実践の理論は「経済学説」がヒントに 無意識に使っている知識

前回はこれまでの学術的な理論にくわえて、新たな理論のかたちとして「実践の理論」という考え方を紹介した。今回はその実践の理論を組み立てるときの考え方を紹介したい。そのときにヒントになるのは経済学説である。

メタ知識との組み合わせ

「実践の理論」は、実践の場で役立つ知識(実践的知識)だけでは不十分である。その実践的な知識がどのような実践の場面で使える知識であるのか、その実践的知識をどのように使い、どのような効果をもたらすのかということをその文脈を共有しない人にわかるようにしなければならない。実践的知識そのものではなく、その知識がどのように位置づけられるのかというメタ的知識に相当する。

この2つの要素の組み合わせによって「実践の理論」がかたちづくられることになる。いいかえれば「実践の理論」は、第一に他者に対して説得性があり、他者に伝達することができる共有可能性をもつ必要がある。第二に、そのような知識が実践の場や組織、あるいは広く社会でどのようにして活用することができるのかという有用性をもっている必要がある。

これらは学術的な専門知とは異なる点である。すなわち、学術的専門知はある程度、専門知の文脈を共有している者同士での知識の共有を前提としている点に対して「実践の理論」は、ローカルナレッジ性を帯びながらも自らと異なる文脈を持っているものに対して理解してもらうことが必要になる。この視点は教育上も極めて重要なものとなる。同じ文脈を共有しない学生に指導するとしたら認識利得も含めて説明しなければ、学習に参入してもらえない可能性があるからである。

語弊を恐れずに言えば、学術的な理論はある現象を深く理解することに対して、実践の理論はある課題を解決するために創造されたものであると理解することができよう。

知らない間に使っている学術的知識

そのうえで、もう1つ「実践の理論」の類型があるとすれば、それぞれの専門分野で語られている学術的理論を実践の現場でいかに利活用するかを明示した「実践の理論」というのもあり得る。経済学者のジョン・メイナード・ケインズは『雇用、利子および貨幣の一般理論』の最後の部分で興味深い指摘をしている。「誰も知的影響を受けていないと信じている実務家でさえ、誰かしら過去の経済学者の奴隷であるのが通例である」。ここでは経済学者が取り上げられているが、ある専門分野の理論を無意識のうちに実務家が活用しているということである。ある学術的な知識を実務の現場においてどのように役立たせているのか、知識の利活用を言語化することも「実践の理論」ということになる。つまりこの場合は「実践的知識」を「ある専門分野での専門知識」におきかえ、そのうえでその知識がどのように用いられているのかを明らかにしているという形態をとっている。

知識のモジュール化

以上のように考えるとき、「実践の理論」で重要なのは組み合わせである。つまり「実践的知識」と知識の利活用に関する「メタ知識」をいかに組み合わせていくのかという点がキーとなる。この組み合わせという視点は、いわゆる「イノベーション」の概念に似ている。なぜ、いわゆると前置きをしたのかといえば、イノベーションの産みの親とされている経済学のシュムペーターはイノベーションという言葉を明示していない。シュムペーターが用いた言葉は「新結合 kombinieren」である。新結合で述べられているのは、簡単にいえばモノなどの要素を別の要素と結びつけることである。あまり注目されていないが「新結合」には、実はもう1つ重要な点がある。それは従来からの関係、結合されている要素と要素を引き離すことである。この要素と要素を引き離すという点からさらに2つの論点が提示できる。