熊本大学 「飲むインスリン」を実現する創薬技術開発 インスリン経口吸収の壁を打破

熊本大学大学院生命科学研究部(薬学系)の伊藤慎悟准教授らの研究グループは、注射を不要とする「経口インスリン」の実現に向けた基盤技術を確立したことを12月8日に発表した。

本研究では、小腸透過性環状ペプチド(DNPペプチド)をインスリンに付加するために、混合による相互作用型とクリックケミストリーによる共有結合型の2つの手法を用いて、インスリンの経口投与を可能にする新しい投与法を開発した。開発した経口インスリンは、糖尿病モデルマウスへの単回投与で血糖値を正常域まで低下させ、さらに1日1回の投与を3日間継続しても、毎回同定度の血糖降下作用を示した。皮下投与(注射)と同用量のインスリンを経口投与したケースでは、注射の約3〜4割に相当する血糖降下作用を達成した。これにより、実用化の課題であったインスリン投与量の大幅な削減を実現したことになり、注射による身体的負担のない新しい糖尿病治療薬の開発を加速させるものと期待される。


実験は糖尿病モデルマウスを使って進められた。まず、D体アミノ酸で構成されるDNPペプチドに、インスリン結合性ペプチドを連結した「D-DNP-Vペプチド」を合成した。本ペプチドを、注射製剤で用いられている亜鉛インスリン六量体と混合して相互作用させるだけで経口吸収は大幅に向上し、その結果、糖尿病モデルマウスの血糖値が正常域まで低下した。さらに、1日1回の経口投与を3日間継続しても安定した血糖降下作用が観察された。次に、DNPペプチドをクリックケミストリーによってインスリンと直接共有結合させた「DNP-インスリン結合体」を合成。この共有結合型インスリンに亜鉛を添加して経口投与したところ、混合手法と同等の血糖降下作用が示された。以上の結果から、「混合(相互作用)」と「結合(共有結合)」という二通りの手法による経口インスリン創薬の基盤技術が確立された。

本研究は、近松翔馬(熊本大学大学院薬学教育部博士後期課程3年生)を中心に、日本医療研究開発機構(AMED)創薬基盤推進研究事業(研究代表者 伊藤慎悟)、科学研究費助成事業(研究代表者 伊藤慎悟)、九州大学AROシーズA(研究代表者 伊藤慎悟)、熊本大学(研究代表者 伊藤慎悟、めばえ)、JST SPRING(研究代表者 近松翔馬)の支援を受けて実施された。

本研究成果は令和7年11月24日に国際学術誌「Molecular Pharmaceutics」に掲載された。