実務家が教える知識を同定する 実践的知識の脱埋め込み化

実践の理論とは、これまで自分が実践のなかで培ってきた実践的知識と、その実践的知識がどのように役立つのかを表わしたメタ的な知識の組み合わせであることを前回までに述べた。実践の理論を実り豊かにしていくためには、知識を細分化しモジュール化したうえで、組み合わせを作り出すことが重要だ。

モジュール化の二つの論点

さて、モジュールとは、他のものと交換可能な部品というような意味で用いられる言葉である。できうる限り知識を細分化し要素として最小化しておき、入れ替え可能な知識にしておく必要がある。それは2つの点でメリットがある。

知識社会では、知識のライフサイクルが早い。つまり、知識のアップデートが頻繁に行われる。その結果、社会状況に適さなくなった知識は、入れ替える必要がある。別の視点からすれば、知識がモジュール化されているからこそ、小さな知識を創り出し、従来の知識と入れ替えることができる。その時に知識がモジュール化されていないと、陳腐化していないであろう考え方や知識まですべてを取り替えなければならない。ある一部分だけを入れ替えれば知識を長く利活用することができる。

また、先に言及したように高度に複雑化した社会においては、問題解決のための知識の組み合わせが必要となるとため、できるだけ知識を分化させておく必要が生じる。知識の組み合わせによって、新たな知識が造られるのだとしたら、知識の構成要素が多ければ多いほど、組み合わせのバリエーションを増やすことができる。

知識の脱埋め込み化

もう一つは社会学者のアンソニー・ギデンズによって提唱された脱埋め込み化である。ギデンズによれば、脱埋め込み化は「社会関係を相互行為のローカルな脈絡から『引き離し』、時空間の無限な広がりのなかに再構築する」(ギデンズ『近代とはいかるなる時代か』p.36)ことと定義されている。この考えを『実践の理論』に落とし込むと、次のことがいえる。実践的知識を構築していくうえで、自身の暗黙知はきわめて文脈依存的でローカルな知識である。先に述べたように、「実践の理論」は実践的知識と実践的知識の利活用の知識からできている。実践的知識を自身の実務経験の文脈から切り離して、ほかの実践の場で活用できるようにある程度抽象化していくことが、脱埋め込み化に他ならない。別の言い方をすれば、一回限りの実務現場における自らの経験的な知識を文脈から解き放つことが、脱埋め込み化と言える。

脱埋め込み化によって、実践的知識をモジュール化することになり、他の実践の場へ適用するという意味で、新たな実践的知識の利活用の知識と組み合わせをする新結合の可能性が生まれる。

実践的知識を出自の実践の場から引き離し抽象化することで、様々な領域に応用できる可能性を探ることになる。ほかの実践の現場で活用するとしたら、どのようにその知識が活用でき、その結果どのような結果をもたらすことができるのかを見つけ出す必要がある。すなわち、「実践的知識についての知識」を見出すことになる。ある文脈へ実践的知識を当て込みその実践の場で使えてその効力を発揮できるようにする。これを別の文脈に当て込むという意味で「再埋め込み化」という。

脱埋め込み化された知識は、もうひとつの役目を帯びる。それは学術理論への貢献である。脱埋め込み化された知識の精確性を高めていくためには、既存の学術理論との比較や裏打ちが必要となる。私たちはこれまでの知識や行為の蓄積で実践を営んでいるからであり、そこには学術理論も少なからず入っている。学術理論で実践的知識を裏打ちすることは、学術理論を補強することにも役立っているのである。実務経験が出自の実践的知識は、学術理論が実践の現場でどのように使われているのかというメタ知識を知ることにつながるからだ。


参考文献
アンソニー・ギデンズ 著.松尾 精文,小幡 正敏訳.近代とはいかなる時代か? ─モダニティの帰結.而立書房,1993,p36