オープンファクトリーでつながる 和歌山ものづくりの未来

(※本記事は経済産業省近畿経済産業局が運営する「公式Note」に2025年3月7日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

有限会社菊井鋏製作所の社長菊井健一さん

国内外の理美容師が認める鋏“キクイシザース”

和歌山県北部地域の製造業者を中心に開催されている和歌山ものづくり文化祭(以下「ものづくり文化祭」)。

同イベントに参加するとともに、運営側としても携わっている有限会社菊井鋏製作所の社長菊井健一さんにオープンファクトリーの魅力について取材をしてきました。

菊井鋏製作所は、理美容師が使うハサミを長年取り扱っている製造企業です。

また、同社では加工の難しい「コバルト基合金」を使用した理美容シザー(※キクイシザース)を製造しており、その切れ味、耐久性といった機能面や飾り気のないデザイン性の高さ、現場の理美容師一人一人の手の大きさ・形に合わしたオーダーメイドを可能にする技術力が評価され、国内外で高い支持を得ています。

2015年度にはグッドデザイン賞を受賞し、なんとハリウッド俳優を担当する美容師からも愛用されています。

菊井鋏製作所の理美容シザー(キクイシザース)

キクイシザース:加工の難しいコバルト基合金を材料とした自社ブランドシザー。

人の心を揺さぶる職人の技術

2021年に日本工芸産地博覧会に出展し、金属加工技術を体験してもらうワークショップを実施しました。

出展することを決めたときには、社内からはわざわざお金を取ってやることかという否定的な声もあったそうです。

ですが、実際に出展したことで、自分たちの技術が人に感動を与えられる事に感銘を受けました。

「自社だけでなく和歌山の産業が誇る技術を多くの方々にも伝え、共に感動を分かち合いたい」

そう思ったのが、ものづくり文化祭のきっかけだと菊井さんは言います。

ものづくり文化祭では、各出展企業のものづくり体験ワークショップや「観光」「産地」などをテーマに他地域でオープンファクトリーを実施するキーパーソンたちとのトークイベントを実施し、来場者にものづくりの魅力を伝えています。

今年度で3回目を迎えるものづくり文化祭。年々出展する企業数も増えていますが、初めて出展する企業が共通して口にするのが「去年、ものづくり文化祭に参加者として参加して楽しそうだった」という言葉。着実に感動の輪が広がっています。

和歌山ものづくり文化祭の様子

今年の目玉は?と尋ねると「トークイベントでの若手社員の登壇です」と語る菊井さん。

「経営者が話すのではなく、ものづくりの世界に飛び込んできた若手社員が感じる、素朴で飾りっ気のない、ものづくりの楽しさを来場者に伝えてもらうことが狙いです。」

「ものづくり文化祭を続ける中で、参加する多くの企業で経営者だけでなく、社員にもオープンファクトリーに対する想いが強くなってきたと実感したので企画しました。」と言います。

和歌山ものづくり文化祭、来場者の様子

職人気質の社員が多く、以前は工場に来た人に対して、社員は作業風景を見せないようにしていましたが、今は作業場を紹介しているとさっと作業を見せるようになったと菊井さんは感じています。

菊井さんは「少しずつではありますが、社員の意識が外向きに変わってきているのを感じる」と語ります。

内部への発信で社内全体が同じ方向へ

菊井さんはこれまで、ものづくり文化祭の総指揮官として様々な出展企業を見てきましたが、“自社は何がしたくて、何が提供できるか“をしっかりと掘り下げて社内でイメージできている企業は、その魅力が来場者にも伝わりブースに活気に満ちている、と言います。

同社ではこの2,3年、ものづくり文化祭などを通じて外部発信に注力してきましたが、今年、改めてインナーブランディングに取り組みました。

社員全員に参加してもらい、社員自身の仕事に対する価値観を言語化するワークショップを実施し、社員一人一人の価値観が違うことを確認することを通じ、社長一人が独走しているのではなく、しっかりと社員がついてきてくれていると再認識することができ、以前よりも社内の風通しがよくなったそうです。

外への発信に加え、内にいる社員一人一人の価値観共有を行ったことで、自社の目指すべきミッション、提供できるバリューの輪郭が掴め、改めて社内全体で同じ方向を向くことができたと感じています。

菊井鋏製作所のワークショップ

企業間、地域間の交流が加速

ものづくり文化祭を通じて出展企業同士の交流の仕方も変化してきました。

例えば、出展企業の女性若手社員がそれぞれの職場を訪れ、実際に作業を体験するという交流会が生まれました。

各社、社員同士の年齢差が大きく、若手社員はちょっとした悩みを気軽に相談しづらいことがしばしばありましたが、同世代が集まり共感し合うこのコミュニティがあることで、心のゆとりが生まれています。まさにセーフティネットとして機能していると言えるでしょう。

また、協業先にも変化が出てきています。

出展企業同士内で新たな取り組みに発展したケースも見受けられるようになったほか、他地域からの来場をきっかけに、和歌山ニットと5本指靴下メーカーがコラボして新たな商品が誕生しています。

そのほか、会場周辺の飲食店がものづくり文化祭の盛り上がりの様子を見て、キッチンカーが出店するなど、出展者に限らず、地域産業への波及を見せています。

出展企業との定例会の様子

つながる力で広がる和歌山ものづくりの未来

菊井さんに今後の展望を伺いました。

「ものづくり文化祭は3年目で、ある程度型が決まって来ました。ここでできたコミュニティを大切に育てつつ、イベントをきっかけに私たちに興味を持つ、あるいは何か新しい事に挑戦しようと考えている仲間を少しずつ増やしていきたいです。また観光分野に明るい事業者や行政、支援機関、大学などものづくり企業だけではない、様々なプレイヤーとの接点を丁寧に広げていき、みんなで一緒に和歌山を盛り上げていきたいと思います。」

菊井さん自身も和歌山や自社との接点がない、他地域や他業種の方々と“オープンファクトリー”という共通言語を通じて交流することができ、価値観の幅が広がり、刺激を受けて来た経験があります。

「オープンファクトリーは産地を表現する、ものづくりにスポットを当てることができる手法の一つだと感じています。オープンファクトリーをすることが必ずしも正解という訳ではないですが、他のものづくり産地の方々にも一度オープンファクトリーを訪れてみて欲しいです。」

オープンファクトリーを契機に、普段では交わらない地域、業種、年代の方々が繋がり、ともに刺激となる。

ポテンシャルの高い和歌山のものづくりのよりよい未来を信じ、菊井さんの挑戦は続きます。

元記事へのリンクはこちら

近畿経済産業局 公式note