『VALUE DESIGN SUMMIT 2024』イベントレポート No.3

2024年11月29日、NEWhが主催するオンラインカンファレンス『VALUE DESIGN SUMMIT 2024』が開催された。本イベントは日本のトップ企業各社の経営層を中心に登壇者として招き、DXや新規事業開発について取り組みの事例やノウハウを共有する場として開かれた。今回のメインテーマは「生成AIと企業価値創造」。全12講演の様子を3回に分けてお届けする第3回目。

⑨3Dデータのクラウドサービス3D. Coreが実現するデータの民主化とは

第9プログラムはbestat 代表取締役 松田 尚子氏とNEWh神谷氏による「3Dデータの民主化」をテーマにしたセッション。bestatは3Dデータの生成・管理・活用をワンストップで支援する東京大学発のスタートアップ企業だ。
設計図や図面の作成に用いられるCADをはじめとして、3Dデータは専門的なスキルを要したり、また使えるパソコンが限られたりするなど、企業が活用するハードルが高いデータのひとつである。しかし近年は技術の向上により、AIを用いることで3Dデータの生成を容易に行えるようになってきている。bestatはスマートフォンなどで撮影したデータから3Dデータの生成を行う事業を展開する。独自のAIアルゴリズムによって限りなく誤差を少なくしている技術が特徴だという。「生成された3Dデータ自体のクオリティが高い、つまりキレイに仕上げられることが私たちの強みです。3Dデータがキレイな状態でなければ、使い物にはなりません」どのような業界での活用が想定されているのだろうか。
「現在はインフラや製造業など、大きな構造物の設計や製造、メンテナンス等に関わる企業に主に活用いただいています。用途としては補修や改修のためのデータ作成などです。建てられて年数が経っているものはデータが残っていない、分かる人がいないといった場合があり、そうした場合に活用いただいています。
実際に現場に行って確認をするとなると時間もコストもかかります。データ活用によってそれらを削減することで、業務プロセス全体の効率化にもつながります」
松田氏は経済産業省に勤めていたバックボーンがある。なぜ起業し、現在の事業を始めることになったのか。神谷氏が問うと、「イノベーションを応援する側から、イノベーションを社会実装する立場に立ちたくなったんです。東京大学で博士号を取得したのち、“自分でなにかをつくろう”と考えて、起業しました。AIやデータの研究室でしたので3D技術に明るい人やAIエンジニアも多く、その中で3Dに特化していきました」
3Dデータには人の理想や夢が詰まっている、と松田氏は語る。「3Dデータは『こういうものを作りたい』『ここをもっと良くしたい』といった、対象を大事にしたいという想いから作られるものです。現在の事業を通じて、それを強く意識するようになりました」

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今後3Dデータの活用はインフラや製造業だけに留まらず広がっていく、と続ける。「2Dデータから3Dデータの生成が可能になると、ゲームやエンタメ、衣料などあらゆる業界で活用されるようになるでしょう。映画がモノクロからカラーになっていったように、データ技術の進化は不可逆的なものです」

⑩プライベートLLMを中核としたDXの加速。リコーの取り組み

第10プログラムはリコー AIインテグレーションセンター所長 梅津 良昭氏による講演。テーマはプライベートLLMを軸にした、リコーのDXについて。
冒頭ではまず生成AIの現状について、OSS(オープンソースソフトウェア)のLLM(大規模言語モデル)について解説した。「Meta社の『Llma3』やMistral社の『Mixtral 8×22B』など、ChatGPT4と同レベルのLLMが出てきています。これらを使って企業のプライベートLLM開発が加速しています」これからはLLM開発から、どうやって基幹システムやサービスに組み込んでいくかという競争になるだろう、と続けた。
そもそもプライベートLLMとは何か。企業や組織が自社内に独自に構築し、運用をするLLMのことで、ローカルLLMともいわれる。とくに高いレベルで機密情報の保護が求められる業界で注目され始めている。
今後のLLMソリューションの動向はどうなるだろうか。LLMは自社データを学習させる際にセキュリティ面やハルシネーションといった課題があったが、RAGによって補完されつつある。リコーでは独自のRAG「RICOH デジタルバディ」を展開するなど、サービスとしての展開も始めているという。
また、様々な業務にLLMを展開する際に活用されているのがAIエージェントだ。LLMはテキスト対応がメインだったのが、画像や音声にも対応できるようになるなど、マルチモーダル機能を持ってきている。「例えば領収書の画像をアップロードすると『何の領収書か』を処理してくれるようになるなど、そうした機能を持つに至っています」
また、AIエージェントにボイス機能やCGアバターを結合することで、デジタルヒューマンを作り上げることができると述べる。「今後はプライベートLLMをつくって社内のデータを学習させ、デジタルヒューマンに組み込むといった動きも加速していくのではないかと思います」
様々な取り組みの中で最後に紹介したのが、リコーが開発した会話が可能なデジタルヒューマン だ。商談やミーティングに同席し、議事録やプレゼンテーションを行うこともできるという。
また、映像生成AIを活用したデジタルクローンの技術も紹介。本人の写真と音声のデータから、まるで本人が話しているような映像を作成することが実現可能だという。AIの存在をより身近に感じられ、ビジネスだけではなく日常にも当たり前に溶け込むようになる日もそう遠くないのかもしれない。

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⑪AIはCEOの夢を見るか

第11プログラムの前半はコニカミノルタ 執行役員 経営企画副担当 兼 イノベーション推進室長である森 竜太郎氏による宣誓から始まった。
「想像してください。今日、皆さんは会社から呼び出され、生成AIが社長に就任することを告げられます」冒頭、静かに問いかけた後、こう続ける。「未知への不安、労働代替への恐怖、まさかという驚き、変革への期待。様々な反応があるでしょう。しかしこうした想像は、決して馬鹿げた妄想ではありません――」
森氏は、社長の仕事は大きく2つに分類されると述べる。1つはデータとロジックに基づく迅速な意思決定。もうひとつは人を動かす強いリーダーシップだ。前者について「近いうちにAIが人間の能力を追い抜くと考えるのは容易い」と述べた。翻って、後者についてはどうか。リーダーシップは理論的なことだけでは不十分で、感情面が大きな割合を占めるものだ。この点についてもAIが人間の感情を揺さぶるアウトプットを出すようになっている事実を挙げた。そのうえで「経営をAIに委譲し、試行錯誤をしない企業に未来はない」と断言し、「私たちがやるべきことは思考と行動を止めないこと」と力を込めた。
後半はNEWh Business Designerの飯野 希氏と森氏によるセッション。Q&Aをベースに「労働とAI」のテーマを深掘りしていく。
まず、今後は人とAIの役割分担はどうなっていくのか?「ざっくりとした分け方ですが、人はデータを収集し、AIが分析を担うようになると思います」触覚やタシット・ナレッジ(≒暗黙知)など人間にしか触れることができない知識があり、そこに介在することが中長期でみた人間の価値であると述べた。
社長の役割のひとつであるリーダーシップについて、AIは本当に代替可能なのだろうか。飯野氏が改めて問うと森氏は「“人かAIか”は、どちらでもいいと思っています。それよりも“そこにリーダーシップがあるか否か”が重要です」
ロボティクスやAIにより労働力の代替が進むと、将来はベーシックインカムが実現するかもしれない。そうなると資本主義社会のあり方も変わり、イノベーションの観点でも大きな変化が起こると森氏は指摘する。「ある種、新しく出来上がる経済圏で戦っていくのであれば、サービスやプロダクトの考え方を改めなければなりません。人々がお金をほとんど持たず、ニーズもどんどん個別化されていく中で、一人のユーザーからどれだけ愛してもらえるかが重要になる。もしくはユーザー同士をいかにつなげてコミュニティ化することで、プロダクトやサービスへの愛を増幅させていくアプローチが求められるようになるでしょう」

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最後にテーマに立ち返り、意思決定者が何に気を付けるべきなのかについて飯野氏が投げかけると「ホモサピエンスを過信しないこと」と森氏は挙げた。「私たちは当たり前のようにホモサピエンスが中心となったエコシステムの時代を長らく過ごしてきていますが、そうではない過去の時代があったように、そうではない未来は当たり前にやってきます。AIを過信してもいけませんが、時代に合わせた均衡の感覚を持つこと。私自身が意識していることでもあり、AIを使っていく以上は誰もが認識すべきことだと思っています」


⑫AI経営戦略:全社最適に向けた推進態勢と共創モデル実現

最終プログラムは日本IBM 執行役員 コンサルティング事業本部 シニア・パートナー Generative AI 統括 松瀬 圭介氏による「全社最適を目指したAI活用」をテーマにした講演。モデレーターを務めたのはHEART CATCH 代表取締役 プロデューサー 西村 真里子氏。AIが生み出す新たな企業経営の可能性を探る。
松瀬氏はまず、独自の調査結果をもとに、世界中の経営者から生成AIに寄せられる期待が高まっている傾向について解説。「競合他社に後れをとらないために、また、競争優位性を出すために、どうAIを活用するかという観点に注目が集まっています」
実際にどのような業務領域に生成AIは活用できるのだろうか。例として3つの領域を挙げた。「まずコロナ禍を経て、全業種において営業やマーケティングがオンラインにシフトしました。そのような状況において、生成AIは新人やカスタマーサポートの面での活用が進んでいます。2つ目には、製造・R&Dにおいて仕様書や研究論文の作成などに活用される傾向もでてきています。そして3つ目は当社もそうですが、システム開発面です。JavaやPythonなどのプログラム言語との適応性が高いという点があります」
一方で企業経営者の中では、データの正確性や偏り、独自データが不足しているという点に懸念が高まっていると指摘。「特定の領域で生成AIを活用するのではなく、それ自体を日々の業務プロセスにいかに組み込むかが重要といえます」
松瀬氏は「全社共通の戦略が重要である」と述べる。「各事業がバラバラに動くのではなく、全員が目指せる ビジョンを策定することで生成AIの活用は進むでしょう。それに加えて経営者は、日々更新される最新のテクノロジーを理解することです。そのうえで自社に合った基盤モデルを検討する必要があります」ビジネス領域とIT領域では必要とされるAIの要件は変わってくる。全体最適で検討することが重要だということだ。そして社員のAIスキル向上のための環境投資も含め、社内にAIプラットフォームを整備する必要性を挙げた。そして何より、ガイドラインが重要だという。「アクセルを踏みっぱなしでは、大きな事故につながるのは言うまでもありません。ガードレールとしてのガイドラインを設定することで安全に効果的なAI活用を実現することができるのです」

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西村氏は、「IBMは生成AIが出始めたころから倫理委員会を立ち上げるなどガイドライン設定に向け積極的な活動を行い、そうした活動が他社にも大きく影響を与えている」と言及。それを受けて松瀬氏は「“クライアント・ゼロ”という考え方です。我々自身がまず取り組み、成果をあげられたものをクライアントに提案しています」と力強く語った。