『VALUE DESIGN SUMMIT 2024』イベントレポート No.1
①AI による DX 第二章とその先 - 求められる企業と人材
まずは博報堂DYホールディングス 執行役員 Chief AI Officer 兼 Human-Centered AI Institute代表の森 正弥氏による、「人間中心のAI」をテーマにした講演だ。モデレーターはNEWh 代表取締役社長 神谷 憲司氏。
森氏が代表を務めるHuman-Centered AI Instituteは「生活者と社会に資する人間中心のAI技術」の研究を行っている。ここでいう「人間中心」とはどういうことか、次のように述べた。
「博報堂DYグループはこれまで、生活者の発想で考え、事業を展開することを中心に活動してきました。生活者とはすなわち、人を『消費者』や『働き手』といった一側面のみで捉えないことを意味します。人は消費者であり働き手でもある。場面によっては学び手であり、ときには親であり子であり友人である。人をそういったあらゆる側面の集合体として捉えなおし、生活者としてフォーカスしています」
「AIか、人間か」という二項対立ではなく「生活者を中心に据えて、AIとは創造性を高めて生活者や社会を豊かにしてくれるものと捉えるべきなのです」
プライム上場企業の9割以上が生成AIを有益と捉え、8割以上が導入しているという調査結果に森氏は「イノベーションに対する期待の高まりを感じる」。一方で、同調査では成果を実感している割合が6割強に留まっている結果が出ている点も指摘する。
「成果を実感している企業の多くはRAG*によってAIを活用しています。生成AIを介して複数のシステムやデータベースにアクセスすることで複雑性を解決し、生産性・創造性を高めるというものです。成果を実感するためにはAIを従来のテクノロジー観の延長線上である“業務の代替”として使わないことです。
AIはメカニズム的に100%の正解は出せません。業務を人から切り離してAIで自動化するのではなく、AIと人がコラボレーションする、もしくは人がやりたいことをAIによって増幅・拡張していく使い方が適切です」
生成AIを新規事業やイノベーションに活用するには、どのようなアプローチをとるべきか。森氏は「3つの地平線を意識すべき」と述べる。

「まず1つ目の地平線(Horizon.1:H1)は、多くの企業が既にやっている自社内での活用です。2つ目(H2)が顧客に対する価値創造への活用です。新規事業としてH2に取り組んでいる企業も多いと思うのですが、実はここはまだ既存事業の改善に留まっています。本当にやるべきはH3。顧客だけではなく様々なビジネスパートナーやステークホルダーで構成されるエコシステムを取り込んで、どう新たな価値を創造するかを考えることです」
AI活用には企業文化や組織構造も変革していく必要がある。そのために認識しておくべきことは何か。
「前提として安全性や透明性といったAI倫理を踏まえ、活用のプロセスとオペレーションを決めることは大切です。専門知識を持つ人材がAI利用のプロセスを監督するのと同時に、変化に合わせたアジャイルなガバナンスも求められます。そのうえで社員や顧客、ステークホルダーの目線でAI活用を考え、全社プロジェクトとして取り組むことが重要です」
個人に求められるスキルセットとして「AIによって業務の壁が取り払われると『なぜ自分はこの仕事をやっているのか』がテーマになります。それを会社スケールで捉え、パーパスを議論する力が求められるでしょう」と語った。
*RAG:Retrieval Augmented Generation:外部ソースによってAIの精度を高める技術
②多様な事業へ生成系AIの導入を加速する東芝の取り組み
第2プログラムは東芝 上席常務執行役員 最高デジタル責任者 岡田 俊輔氏とNEWh 執行役員 兼 Business Designerの堀 雅彦氏によるセッション。テーマは「多様な事業展開を行う東芝グループにおけるAI活用」だ。東芝は「人と、地球の、明日のために。」を経営ビジョンとして掲げ、エネルギーや社会インフラ、デジタルソリューションなどの領域で事業を展開している。
「私たちは来年で150周年を迎えますが、この間幅広く事業を展開してきました。“幅広い”というのがポイントで、各事業部間で相乗効果を生み、新しい価値を生み出していくことを目指しています。特に現在はカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー、インフラの老朽化といった社会課題に資する事業に力を入れています」
これらに対応するのは一社だけでは難しく、グローバルでパートナーとともに取り組んでいく必要がある。それに向けて東芝自体のポテンシャルを高めていく必要があり、着目したのがAIだという。

東芝では2024年に入ってから“生成系AIの民主化”として、社員の一人ひとりが活用することでビジネスを進化させていく取り組みを始めたという。そしてそれぞれ独立した事業部同士が相互に情報の共有や学習ができる全社プロジェクトをスタートさせた。定着させるための勘所となったのは「プロジェクトを伴走型・よろず相談型にしたこと」だ。東芝の文化の中で、どうすれば浸透できるかといった意見が自発的に生まれるように、社員の意欲をあげる取り組みを行った。加えて教育にも力を入れた。利用に関するルールを細かく決め、社内に周知するツールも拡充することでリテラシー向上に努めたという。そのうえで基礎と応用を学ぶセミナーや研修を実施し、スキルの底上げを図った。推進するなかで意識したことは「トップダウンとボトムアップのバランス」だと岡田氏は述べる。
「社員同士でも興味関心や意欲の強弱がある中、トップから『使いなさい』と言ってもやらされ感が出てしまいます。だからまずは“使いたい人が使う”状態にすることが先決だと思ったのです。具体的には、会社ではなく部門の予算で必要な数を導入してもらうことにしました。そうすると自ずと意欲が高い人が使うようになります。そして成果は部門間で共有できるようにする。成果が出ることがわかれば自分の部門にも導入したくなるのは、管理職ならば当然のことですから自然と広まっていきました」
また、経営トップ・役員層から導入を進めていったという。「トップダウンでやるからにはトップが使っていないと説得力がありません。」
東芝はこれから“AIの多様化”の段階に入る。
「民主化フェーズは目に見える形で成果も出ており、一定の手応えを感じています。次は社内だけではなく、お客様といっしょに変わっていく段階です。生成系AIを活用して、共に新しい価値の創出に取り組んでいきたいと考えています」
③AI時代を勝ち抜く!次世代の事業開発メソッド最前線
第3プログラムはNEWh 取締役 兼 Design Strategistの小池 祐介氏による講演。同社は大企業の新 事業のあらゆる領域 を支援することで企業変革を推進する、新規事業やサービス 開発支援に特化したカンパニーだ。本講演では「業務での生成AI活用の1つ目のハードルを越えること」を狙いに、同社が行っているAIを活用した事業開発のメソッドをもとに事業開発の要点について解説した。
ChatGPTは現在40億人もの利用者がいるとされ、今後も拡大していくものとみられる。一方で民間企業における利用状況についての調査によると、日本企業の「積極的に利用する方針」は15.7%にとどまり、中国の71.2%と比較すると大きな差がでている。
「企業だけではなく個人の利用割合やリテンションも主要なSNSと比較すると低いことから、生成AIはまだソリューションではなく技術であるということができます。つまり、事業開発におけるユースケースは自分たちで探索していかなければならないということです」
実際に同社ではどのようなシーンで生成AIを活用しているのか。曖昧な回答ですが、と前置きしつつも「新規事業開発のあらゆるシーンにおいて活用できる」と小池氏は語る。
「事業機会の発見からコンセプトの創造、Why us/Why now、成長ストーリーまでのフェーズにおいてプロンプトを用意しており、そのプロンプトによって生成されたものを誰もが理解できるようにフレームワークに落とし込みます。そうして出来上がったアウトプットをクライアントとの定例会で持ち寄って議論するというのが当社の基本的なプロセスです」
具体的な活用シーンとして外部環境分析、内部分析、事業アイデア発散、評価/フィードバック、仮想インタビューの5つとその他の活用事例について紹介した。

「例えば、外部環境分析は業界内の技術やバリューチェーン構造、競合企業といった、これまでまとまった時間をかけて収集と精査をしていた情報が、数分で取り出せるようになります。10倍の速度で10倍の選択肢から事業の可能性を検討できることがメリットです。
内部分析においては自社の強みを客観的な根拠に基づいて洗い出してもらうことができます。オープンになっていない内部情報を事前にAIに取り込んでおくことで、情報に独自性を持たせ、分析の精度も上がり、より意図したものになります」
また、事業アイデア発散と評価/フィードバックについてはアイディエーションの質向上と評価プロセスの効率化、検証のための仮想インタビューについてはリクルーティングからインタビュー実査を数分で完了できる点をメリットとして挙げた。それらに加えて成長ストーリーのKPI作成や課題の発散といったシーンへの応用も解説した。
生成AIは人間の創造性を高められるのか、という人材育成の観点では、こう締めくくった。「あくまで私見ですが、AIとの対話を通じて多角的な視点や知識を獲得することができます。また、フィードバックのループも高速でまわすことで経験値の蓄積が加速し、創造的なスキルを伸ばすことができます。こうした使い方をするために、まずはハードルを越えて使ってみることが重要です」
参考:総務省「令和6年版情報通信白書」
④共創型研究開発により価値を創造――生成AIを活用し、共創型で課題解決
第4プログラムはレゾナック・ホールディングス 執行役員 最高技術責任者(CTO)の福島 正人氏による講演。共創型研究開発による企業価値向上とAI活用について解説する。モデレーターはNEWh 小池 祐介氏。
レゾナックは2023年に昭和電工と日立化成が合併して起ちあがった。方針として総合化学メーカーから機能性化学メーカーへの転換を掲げている。
「私たちの価値の源泉は社内外との『共創』です。社内では、研究開発や営業、品質保証、マーケティングなど様々な部門が、お客様に対して新たな価値を生み出すためにはどうすればいいのかについて常に話し合い、それぞれの立場で考えながら機能性製品を生み出しています」。社名「RESONAC」の由来である“Resonate(共鳴する)”と“Chemistry(化学)”のとおり、共鳴≒共創と捉えているという。
同社は「作る化学」「混ぜる化学」「考える化学」の3つをコアコンピタンスとして定義している。それぞれ専門性が異なる技術をどう統合していったのか。大きく寄与したのがパーパスとバリューだ。「求められる知識も要件も異なる技術を、パーパスとバリューを通して翻訳しながら対話することで、新たな技術開発を目指しました」

同社はオープンイノベーションの場づくりにも力を入れる。半導体の後工程製造プロセスの評価・検証を一気通貫で行える「パッケージングソリューションセンター」や、材料・装置・基板メーカー14社が参画するプラットフォーム「JOINT2」といった取り組みを行う。さらに、「計算情報科学研究センター」をR&D組織内に持つ。「当センターでは計算科学・情報科学のほぼ全領域をカバーしています。社内外のニーズに対してシミュレーションやデータなどを基に、材料設計の予測等を行っています」最新技術の応用によって材料開発や検証の期間が大幅に短縮された事例もあるという。計算・情報科学の中でも、共創を支えるのが生成AIだ。
「大規模言語モデル(LLM)とRAGを用いて開発した独自の生成AI『Chat Resonac』を活用しています。社内マニュアルの検索、技術文書や製品情報といった社内リソースへのアクセス、社内文書の作成支援など様々な領域で使われています」特に安全基準のすり合わせについては大きな効果を発揮しているようだ。「2社統合でガイドラインも統合する必要がありましたが、複数のファイルにまたがって文書が存在するケースも散見されました。それを各社の基準の比較や統合した回答を生成してくれるようにしたのです」
AIはオープンイノベーションの領域でも活用される。「社内の困りごとやニーズと、解決策になり得る社外のシーズを、AIによってマッチングさせます。思いついた瞬間に情報にアクセスできるというのは、技術者たちのひらめきを最大化させることにもつながります」
生成AIの活用について、今後の展開はどのようなものか。小池氏が質問を投げかけると、福島氏はこう語った。「今後は、技術ごとに親和性が高い生成AIが出てくる可能性があります。大切なのは、ハードルを上げすぎず良いと思ったものは導入してみることです。全てを完璧にしてから導入をしようとすると機を逃してしまい、結果としてリスクになりますから」