若手発の理念刷新が動かした IJTTのCO₂削減とEV・水素への新たな挑戦 

自動車・建機向けの鋳造・鍛造・機械加工を手がけ、4,600名の社員を抱えるIJTT。いすゞグループの中核サプライヤーとして長年自動車関連部品を供給してきた同社で、約2年前、“若手発”の動きが起きた。「企業理念を変えたい」。この一言をきっかけに、CO₂削減、EV・水素、新素材など未来分野への挑戦が加速していく。転換の背景を、株式会社IJTT 代表取締役社長・瀬戸貢一氏に聞いた。

①瀬戸社長

瀬戸 貢一(株式会社IJTT 代表取締役社長)

若手発の2050年構想と理念刷新の衝撃

IJTTの変化は、トップダウンではなく、若手社員から始まった。社内で2050年の未来像を議論するワークショップを行った際、議論の途中でひとりの若手がこう口にした。「今の理念では、私たちが考える未来のIJTTを表せません。変えたいです。」瀬戸社長は、この場面を強く覚えているという。「正直、驚きと同時にうれしさがあった。会社を“自分のこと”と思えていなければ、理念を変えたいなんて言葉は出てこない。」理念刷新は、単なるスローガン変更ではない。若手を中心としたチームが、同社の歴史・現場・技術・将来の産業構造を踏まえたうえで「IJTTの存在理由」を再定義した。

特に「循環型の価値」は、鋳造・鍛造という“資源とエネルギーを多く使う産業”だからこそ、真正面から掲げた言葉である。

企業理念画像
IJTTの新企業理念

危機の渦中にいた経験が形づくった長期視点

瀬戸社長の経営視点は、いすゞ自動車で過ごした40年近いキャリアに根ざす。1983年入社後、部品部門で8年間を過ごし、その後経営企画へ異動。そこで会社全体の浮き沈みを“当事者として”経験した。あのとき、“中期経営計画とは会社の未来へ向かう羅針盤だ”と痛感しました。」リーマンショックでもいすゞが赤字に転落しなかった背景には、この時期に徹底した再建を進めたことにある、と瀬戸社長は語る。こうした経験を持つ社長がIJTTに来て強く感じたのは、「鋳造・鍛造は、エネルギー消費とCO₂排出が大きい。この課題を避けては未来がない。」という危機感だった。

事業の将来性、人材配置、技術投資をすべて“10年・20年先”の視点で捉える姿勢は、いすゞ自動車での経験を通じて養われたものだ。

いすゞ依存を超えて

北上工場が拓く新市場

IJTTの売上の7割以上はいすゞ自動車向けである。長年の信頼関係の証である一方、瀬戸社長はこう語る。「一社に頼り過ぎると、影響が大きい。一本足打法は危ない」

そこで中期経営計画の核に据えられたのが「事業ポートフォリオの多角化」だ。象徴的なのが、岩手・北上市に建設している新工場である。ここでは製造ラインなどで使われる垂直多関節ロボットのアームなどを中心に製造。大型ロボット向けの鋳造部品を製造するため、砂の造型ラインとしては日本最大規模のものが導入された。

「鋳造・鍛造・加工の技術は、自動車以外でも価値が出せる。北上工場は、その未来への入口です。」投資の意図は単純な工場拡張ではない。IJTTの強みを“他産業へどう転写するか”という再定義の試みであり、若手が描いた理念と整合する動きでもある。

②北上新工場
北上新鋳造工場

TOBが突きつけた“自分事化”

IJTTの変化を語る上で、日本ものづくり未来ファンドによるTOB(株式公開買付)は外せない。瀬戸社長は、最初に提案を受けたときの印象をこう語る。「TOBはイメージが悪い、上場廃止もネガティブに捉えられがちだ。でも私は“変わる覚悟を決める大きなチャンス”と感じました。」ただし社長は、この判断を“押しつける”ことはしなかった。

「経営層に、まず自分たちで考えろと言った。 “会社が決めたから”では、従業員に説明するときに納得は得られない。自分の言葉で語れないなら、本心では賛成していないということです。」議論は繰り返され、最終的に経営陣はTOBを受け入れる決断を下す。このプロセスは、後の理念刷新の土壌にもなった。“会社を自分で動かす”という感覚が、幹部から若手へと広がったのである。TOBを経て、スタートアップとの連携など外部知見の流入も加速した。これは、理念が示す“循環型の価値”を実装していくための重要な資源となっている。

CO₂削減・EV・水素

社会課題と技術をつなぐ新たな挑戦

理念刷新は、日常業務の意識変化にとどまらない。CO₂削減・環境負荷低減・災害対応など、多様な社会課題との接点が次々と事業へと変わり始めている。

CO₂削減:鋳造砂の再利用×CO₂吸収技術

鋳造工程で使う砂は再生利用されるが、粒子が細かくなると最終的に“廃砂”として捨てられる。IJTTはこの廃砂をCO₂吸収材に変換できないか、技術検討を進めている。

「砂を捨てるのではなく、価値に変えられる。これが“循環型の価値”の象徴だと思っています。」横浜国立大学との実証実験の取り組みもその一環である。

EV領域:駆動ユニットの自社開発

IJTTはモーター・インバータ・減速機を一体化した駆動ユニット「e-Axle」を開発・実用化している。これまで外部調達していたモーター・インバータも、自社開発可能なフェーズに至った。
「技術者の多くはメカ畑で、電気系は社内にほぼいなかった。だからこそ、この挑戦には意味があります。」

水素:自治体とつなぐ非常電源の可能性

水素発電機も試作段階に入り、災害対策・非常電源として自治体との接点が広がっている。「EVだけが答えではない。水素・合成燃料など、可能性にアクセスできる状態をつくる。

④電動ユニット「e-Axle」
駆動ユニット「e-Axle」

夢を語る人が動かす企業へ

IJTTの変化は、技術だけでは生まれない。理念刷新、TOBの自分事化、若手と経営陣が未来を真剣に議論する文化。この三つがそろって初めて、CO₂・EV・水素といった次の50年の価値が見えてくる。瀬戸社長は最後にこう語った。

「既存の延長線ではなく、常識を外れるような夢を語ってほしい。夢がある会社は、変われるんです。」自動車部品のものづくり企業から、循環型の価値を生む企業へ。IJTTは静かに、しかし確実に未来の扉を開いている。