『VALUE DESIGN SUMMIT 2024』イベントレポート No.2
⑤AIエージェントが変えるビジネスのあり方
第5プログラムはブレインパッド 執行役員 CMO 近藤 嘉恒氏と同社アナリティクスコンサルティングユニット シニアマネジャー 生成AIタスクフォース責任者の辻 陽行氏によるセッション。昨今注目される「AIエージェント」とは何か、社会実装に向けての課題について、そしてAIエージェントはどのように仕事を変えていくのか――。3つの観点で解説する。モデレーターはNEWh神谷 憲司氏。
AIエージェントで何が変わるのか、そもそもAIエージェントとは何か。「従来の生成AIが担うのは人間が行う作業の支援、つまり『アシスタント』の範囲でしたが、AIエージェントは作業自体を『自律的にこなすもの』です。状況や条件を考慮した複雑なタスクの遂行が可能になります」と辻氏は解説する。それに対し、近藤氏は次のように付け加えた
「人間の意思決定に基づく従来のアシスタント型AIでは、変化を及ぼす量は人間の数が上限です。一方で、意思決定をAIに委譲できれば、生成AIの数に比例して変化量が増大します。つまり、組織全体の業務構造を根本から変えていく必要がある――これがAIエージェント活用を検討する際のポイントです」
AIエージェントの活用における現状の課題について、辻氏は次の2点があると指摘した。
「まず1つ目は、生成結果の品質保証が極めて困難であることです。生成AI全般にいえることですが、AIは出力の定義ができません。そのため品質に対する免責をしっかり行う必要があります。もうひとつはコンテキスト(文脈≒配慮)を理解するのが難しい点です。AIは原則として公になっている情報をベースに学習しますが、個社内のデータや言語化されていない情報は学んでいません。そのため、実際の利用に際しては、自社がどのようなルールで業務を行っているのかを改めて学ばせなければならないのです。」

これに対して近藤氏は「社員が“よしな”に判断している事項について、『なぜよしななのか』を論理立てて学ばせなければ、AIは判断基準を持てないということでもあります。」と述べた。
AIエージェントは今後、ビジネスをどう変えるのか。「先に挙げた2つの課題が、生成AIのビジネス活用を左右します」と辻氏は述べる。
「AIエージェントが最もパフォーマンスを発揮するのは、品質保証およびコンテキスト理解の、どちらのハードルも高い“産業・業務に特化した分野”だと考えています」具体的な業務例として、辻氏は次の3つを挙げた。
• スケジュール管理を行う秘書のような“名もなき間接業務”の代替
• 品質管理業務の仮想増員といった“専門職業務” の複製
• アンケートやインタビュー収集を行う“バーチャル部下”の配属
「業務の代替となると、AIへの権限委譲を検討することもハードルになってくるのでは?」この点について神谷氏が指摘すると、近藤氏は次のように述べた。
「AI自体が判断の基準を説明できるように、使用者がしっかりと指示をすることが重要です。これは人間の部下に権限を委譲するのと同じです。AIのスペックを最大限に活かすには、管理職やリーダーに求められるマネジメントスキルがAIの使用者にも同様に求められます。AIとの共存は、突き詰めれば『人との共存』と何ら変わりません」
⑥銀行とデザインの今
第6プログラムは三井住友銀行 リテールIT戦略部長 中村 裕信氏と、コンセント 代表取締役社長 長谷川 敦士氏による「銀行とデザインの今」をテーマにしたセッション。三井住友銀行は自社内に限らないプロダクトやサービスにデザインを活用するなどの活動をしている。コンセントは同行のデザインチーム開発や組織内の定着・拡大を支援する企業だ。
冒頭ではまず、デザインの定義や取り巻く社会的背景について長谷川氏が解説した。「アメリカの学者ハーバード・サイモンによると、デザインとは『現状を好ましい状態へ変える行為』を指します。この認識は2024年においても広く浸透しているかと思います」経済産業省によるとデザインにはブランド構築とイノベーションのそれぞれに資するものが定義されている。とくに後者は経営やマネジメントにこそ取り入れられるべきもので、前者のアウトプットのデザインと合わせて両方が経営に求められると述べられている。「世界的に見ても顧客体験の向上だけではなく、サービス開発のプロセスにデザインの観点を用いることの意味や重要性が改めて認識されてきています」翻って、トラディショナルな組織である銀行がデザインの観点を取り入れて業務をどう変革したのか。
この点について、中村氏が解説する。三井住友銀行では2016年に発足させて以降、多様な経歴を持つデザイナーで構成されるデザインチームが存在する。「そもそもなぜ金融機関である我々がデザインに着目したのか。世の中のデジタル化が進むなか、お客様とのコミュニケーションを抜本的に変える必要があったからです」それまでプロダクトアウトのサービス提供に課題感があったという。「お客様起点のサービス展開を実現していくために着目したのがデザイン思考でした」
デザインを導入したことで開発プロセスが大きく変わったと続ける。「以前は一方通行の要件定義とシステム開発で、工程や主体者が明確に分断されていました。現在は企画段階からデザイナーが入り、ユーザーの要件と検証を行ったうえでプロトタイプを作って可視化し、改めて検証するというサイクルになっています。その結果、シームレスな顧客体験を持ったプロダクトやサービスを提供できるようになりました」

中村氏の説明を受けて、長谷川氏は「三井住友銀行の取り組みは“ビジョン駆動型デザイン”のアプローチである」と述べた。「未来像から逆算するバックキャスト型とデザイン思考によるフォーキャスト型を組み合わせたもので、最初に立てたビジョンに向かって顧客を巻き込んで課題を解決していくアプローチです」加えて、同行の取り組みについてこう言及した。「プロトタイプから仮説を導き出す“アブダクション(仮説形成)”といえます。デザインチームが牽引して新しいものに取り組み、組織全体が触発されてどんどん新たなチャレンジが生まれていく動きを予感しています」
「私もそこを期待しています。私たちで未来の銀行の姿をつくっていきたい」(中村氏)
⑦個人のPASSIONを組織のMISSIONにつなぎ、社会にIMPACTを創る!
第7プログラムは日建設計 執行役員 IDセンター代表の石川 貴之氏と同社イノベーションデザインセンター プロジェクトデザイナーの吉備 友理恵氏による、2023年にオープンした共創空間「PYNT(ピント)」における活動をテーマにした講演。モデレーターを務めるのはNEWhの神谷 憲司氏。
日建設計は2021-25の中期経営計画において、ビジョンとして「社会環境デザインプラットフォームへの進化」を掲げている。このビジョン達成に向けた取り組みの一環として作られたのがオープンプラットフォームであるPYNTである。PYNTの目的としては“コラボレーションを加速させる”ことと“コミュニケーションを活性化する”ことの2つが挙げられる。
「オープンイノベーションとコーポレートアイデンティティの2つの意味が重なったハイブリッドな空間といえます。この点が、他社の共創プラットフォームとの違いかと思います」(石川氏)PYNTは同社本社ビルに位置しており、来客時の利用はもちろん、社員の休憩スペースなど福利厚生としても活用されている。社内外の偶然の出会いを創出する機能を果たしている、と石川氏。
「日建設計を主語にして考えたとき、業務を通じて、数々の複雑な社会課題に直面しました。それらは1企業だけでも、短期間でも解決できる問題ではありません。色々な立場や専門性を持つ人たちと進めていく必要があり、そのためにPYNTを作りました」(吉備氏)PYNTでは“小さな実践と大きな構想”を掲げている。「技術とクライアントをつなげるビジネスマッチングも大切ですが、私たちはもっと中長期の目線で考えています。小さなプロジェクトを都市や地域で実験していきながら、業界横断や世論を巻き込んで動かし、社会実装を果たしていこうという、その両輪でやっていくことが特徴かと思います」(吉備氏)共創と聞くと新規事業をイメージするかもしれないが、PYNTの取り組みの場合は必ずしもそうではないようだ。吉備氏は述べる。「新規事業開発に至るまでにはいくつかのステップがあると考えています。価値というものは一気に生まれるものではなく、じわじわと作り上げる選択肢もあるはずです」

新規事業の多くは短期的成果を求めるため、スピード感が出るように既存事業から切り離し、いわゆる出島戦略として取り組むケースも多い。その点、PYNTはユニークであると神谷氏が指摘すると「経営の理解があったことが大きかったです。『組織を開く』ことを経営計画で語っているとおり、“社会課題に向き合う日建設計”であることに数字には表れない価値を経営陣が見出してくれたことが、今日の活動に繋がっています」と石川氏は語った。
⑧AIとロボティクスが拓く未来
第8プログラムはJizai代表取締役CEO石川 佑樹氏とNEWhの神谷氏によるセッション。「AIとロボティクス」をテーマに、ロボットのビジネス活用や社会実装の可能性について、現状と今後の構想を語る。
現在、少子高齢化を背景とした労働力不足が大きな社会課題になりつつある。この問題は日本だけではなく多くの先進国が直面している。これに対し、ロボティクスが解決のアプローチのひとつになり得るかもしれない。
「ChatGPT」といった生成AIを展開するOpenAIのような企業は、作業を理解・学習・実行する“汎用AI”を創る企業だが、Jizaiは“汎用AIを搭載するハードウェアロボット”を創り、グローバルに展開することを目指すスタートアップだ。AIソフトウェア事業や企業向けAIロボット事業に加えて自社独自のロボット製作もスタートさせている。
現時点でもオフィスビルの警備にロボットが使われるなど、世間では既にロボティクス化が進んでいる場面もあるが、Jizaiが目指すAI×ロボティクスとは従来のロボティクス とどのように異なるのだろうか。
「AIを組み込んだロボットはこれまでにも存在し、実際にさまざまな場面で活用されていますが、それらの多くは特定のタスク処理に特化したAIが組み込まれたものです。一方で私たちが目指しているのは汎用AIを搭載したロボット。特定のタスクを高い精度で処理できるロボットが、他のタスクも同様の精度で処理できるようになれば、ビジネスに大きなインパクトをもたらすことになるでしょう」つまり、ロボットのユースケースが広がるということなのだろうか。神谷氏が尋ねると「使う範囲という意味で横の広がりがあるのと、タスクの深さにおいても広がりがある」と答えた。
「例えば建物の警備や点検は特定のロジックで組まれていると思いますが、通常なら起こりえない突発的なトラブルや事故にも対処し得るようになります」
具体的にどのようなシーンや領域で活用が広まっていくのだろうか。
「いろいろありますが、ひとつには対話など人と接する場面での活用です。例えば病院や介護の現場はすでにロボティクス化が進んでいますが、ユーザーに提供できる価値がより広がっていくでしょう」

活用シーンや可能なスキルの広がりは、ある意味で“人の代替”といえるのかもしれない。そうなった場合、形状は人間に近い方がいいのだろうか。「どちらもあると思っています。私たちに関して言えば、様々なロボットを創るつもりです。もちろん人に近い形状のほうが親近感を覚えやすいのですが、例えば四足歩行だからこそ人間よりも動きやすいであるとか、視覚を天井につけてロボットと連携させて視界を広げるといった“ロボットならでは”のこともあります」
5年、10年先を見据えて、どのような展開を考えているのか。「ビジョンとしては、『一家に一台のロボット』が当たり前になる未来を構想しています。家庭やビジネスのあらゆる場面で汎用ロボットが社会実装される時代を実現していきたいですね」と力強く語った。