すべての人に外出先を 障害・年齢・言語超えた空間づくり

「空間創造によって人々に『歓びと感動』を届ける」。そのステートメントを掲げる株式会社乃村工藝社が、共生社会に向けた空間づくりの一環として推進するインクルーシブデザインの取り組みを紹介するイベントが、2026年6月12日に開催された。

会場は三井住友銀行東館1階アース・ガーデン(東京都千代田区丸の内1-3-2)。株式会社ヘラルボニーが主催する国際アートアワード「HERALBONY Art Prize 2026」の開催を記念し、乃村工藝社がシルバーパートナーとして協賛するこのイベントでは、アクセシビリティをテーマにしたトークセッションと対話型アート鑑賞会が行われた。

(左より)アクセシビリティをテーマにしたトークセッションに登壇したカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 蔦屋書店事業本部  代官山T-SITE 館長の本所優氏と、乃村工藝社 未来創造研究所 インクルーシブデザインラボリーダーの松本麻里氏(株式会社乃村工藝社提供)

「HERALBONY Art Prize」は2024年に創設された国際アートアワードで、世界中の障害のある作家を対象に創作の力を発表する場を提供し、キャリアを後押しすることを目的としている。2026年度は世界77の国と地域から1,342名のアーティストが応募し、総数2,943点の作品が集まった。受賞作品展は同年5月30日から6月27日まで同会場で開催されており、グランプリおよび各賞受賞作家を含む総勢56名による62作品が一堂に展示されている。

そのアワードの会場を舞台に開かれたトークセッションに登壇したのは、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 蔦屋書店事業本部  代官山T-SITE 館長の本所優氏と、乃村工藝社 未来創造研究所 「インクルージョン&アート」をテーマとするインクルーシブデザインラボリーダーの松本麻里氏だ。

乃村工藝社の未来創造研究所は2022年に設立された社内研究開発組織で、現在は未来洞察、リジェネラティブデザイン、インクルージョン&アート、地域デザイン、歓びと感動学、未来のプロトタイピングという6つのテーマで研究・実装に取り組んでいる。2025年2月には活動拠点となるスペース「Creative Lab.」を台場本社内に開設した。松本氏が担当するインクルーシブデザインラボのチームは、すべての人が自分らしくいられる空間と体験へのアクセスを最大のテーマに掲げ、センサリーフレンドリーな取り組み、インクルーシブを起点とする体験プログラム、ワークショップデザイン、対話型アート鑑賞といったプロジェクトを横断的に進めている。

松本氏はトークの中で、アクセシビリティの課題を物理的・心理的・交流の3層で整理して説明した。体の機能や内部的な特性に起因する物理的なアクセシビリティ、乳幼児連れや家族の介護など状況によって生じる外出への心理的なハードル、そして普段接点のない人との交流がもたらす視野の拡張という3つの観点から、外出困難や体験を諦めた経験を持つ人が国内で相当数に上るという認識を示した。

一方、本所氏が語ったのは、「大人のための文化の牙城」をコンセプトに2011年12月に開業した代官山T-SITEが、アクセシビリティに本腰を入れるまでの経緯だ。開業以来、書店ブランドの確立とコンテンツづくりに集中してきた代官山T-SITEは、2020年のコロナ禍を経て地域との関係性を見直し、2025年から持続可能な施設のあり方として本格的に取り組みを始めた。きっかけのひとつは、イベント申し込みページに「配慮が必要なお客様はお気軽にご連絡ください」という一言を自発的に加えたスタッフの行動だった。車いすでの来場、字幕配信の手配、未就学児の同伴など、問い合わせの間口を広げることで参加者が増えた実感をもとに、「世界一やさしい書店」をキャッチコピーに掲げたプロジェクトが社内で立ち上がった。ハードウェア面ではバリアフリー情報のウェブサイトへの掲載やNFCタグを活用したフロア案内の整備を進め、ソフト面ではスタッフへのユニバーサルマナー研修の実施も計画している。本所氏は「ハードが変えられなくてもソフトは変えられる」という言葉に背中を押されたと語り、まず一歩を踏み出すことの重要性を強調した。

こうした両社の接点は、トークセッションにとどまらない。代官山T-SITEで開催されたイベントでは、乃村工藝社が開発した折りたたみ式のカームダウンブースが設置された。感覚過敏やパニックへの対応を想定したこのブースは、軽量素材を採用してコンパクトに収納できる設計で、必要な場所にすぐ展開できる機動性が特徴だ。当日は会場のメインストリートに置かれ、子ども連れや散歩中の家族など幅広い来場者が立ち寄った。松本氏は、救護室に行くほどではないが通常のベンチでは落ち着けないという場面に応えられる、これまでにない外出先のインフラとして、より多くの場所への展開を目指していると述べた。その後実施したアンケートでは、テーマパーク・美術館・博物館・ショッピングセンターへの設置を望む声が高く集まり、日常の外出先全般においてニーズがあることがうかがえた。

同じく代官山T-SITEで行われたワークショップでも、インクルーシブデザインラボの企画によるさまざまな素材の触り心地を探るところから自分だけのチャームを制作するそのプログラムは、手話コミュニケーターとの交流を組み合わせることで、言葉だけを介さずに意思疎通できる可能性を子どもから大人まで幅広い参加者に届けた。その後のアンケートでは、家庭や学校・職場では体験できないことへの関心と、家族や友人と一緒に参加できる場への期待が上位に挙がり、リアルな空間だからこそ生まれる体験の価値が改めて浮かび上がった。

イベント当日の後半には、VTS(Visual Thinking Strategies)の手法を用いた対話型アート鑑賞会が行われた。VTSは1980年代のニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された美術作品の鑑賞教育プログラムを起源とし、作品タイトルや解説を先に見ることなく、参加者が感じたことや気づいたことを言葉にして互いに共有するメソッドだ。

対話型アート鑑賞会では、ファシリテーターの進行のもと、参加者は絵を見て各々が感じた印象を自由に話し感じたことを共有している場がうまれていた(株式会社乃村工藝社提供)

乃村工藝社のファシリテーターの進行のもと、参加者は5つのグループに分かれてHERALBONY Art Prize 2026の展示作品を鑑賞した。水面に浮かぶ枯れ葉を描いたとも映る大画面の作品を前に、「冬の寒さを感じる」「秋の朝かもしれない」「誰かがそこにいるような不安感がある」といった声が次々と上がり、同じ作品を見ながらも人によって異なる物語が立ち上がることがその場で共有された。

共生社会に向けた空間づくりは、バリアフリーのような物理的整備だけでは完結しない。情報の届け方、体験の設計、人と人がつながる場の質——今回のイベントは、そうした多層的な問いが現場で息づいている様子を見せた。「ハードを変えられなくても、ソフトから変えられる」という本所氏の言葉と、すべての人が自分らしくいられる空間への道筋をどう引けるかという乃村工藝社 インクルーシブデザインラボの問いかけは、商業施設・文化施設に携わるすべての関係者にとって、考えを広げるきっかけを提供している。