地域の「交通空白」解消へ、公共交通を再構築 南伊勢町の試みとは

(※本記事は国土交通省が運営するウェブマガジン「Grasp」に2024年10月18日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

三重県南伊勢町みなみいせちょうは、自然豊かで山の緑とリアス海岸が生み出す、風景の美しい町です。しかし近年は深刻な少子高齢化に直面しており、町内唯一の高校(南伊勢高等学校南勢なんせい校舎)は生徒数の減少により、2024年から実質閉舎となりました。こうした向かい風に抗い、地域を守るために、精力的に公共交通対策を打ち出しているという南伊勢町。それを実現している体制などについて、南伊勢町役場の里中重信さん、同町の地域公共交通会議委員を務める名古屋大学教授 加藤博和さんに話をうかがいました。

男性二人の2ショット写真
<写真向かって左から>
南伊勢町役場環境生活課課長 里中 重信
名古屋大学大学院環境学研究科附属持続的共発展教育研究センター教授・地域公共交通プロデューサー 加藤 博和

ーーまずは、南伊勢町について教えてください。

里中:2005年に南勢町なんせいちょう南島町ふなんとうちょうが合併してできた町です。熊野灘に面したリアス海岸を中心に町域の約6割が伊勢志摩国立公園に指定されています。三重県内で最も少子高齢化が進んでおり、高齢化率は約54%。鉄道は通っておらず、路線バスが公共交通の要なのですが、利用者が減少していく中、いかに維持していくかが長年の課題となっています。

南伊勢町の風景
南伊勢町の風景

ーーそのために、デマンドバスの導入、高校生のための下校バスの町内延伸など、色々な施策を行ってきたとうかがっています。

里中:デマンドバスは高齢者からの「自宅の近くまでバスに来てほしい」という要望を叶えるために2012年に導入しました。南伊勢町はリアス海岸で湾が複雑に入り組んでいるため、集落は入江の奥の平地部にあり、路線バスが走る海岸寄りの国道からは少し離れているんですよ。かといって、各集落まで路線バスを延伸するほど日々の乗降者は多くないですから、必要な時にだけ使ってもらえる予約制の小型バスを導入することにしたわけです。

2014年に実施した高校生の下校バスの町内延伸については、高校生の活動時間の確保と保護者の送迎負担を軽減し、若者世代の流出を防ぐ狙いがありました。伊勢市など町外の高校に通う学生は、通学しにくいと南伊勢町を出て下宿したり、家族で転出したりしてしまいます。このように、公共交通の課題に対してはその都度対策を打ってきました。

ーーこうした施策はどのような形で決定し、取り組んでいらっしゃるのでしょう。

里中:「地域公共交通会議」が中心となって取り組んでいます。この会議体は、デマンドバスの運行開始と同時にフィーダー補助金(※)を申請することになり、事業計画をまとめるために立ち上げたものです。それ以降、この会議体が中心となって「高齢者等の移動需要に応え、交通空白地を埋める」という目的で公共交通に関する施策を立案しています。加藤先生には2018年から同会議の委員としてご参加いただいています。

※正式名称は「地域内フィーダー系統確保維持費国庫補助金」。鉄道や幹線バスに結節する路線バス・オンデマンド乗合交通等の維持・確保を目的とした補助金。過疎地域や高齢化が進む地域の公共交通を守る役割を果たしている。

里中氏の写真

ーー「地域公共交通会議」とは、具体的にどういうものですか。

加藤:市区町村または都道府県が主宰し、公共交通の在り方について地域の関係者と合意形成を図るための場です。協議の対象となるのはバスやオンデマンド乗合交通などの旅客自動車運送事業と、自家用車による有償運送(公共ライドシェア)。参加メンバーは役場の職員や交通事業者、交通事業者の運転手組織、住民・利用者の代表、警察、道路管理者、運輸支局の職員、有識者などです。

南伊勢町の地域公共交通会議は、参加メンバーに女性が多いという特徴があります。事前に「バランスを取るためにも、できるだけ女性をメンバーに加えてください」とお願いしても、男性ばかりになってしまう自治体が少なくありません。会議のメンバーは多様性に富んだ人選にした方が良いというのは、どの自治体にも共通して言えることです。

里中:参加メンバーを決める際は、バス利用者やその身近な方、また、加藤先生の助言からなるべく女性の割合が多くなるようにしています。住民代表に高校生のお子さんを持つお母さんがいますし、老人会や社会福祉協議会からも女性が出席してくださっています。バラエティ豊かなメンバーに揃っていただいたと思います。会議ではそういった方たちに自由にディスカッションしてもらい、加藤先生からは要所要所で助言をいただいています。毎回、20人の委員全員が何かしら意見を言いますし、活発な議論ができていると自負しています。

加藤:会議での発言が全くない自治体もある中、南伊勢町は発言が多いのも特徴ですね。自治会長さんが会議の議長を務め、わきあいあいと進行していますから、委員の皆さんも話しやすいのだと思います。実際、他の自治体を見ても、自治体の職員よりも一般の住民さんが議長を務めている方が、うまくいっている印象があります。

加藤氏の写真

ーー加藤教授の助言のひとつに、バスの乗り換え、乗り継ぎの場である「結節点づくり」があるとうかがいました。

加藤:バスの乗り換えに便利で、人流を促し、賑わいが生まれるような結節点が南伊勢町には必要だと考えていました。結節点は本来、地域の方の交流の拠点、まちづくりの中心にもなる場所です。しかし、南伊勢町の結節点であるバスターミナルは周囲に店舗や公共施設などが無く、そうした役割を果たすのは難しい状態でした。

里中:2019年、町立南伊勢病院の移転が決まったことにより、新たな結節点づくりへと舵を切ることになりました。それまで病院は町の中心部にあったのですが、南海トラフ地震に備えて集落から離れた内陸の高台に移すことになったのです。当時は南伊勢高等学校南勢校舎があり、町営バスはその高校通学を担っていましたが、移転すると、病院と高校は国道を挟んでほぼ真逆。一緒にまわるのは少々難しい位置関係になるものの、バス通学の高校生は多いし、病院への足は必要だし……という状況でした。

加藤:そこで、病院と高校の分岐点となる交差点のところに、新たにバス停を作ることを提案しました。交差点にバス停があれば、病院がある支道に入る手前で高校生は降車し、学校へ行くことができます。しかも、その交差点には町内最大のホームセンターとスーパーマーケットがあり、バス停を作って乗り入れられそうな広い駐車場がありました。ここなら移動の利便性にも、賑わいの創出にもつながる結節点が作れるのではないかと考えました。

ーー確かに、商業施設にバス停があれば何かと便利ですし、買物弱者である高齢者の方の外出機会の増加にもつながりそうです。

加藤:原案自体は2019年に作りましたが、商業施設の駐車場内に停留所を作るとなると、駐車場の舗装や駐車場入口にある橋の耐荷重性能の強化などさまざまな課題がありました。駐車場には歩行者もいるので安全対策も必要ですし、そもそも、ホームセンターやスーパーマーケットに承諾いただけなければ実現できません。南伊勢町で新たな結節点づくりを実現できたのは、そういった調整をすべて町役場の職員が対応してくださったことが大きいです。

里中:そうやって生まれたバス停が「コメリ・ぎゅーとら」です。「コメリ」がホームセンター、「ぎゅーとら」がスーパーマーケットの名称。橋の架け替え工事に時間がかかったこともあり、スタートは2022年10月からになりました。町営バスの他に、民間路線バス、デマンドバス、病院ループバスが乗り入れています。客足にもつながっているようで、地域の方はもちろん、コメリさん、ぎゅーとらさんにも好意的に受け入れてもらっています。

バス停の写真
2022年10月1日に新しく誕生したバス停「コメリ・ぎゅーとら」

ーー南伊勢町では新しいバス停が誕生する一方で、全国的には、駅やバス停が周辺に無い「交通空白地域」も増えて問題になっています。

加藤:交通空白の処方箋は地域によってまったく変わります。南伊勢町では現在、交通空白地域を解消する新しい路線バスの実証運行を行っています。なぜ、デマンドバスではなく路線バスなのかというと、「決まった時間に来る路線バスに乗った方が気楽で使いやすい」という意見がこの地域は多かったからです。ほかの地域も同じ意見とは限りませんから、同じ施策を行っても全然利用してもらえないこともあります。

また、地域公共交通の在り方は、地形的なことも大きく影響してきます。例えば、谷筋に集落がギュッと集まっているような土地なら、メインの通りを走る路線バスの方がデマンドバスより使い勝手がいいでしょう。しかし、民家が散らばって点在する散居村さんきょそんの場合は、すべての住民を網羅するような運行ルートを作ろうとすると、とんでもなく時間がかかるものになってしまいます。そういう土地では、デマンドバスを活用した方が便利です。

里中:南伊勢町の東部にある交通空白地域では、自家用有償旅客運送(公共ライドシェア)を高齢者向けに事業を行っている地元のNPO法人さんが実施しており、精力的に高齢者の日常生活支援活動もされているため利用者の皆さんから喜んでいただいています。

その一方で、地域内での運行と限定していたものの、地域外の病院への移動や乗降時のサポートが必要な高齢者の利用が多いなどの課題もわかってきました。そのため、町役場の交通担当だけでなく、高齢者や福祉有償の担当とも相談しながら、交通空白地域の運行だけではなく、福祉有償運送(障がい者や要介護者等を対象に、市町村やNPO等が自家用自動車で行う個別輸送サービス)についても事業として展開できるように進めました。現在、住民などからの移動手段の確保に関する相談が増えていますが、地域公共交通では、地域特性をよく知ること、いろいろな機関・担当者と話し合うことが本当に重要です。皆が課題を共通のものとして認識することで、解決のための施策を展開できるのだと感じています。

10人ほどの人々が集まって話し合っている様子
住民と役場とが協力し合い、ベターな解決策を探る

ーーまさにケースバイケースで解決策を考える必要がありそうです。

加藤:地域公共交通は、ほかの地域でうまくいっている方法の真似や既存の型にはめれば大丈夫という単純な話にはなりません。適材適所となるように、各自治体オリジナルの地域公共交通の在り方を地域自ら考えることが大事です。

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