令和時代の教育を考える リカレント教育・人生100年時代

教育そのものが変貌する社会

今、社会のなかで教育が注目を浴びているといってよいのではないだろうか。注目を浴びるということは、教育が変化の兆しを見せているからである。さらにいえば、社会の変化の中心的なファクターに教育が据えられているといって良いのではないだろうか。

わかりやすい所では、2020年に大きな教育改革がある。大学入試制度の変革や新たな教育指導要領の施行などは、教員や保護者も含めた「教育関係者」にとってみれば、関心を集めるのは間違いないだろう。また、幼児教育の無償化や高等教育の無償化などの政策も注目を集めるところである。

以上の点は、教育のなかの教育改革である。本稿で主張したいのは、教育という営みがより社会に浸透にしていくという社会の大きなうねりのなかの教育改革である。本稿のサブタイトルにある通りキーワードとなるのは、リカレント教育と人生100年時代である。ともすると、我々は教育をおおよそ幼児教育から大学卒業までの間の出来事であると捉えてしまう。そうではなく本来、教育は生涯に渡る営みであるはずだ。その本来的な再認識をリカレント教育や人生100年時代というキーワードは我々にさせてくれる。成熟した社会においては、社会構造や社会問題は高度に複雑化している。リカレント教育や人生100年時代は、我々の社会が直面している問題を端的に表現しているのではないだろうか。

リカレント教育とは、そもそも学校を卒業した者が再び学校での学び直しをすることを意味している。すなわちリカレント教育の対象者は、学校を卒業した社会人であるということである。なぜ学び直しが必要なのだろうか。その要因の一つとしては、社会の変化が急速化し、それに伴い多くの学んだ内容が陳腐化しているからである。また、さまざまな領域において職業の高度化に直面し、より専門性の高い知識やスキルが要求されるようになったことが背景にあるのではなかろうか。

リカレント教育の背景に職業的な専門性を学ぶということが要素としてあるのであれば、人生100年時代の関連性も見えてくる。つまり、現役時代が長くなればなるほど絶えず学びを続けなければならないラーニング・ソサエティの到来である。もちろん、「学び続けながら仕事をする」ことについては賛否があるだろう。

ただ、ここで主張したいことは、教育や学びなどが広く社会に浸透していくラーニング・ソサエティが到来しているということである。

社会の変化に対応する教育

以上のように、社会に広く教育や学びが浸透するラーニング・ソサエティの時代の教育をどのように構想すればよいだろうか。

教育はイノベーションが起こりづらい。語弊を恐れずに言えば、そもそも教育そのものが保守的な営みであるからであろう。産業革命期に成立した教育モデルは、大衆教育を成立させ教育の均質化をもたらした。それは、一度学習したスキルが生涯に渡って活用できる社会であれば有効であったかもしれない。ところが、さきほど述べたように現代社会においては知識やスキルそのものが目まぐるしく変化している。であるならば、教育そのものの方法も変える必要があるのではないだろうか。すなわち、新しい産業革命(いわゆる第四次産業革命)やデジタル社会に対応した教育の形式や内容にしていかなければならない。

ここでの教育は、さきほど言及したように幼児教育から大学卒業までではない。ラーニング・ソサエティ時代として、生涯に渡っての教育が求められる。それは学校教育の問題だけではない。広く言えば、民間教育事業者もこの問題は考えなければならない。民間教育事業者は学校教育を補うものであり、人材育成会社は継続教育や成人教育を担う重要な教育機関でありうる。

教育事業は人口減少社会においては、斜陽産業と言われがちである。だがそうではない。教育そのものの役割が社会の変化とともに重要性を増している。教育が社会全体に浸透するラーニング・ソサエティの時代においては、教育事業はますます活性化してくるのではないだろうか。教育事業が活性化するためにはどのような社会であるのか、そしてどのような人材が社会に求められているのかをしっかりと分析し、教育の目標と成果をどこに求めるのかを構想することが必要である。