「みどりの食料システム戦略」策定へ SDGs時代の農業とは

農林水産省は、SDGs時代にふさわしい持続可能な農林水産業の実現に向けた「みどりの食料システム戦略」を2021年5月にも策定する方針だ。戦略策定の背景や、農林水産分野に求められるイノベーションについて、農林水産省研究総務官の川合豊彦氏が解説する。

待ったなしの温暖化対策

地球温暖化や自然災害の増加、あるいは生産者の減少と高齢化、地域コミュニティの衰退、新型コロナウイルスの感染拡大など、日本の食料・農林水産業は今、多くの課題を抱えている。生産力を向上しつつ、地球環境への負荷の抑制など持続的な農林水産業の未来に向けて、野上浩太郎農林水産大臣は2020年10月、「みどりの食料システム戦略」の検討に着手した。

図 「みどりの食料システム戦略」の検討方向

出典:農林水産省「みどりの食料システム戦略」検討チーム資料より編集部作成

 

この戦略は、生産から消費に到るサプライチェーンの各段階で、新たな技術体系の確立とさらなるイノベーションを創造し、日本の食料の安定供給と農林水産業の持続的発展および地球環境の両立を実現することが狙いだ。

戦略策定を急ぐ背景について、農林水産省研究総務官の川合豊彦氏は「SDGsや環境の重要性が国内外で高まり、諸外国も環境や健康等に関する戦略を国際ルールに反映させる動きを加速化させているからです」と語る。

川合 豊彦(農林水産省 研究総務官)

「例えば、最近は激甚な自然災害が多くなり、被害の程度も範囲も大きくなっています。地球温暖化と気候変動をもたらす温室効果ガスの削減はもはや待ったなしで、世界各国は日本人が考えている以上に、強い危機感を持っています。世界のCO2排出量490億トンの4分の1が農業・林業などに由来しています。日本の温室効果ガスの排出量は12.4億トンで、このうち農林水産分野の排出量は約5千万トンですが、そのうち水田や家畜の消化管内発酵由来のメタン排出量が全体の5割近くを占めています。削減を加速していく上での課題が多々あり、菅義偉総理大臣が2050年に温室効果ガスを全体としてゼロにする『脱炭素社会の実現』という目標を目指して、農林水産業も本腰を入れて、相当な覚悟をもって、全速力でそこに向かっていかなければなりません」

スマート農業の推進と
ムーンショット型研究開発

脱炭素社会の実現に向けて求められるのは、農林水産分野の革新的なイノベーションの創出であり、すでに農林水産省は様々な施策に取り組んでいる。

環境イノベーション分野では、農地や森林、海洋によるCO2吸収の増加や固定化に向けて、海草類の増殖や藻場の拡大技術の開発などによるブルーカーボンの増大や、バイオ炭の農地投入などの研究が進む。温室効果ガスの削減のため、メタン発生の少ないイネ品種や家畜系統の開発、地産地消型エネルギーシステムの構築や農林業機械・漁船の電化なども急がれている。

「気候変動に対応した効率的な品種開発も重要です。農作物のゲノム情報や育種に関するビッグデータを整備して、AIなどと組み合わせて迅速で効率的な育種を可能にする『スマート育種システム』技術を開発中です。また、持続可能な農業の実現に向けては、深刻な労働力不足を解決するために、ICTを活用したスマート農業も強力に推進する必要があります」

農林水産省は2019年度に「スマート農業実証プロジェクト」を立ち上げ、現在全国148地区で実証を進めている。2020年度は実証テーマも拡大して、棚田・中山間、被災地などに重点的に対応したほか、ローカル5Gなどを活用する地区も採択されている。

「導入コストを低減し、誰もがスマート技術を利活用できるよう、新たな農業支援サービスの育成・普及も進めています。2020年4月に、情報発信やマッチングの機会を提供するプラットフォームを創設しました。また10月には、スマート農業の現場実装を加速化するための施策を『スマート農業推進総合パッケージ』および『スマート農業支援サービス育成プログラム』として取りまとめました」

川合氏は、こうした新しい農業の推進やイノベーション創出では、単に人手不足解消や効率化などの視点だけでなく、環境や生物多様性の保全など、地球環境にとっての持続可能性という視点が重要になっていると強調する。

「今後、世界の食料需要が1.7倍になると言われる中、生産効率だけを重視した従来の考え方では、地球の自然循環機能は破綻します。そこで、従来にない大胆で斬新な発想の、いわゆる"ムーンショット型"の研究開発を行うために、東京農工大学学長の千葉一裕先生をプログラムディレクターに、食料供給の拡大と地球環境保全を両立する食料生産システムの実現に向けた研究開発プロジェクトを2020年に開始し、10の課題を採択しました」。具体的には、土壌微生物の解明・発揮や、メタン削減と生産性向上の両立などの研究課題がスタートしている。「食料・農林水産業のゼロエミッション化に少しでも近づくために、実現不可能とも思えるようなテーマにもしっかりと取り組み、早急に形にしていきます」

データ利活用の重要性

川合氏は農業データの蓄積と共有・ 活用の重要性も指摘する。

「農水省では、『WAGRI』という農業データ連携基盤を整備しています。生産現場のデータだけでなく、現在、流通・加工・消費のデータなどとの連携を目指した開発を進めています。川上から川下までのデータを連携することで、高精度な出荷や需要予測、在庫管理も可能になり、ひいては流通高効率化、食品ロス削減や、外食・宅配・小売間での商品調整などにも役立つと考えています。連携基盤におけるデータの充実や、農業機械から得られるデータのシステム間の連携といった、農業データの活用促進が今後極めて重要になっていきます」

諸外国を見渡すと、米国農務省は2020年2月に農業生産量40%増加と環境フットプリント50%削減の同時達成を目標に掲げ、EUも2020年5月に持続可能な食料システムへの包括的なアプローチを発表するなど、各国・地域が、環境や健康等に関わる戦略の策定や国際的なルール作りが進められている。

「そうした変化の中で、私たちは日本の農林水産業を振興していかなければなりません。特に、2030年に農林水産物・食品の輸出金額を5兆円にするという目標の達成のためにも、生産から消費に至るサプライチェーンの各段階でイノベーションを起こして生産力の向上を図り、かつ地球環境にも配慮していかなければいけません。『みどりの食料システム戦略』は、日本が抱えるそうした難題を解決していくための戦略です。」と川合氏は語った。