建設現場の壁がアートに 京都・向日市で産学福連携プロジェクト「なくなるかべ」始動

山中商事グループ・稲継工務店(代表取締役:山中拓哉/事業構想大学院大学 9期生)は、2025年9月24日、京都府向日市の建築現場で「なくなるかべプロジェクト」のお披露目会を開催した。工事現場を囲う“仮囲い”を、障がい者アーティストの作品と大学生によるデザインで彩り、街と人、社会と福祉をつなぐ象徴へと生まれ変わらせる試みだ。

仮囲いとは本来、建設現場を外から隔てる無機質な存在であり、街の景観の中でも「できれば目にしたくないもの」として扱われてきた。だが、今回その“壁”は、見る人の心を明るくする「まちとの接点」へと姿を変える。仮囲いに掲げられるのは、障がい者アーティストの作品をもとに、京都芸術大学の学生がジグソーパズルのように有機的に再構成したアート。学生たちは授業の中でアーティストの表現と向き合い、障がい福祉や地域社会についてリサーチや議論を重ねながら、実際の施工現場を想定したデザインを企画・提案した。

障がい者アーティストの作品と大学生によるデザインで彩られた工事現場の仮囲い(プレスリリースより)

企画の発端は、障がい者支援事業や福祉施設コンサルティングを手がけるandna(代表取締役:野村由紀/同じく事業構想大学院大学 9期生)による提案だった。「障がい者アーティストの作品をもっと社会に発信したい」という野村氏の想いに、同期生かつ同じゼミ出身の山中氏が応え、「修了生同士でやるなら、事業構想らしく社会的なインパクトのある取り組みにしよう」とプロジェクトは動き出す。

さらに、野村氏のネットワークによって、障がい者アーティストを支援するノーサイドSTUDIOと京都芸術大学が加わり、4者による産学福連携の共創プロジェクトへと発展した。企業、アーティスト、学生・教育機関という立場の異なる人々が一堂に会し、「壁」の意味を問い直すなかで、新しい価値が生まれていった。学生たちは、京都芸術大学キャラクターデザイン学科マンガコースの実際の授業の課題として、建築現場の仮囲いにデザインするというお題のもと、デザインを複数企画し提案をした。授業には野村氏、山中氏、障がい者アーティストたちも参加。本来は街の景観の中でも忌避されがちで、最終的にはなくなってしまうキャンバスを前に、学生たちはリサーチやグループワークを行いながら、いかに地域と福祉をつなぐものにしていくのか企画をおこなった。通常の授業では、仮のお題に対してデザインを起こして提案を行う演習が多いが、今回はアーティストたちの作品を扱い、様々な関係者のコンセプトも聞きながら、それを実際に世にアウトプットするという取り組みは、学生たちにとっても貴重な演習となったようだ。

andna代表取締役で事業構想大学院大学 9期生の野村由紀氏(右)と、山中商事グループ・稲継工務店の代表取締役で事業構想大学院大学 9期生の山中拓哉氏

本プロジェクトの発表会で、山中氏は「会社を承継してこの業界に飛び込んだのは5年ほど前。それ以来、工務店らしくない工務店を目指してこの業界に向き合ってきた。建設現場の仮囲いという本来は無機質な仮囲いを、街のアートを飾る装置として機能してほしいと思い今回のプロジェクトに取り組んだ。その中で、単なる支援でもなく、装飾でもなく、福祉と社会の壁をなくすようなメッセージを表現できたのではないかと思っている。ビジネスをしている立場として、社会課題の解決こそ本質であり、本業の延長線上にあるものが今回の事業だと捉えている。今後も多種多様な場で、こういった展開ができるはずで、様々な新たな関係者とも共創を築いていきたい。」と語った。

また、野村氏は「自分が障害福祉に携わるようになったのは13年ほど前。それ以降、障害福祉のことをもっと社会に発信していきたいと取り組んできた。その中で今回のプロジェクトでは、様々な関係者がつながり、さらには関係者がどんどんと増えていき、本来交わらなかった人たちが互いの良さを知り、作品として形にするまでのプロセスそのものが、この取り組みの価値だと感じています。あれをやったら、これをやったらという発想から新たなことが始まっていく。これでおしまいというわけではなく、今後ともぜひこのような取り組みを発展させていきたい」と語った。

「なくなるかべプロジェクト」という名前は、建設が終われば取り払われてしまう仮囲いの運命を表すと同時に、「社会に存在する見えない壁をなくす」という決意の象徴でもある。学生たちが描いたアートは、街ゆく人々の目に触れ、障がいや福祉への関心を生み出し、誰もが自分らしく暮らせる社会の可能性を映し出す。単なる美観の向上にとどまらず、“建設現場から社会を変える”という新しい発想が、京都の一角から息づきはじめている。

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