「抹茶」の名称、国際市場で日本が使えなくなる懸念も 農水省が国際標準戦略策定
日本発祥の抹茶をめぐる国際的な定義づくりは、現在、日本が主導する形で進んでいる。しかし農林水産省は、今後の関与の在り方によっては、国際市場において抹茶という名称を自由に使用できなくなる可能性があるとの懸念を示している。同省は2026年7月24日、こうした問題意識を背景に「食料・農林水産業の国際標準戦略」を策定したと発表した。国際標準化の主導権争いに出遅れがちであった農林水産分野において、国として初めて包括的な標準化方針を示した形である。
政府方針を具体化
戦略の土台にあるのは、政府の知的財産戦略本部が2025年6月3日に決定した「新たな国際標準戦略」である。環境・エネルギー、食料・農林水産業、防災、デジタル・AI、モビリティ、情報通信、量子、バイオエコノミーの8分野が緊急性の高い「戦略領域」に指定され、食料・農林水産業もその一つに選ばれた。同じ月の16日には、経済産業省の日本産業標準調査会基本政策部会も「新たな基準認証政策の展開-日本型標準加速化モデル2025-」を公表しており、国主導の戦略的標準化と認証機関の強化を両輪とする方針が固まっていた。今回の農水省戦略は、この二つの方針を農林水産分野に落とし込んだものにあたる。
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策定にあたっては有識者検討会での議論を経て、2026年1月27日に素案が公表された。同年5月28日から6月10日まで実施したパブリックコメントの段階では、農水省の担当者が6月末の公表を目指す考えを示していたが、実際の策定・公表は7月24日となった。
ルール決定の主導権維持できるか
食料分野での標準化が急がれる背景には、国際市場が単なる商品の競争の場ではなく、ルール決定の主導権を奪い合う場に変わっているという事情がある。欧州各国はISOの食品専門委員会(TC34)の幹事国を務めるなど、規格開発を積極的に主導してきた。
抹茶をめぐる状況はその象徴的な例である。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が中心となり、抹茶の栽培方法や製造技術、歴史的背景をまとめた技術報告書(ISO/TR21380)を2022年4月に発行させ、この分野の国際的な議論は現在、日本が主導する形で進んでいる。農研機構は続けて、品質に関わる国際規格の発行も目指している。ただし、この主導権は自動的に維持されるものではない。今後も議論に能動的に関わり続けなければ、本来の価値が正しく伝わらなくなるだけでなく、国際市場で名称を自由に使えなくなる可能性も指摘されている。
日本が攻めに転じた実例もある。農水省の委託事業では、日本発の「災害食」の品質基準をISOの作業部会(TC34/WG25)に提案し、2023年の新規業務項目(NP)投票で承認を得た。提案の段階で16カ国がエキスパートの参加を表明しており、日本発の概念が国際規格として実を結びつつある好例といえる。
低ロット輸出という弱み
一方で、日本の農林水産業には標準化が根づきにくい事情もある。国内需要を優先する生産体制のため、輸出は多品種・小ロットでの対応が中心となり、大量生産を前提とした工業製品型の標準化とは相性が悪い。食品は規格に合わなくても商品として成立するため、事業者の間で標準化への投資価値が理解されにくい面もあった。結果として、これまでは農研機構など公的機関が規格づくりを主導する場面が多く、民間側の自発的な動きは限られていた。
3つの重点分野設定
こうした課題を踏まえ、戦略では取り組むべき領域を3つに絞り込んだ。
第一は、高品質・高付加価値の農林水産物・食品である。2025年4月11日に閣議決定された食料・農業・農村基本計画では、2030年に農林水産物・食品の輸出額5兆円という政府目標が掲げられている。鈴木憲和農林水産大臣も2026年6月22日の記者会見で、この目標達成に向けて日本産食品の市場開拓に精力的に取り組む考えを示している。もっとも、パッケージや日本語表記を模倣した偽物が海外に流通し、ブランド価値を毀損している実態も指摘されている。この対策として、災害食のような新しい概念を日本発で国際的に定義したり、おにぎりのような日本産食材を使うメニュー単位での規格化を進めたりする方針を示した。
第二は、スマート農業やフードテックを含む持続可能な農林水産業・食品産業である。農業機械と営農支援システムがメーカーの垣根を越えてデータでつながる仕組みの国際標準化を主導する考えを示した。また、欧米式の栄養評価基準だけでは測りきれない、多様な食材を組み合わせる日本の食文化の価値を「食事全体でのバランス」という概念で国際的に発信していく方針も盛り込んだ。
第三は、温室効果ガスの削減・吸収に関するビジネスである。水田の水管理によるメタン抑制や土壌への炭素貯留など、日本が強みを持つ技術をISOなどの国際規格や各国のカーボンクレジット制度に反映させ、脱炭素と新たな収益機会の創出を同時に狙う。
産官学金が連携する体制
戦略の実効性を高めるため、農水省は人材育成にも力を入れる方針である。企業側には、標準化を経営戦略として使いこなす人材と、専門知識を持つ人材の両方を育てる。支援する側では、農研機構が研究開発と一体になった標準提案を担い、独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)が試験方法規格などの国際標準化を支え、一般財団法人日本規格協会(JSA)が多角的な支援を担う体制を敷く。金融機関や大学も巻き込み、産官学金が一体となって標準化を進める仕組みを構築するとしている。
農水省は今後、重点分野ごとに具体的な目標とアクションプランを定め、進捗を定期的に点検しながら戦略を見直していく方針である。国際的なルール形成の主導権をどこまで握れるかが、日本の農林水産業が世界で稼ぐ力を左右することになる。
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