AIは政治家の代わりになるのか?哲学者が考える3つの未来像
(※本記事は『THE CONVERSATION』に2025年1月13日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
ビジネスや行政、日常生活に至るまで、人工知能(AI)は世界を再構築している。次は政治かもしれない。
AI政治家というアイデアに、不安を感じる人もいるかもしれないが、調査結果は異なる見解を示している。2021年、AIの進歩が急速に進んだ時期に、私の所属する大学が実施した世論調査では、多くの国や地域においてAIを政治に取り入れることについて、幅広い国民から支持を得ていることがわかった。
欧州では大多数が、少なくとも一部の政治家がAIに取って代わられることを望んでいると答えた。中国の回答者が公共政策の策定へのAIエージェントの関与にかなり強気だった一方、通常はイノベーションに前向きな米国人は、より慎重な姿勢を示した。
AIによって生じる道徳的、政治的問題を研究する哲学者として、AIを政治に組み込むための3つの主要な道筋があり、それぞれの道筋に期待と落とし穴が混在していると私は考えている。
これらの提案の中には突飛に見えるものもあるが、検討してみると確かなことが1つある。AIの政治関与は、人間の政治参加の価値、そして民主主義そのものの在り方について、私たちに再考を迫るだろう。
チャットボットが公職に立候補する?
2022年にChatGPTが衝撃的に登場する前から、政治家をチャットボットに置き換える取り組みは、すでにいくつかの国でうまく進んでいた。2017年には、ロシアでAlisaと呼ばれるチャットボットがロシア大統領選でウラジーミル・プーチン大統領に挑戦し、ニュージーランドではSamというチャットボットが公職に立候補した。デンマークや日本でも、チャットボット主導の政治的取り組みが試みられている。
こういった試みは実験的なものとはいえ、多様な文化的背景において、政治におけるAIの役割に対する長年の関心を反映している。
生身の政治家をチャットボットと置き換える魅力は、ある意味とても明確だ。チャットボットには、人間の政治に通常は伴う多くの問題や限界がない。金銭、権力、名声への欲望に惑わされず、休息を必要とせず、実質的に同時に全員とやり取りができ、超人的な分析能力とともに、百科事典のような知識を提供する。
しかし、チャットボット政治家は、今日のAIシステムの欠点も引き継ぐ。これらのチャットボットは大規模な言語モデルに基づいているが、たいていはブラックボックスであり、彼らの推論に対する私たちの洞察は制限される。また、ハルシネーションと呼ばれる不正確な、あるいはねつ造した回答を頻繁に生成する。サイバーセキュリティのリスクに直面しており、膨大な計算リソースを必要とし、常時ネットワーク接続も求められる。さらにトレーニングデータ、社会的不平等、プログラマーの仮定から生じるバイアスの影響も受ける。
加えて、チャットボット政治家は、選出した公職者に私たちが期待するものには不向きだろう。私たちの制度は、人間の身体と道徳的責任を備えた、人間の政治家のために設計されている。私たちは政治家にプロンプトに答える以上のことを期待している。さらにスタッフを監督し、同僚と交渉し、有権者に真摯な関心を示し、自らの選択と行動に責任を持つことも期待しているからだ。
技術の大幅な改善、あるいは政治そのものの根本的な再構築がない限り、チャットボット政治家は不確実な存在のままだ。
AIによる直接民主主義
別のアプローチでは、少なくとも私たちが知っているような政治家を、完全に排除することを目指している。物理学者のセサール・イダルゴ(César Hidalgo)氏は、政治家は厄介な仲介者であり、AIによって最終的に排除できるようになると考えている。政治家を選出する代わりに、イダルゴ氏は市民1人ひとりが自身の政治的嗜好を備えたAIエージェントをプログラムできることを望んでいる。これらのエージェントは自動的に相互交渉して共通点を見出し、意見の相違を解決し、法案を作成する。
イダルゴ氏は、この提案によって直接民主主義が実現し、時間的制約や立法の専門知識といった従来の障壁を克服しながら、国民が政治に直接関与する機会を増やせると期待している。この提案は、従来の代議制度に対する不満が拡大していることを考慮すると、特に魅力的に思える。
しかし、代議制の廃止は、思ったよりも難しいかもしれない。イダルゴ氏の「アバター・デモクラシー」において、事実上の権力者は、アルゴリズムを設計する専門家になるだろう。彼らの権力を合法的に承認する唯一の方法は、投票である可能性が高いため、私たちは単に代議制を別のものに置き換えるだけなのかもしれない。
アルゴクラシーの脅威
さらに過激なアイデアは、人間を政治から完全に排除することだ。理屈は単純である。もしAI技術が進歩して、人間よりも確実に優れた判断を下せるようになれば、人間の関与にもはや何の意味があるのか、ということだ。
アルゴクラシー(algocracy)とは、アルゴリズムによって運営される政治体制を指す。完全に機械に政治権力を委ねることを公然と主張する人はほとんどいないが(そのための技術はまだ遠い未来だ)、アルゴクラシーの脅威は、なぜ政治に人間の参加が必要なのか、私たちに熟考を迫っている。自立性、責任、熟慮など、自動化された時代に私たちが守るべき価値は何か、そしてどのように守るのか。
これからの方向性
AIを政治に取り入れるという劇的な可能性がある今、私たちは政治的価値観を明確にする重要な時期だ。人間の政治家をAIに置き換えることを急ぐのではなく、むしろ人間の政治的判断を高め、民主主義の欠陥を補うツールに今こそ注力できる。討論調停AIのハーバーマス・マシン(Habermas Machine)のようなツールは、賛否が分かれ、極論を招きやすいトピックについて投票する際に、審議グループが合意形成を図るのを助ける。このようなイノベーションが、より求められている。
私自身の見解としては、政治におけるAIの未来は、人間の意思決定者を完全に置き換えることではなく、人間の能力を強化し、民主主義制度を強固にするという思慮深い統合にある。もし私たちがこの未来を望むならば、その実現に向けて意図的に取り組むべきである。
元記事へのリンクはこちら。

- テッド・レクターマン(Ted Lechterman)
- スペインIE大学助教 ユネスコチェア(AI倫理・ガバナンス)