットはありません」と人口増加によるチャンスにも触れた。
社会課題というニーズを把握
「具体的にアジアでどのような領域で事業を展開していくのが良いか」という早川氏の問いに対して永井氏は、社会課題と結び付けた視点の重要性を説いた。「世界中の成長産業と社会課題を18年間追い続けていますが、この2つが重なる部分がどんどん広がっているのを感じています。研究機関はテーマの選定に当たって社会課題と結び付けないと予算が獲得できない。海外の金融業界の投融資動向を見ていても、サステナブルなビジネスを展開している会社に投資した方がリターンが得やすいという判断を下す例が増えています。合理的な意思決定として、そのような企業に対し投融資を実行しているのです」と、社会課題をテーマに置くことが避けられない現状を語る。
アスタミューゼでは、世界のイノベータ情報を活用し、社会課題ごとにクラスタリングして105の産業を再定義している。「SDGsの17のゴールは抽象度が高く、何をターゲットに定めればよいかわかりにくい。我々は、世界中で具体的な社会課題に取り組んでいるプレーヤーの情報を分析した結果、社会課題をもとに取り組めるビジネスのパターンを105の領域で表現しました」と永井氏。「クライアントに対し、『貴社が持っている強みを生かせば、このテーマで事業を展開できるのでは』と提案すると驚かれます。シーズについて把握していても、ニーズを把握していない企業が非常に多いことを実感しています」と社会課題への落とし込みが苦手である日本企業の特性を指摘した。
サステナビリティ経営における社会課題・知的財産の位置づけ
持続可能なビジネスのためには、簡単には解決できない持続的な課題に取り組むことが重要になる
また、社会課題に沿った事業に取り組む意義について「かつてはいかに短期で利益を最大化するかという視点が投資家や株主、ステークホルダーに評価されましたが、新しい事業を始めてもすぐに駆逐され、その分野でトップだった企業があっという間に圏外に消えるような時代。いかに持続できるかの優先順位が上がってきています。10年、20年かけて取り組むことが全てのステークホルダーにとっても重要になります」と永井氏は言う。
知的財産を活用して
途上国に産業を作る
同氏が、「実際に社会課題に対して何を使って取り組むか。その『武器』についても持続的なものであってほしい」と述べたうえで、挙げたのが技術、ブランド、人財など知的財産の重要性だ。「インパクトのある社会課題に、事業の持続的な競争力の源泉である知的財産をいかに活用できるかがサステナビリティ経営の要諦。知的財産と社会課題は相性がいい」と述べた。
日本政府は、政府開発援助(ODA)において、カタリスト(いわゆる触媒)になるものに投資していく姿勢を明示している。「開発途上国に知的財産を提供することにより、その国の天然資源、資本、労働力を用いた長期にわたる産業を作る。1つの国の発展という面からも、有用性が高いです」と永井氏は述べた。
知的財産については、かつては進出先の国でコピーされてしまい、自社の損失になるリスクがあった。しかし現在は状況が変わっている。「従来のようにライセンスだけでなく、そこにトレードマークを付けたり、株式を取得することで知的財産を守るなどさまざまな手法が生まれています。恐れずに進出を検討してほしい」と背中を押す。
永井氏はウェビナーの最後に、途上国市場に出ていくに当たってのポイントに言及した(上囲み参照)。「VUCAの時代にはPDCAではなく、観察して方向性を決めて意思決定して実行していくOODAの考え方が重要」と語る。これを受け早川氏も「日本はPDCAを実践しながらもDとAが弱い。他の企業が進出するから自分も、ではなく、自らやっておくべき、海外に打って出るべきと考え、決めて実行していく。これからの2、3年は日本企業にとって重要なチャンスの時期であり、勇気を持って挑戦してほしい」と呼びかけた。
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