フレデリック・テイラーにみる、実務家教員のエッセンス

実務家教員のロールモデルはどこにいるだろうか。実務界の著名人であったり、会社の創業者である必要はない。今回取り上げるフレデリック・テイラーは、最初から有名だったわけではない。テイラーが実務を誠実に振り返り実践知を体系化したからであると考えている。

よく「自分は実務家教員に向いている領域か」と質問を受けることがある。授業設計や研究能力以前に、自分の実務経験に不安を抱いてしまう人が多いようだ。私は、実際に実務現場があるのであれば、どの領域でも実務家教員が必要ではないかと考えている。実務家教員の要素として、実務経験・教育指導力・研究力と定義してきたが、最も重要なのは「人に伝えたい」「人に伝わることで、実務現場をよりよくしたい」という志である。

ここで私が参考にしたい人物がいる。フリデリック・W・テイラーだ。『科学的管理法』で馴染み深い人も多いかと思う。もしかしたら、「少し古い」とか、逆に「テイラーのような(業績的にも)歴史的人物では比較にならない」と思う人もいるかもしれない。私はここでテイラーと同じように、経営学あるいはマネジメントの領域の実務家教員としてとりあげたいのではない。彼が積んできた研究スタイルと姿勢を参考にしたいのである。

 

テイラーは、法学部の出身でありマネジメントを直接的に修めたわけでもないし、いわゆるアカデミシャンの訓練を受けていない。詳細は経営学史やテイラー研究に譲りたいが、健康上の都合で、工場見習いからスタートし、工場管理のコンサルタント経験を経て、ハーバード大学で経営管理論の講義をおこなった。今からみれば、典型的な、そして理想的な実務家教員の経歴である。今でこそ『科学的管理法』は、経営学の基礎を超え古典となっている。当時は、マネジメントや業務管理そのもの自体が当たり前すぎて研究や観察の対象となっていなかった。自分自身の経験をもとに、日々の業務改善を体系化したのである。

『科学的管理法』を読んでみると、専門用語で書いているわけでもなく、学術論文を多く引用しているわけでもない。丁寧に実務と向き合い、他者を説得するように体系的にわかりやすく描かれている。実務家教員として必要な実務を体系化するエッセンスが盛り込まれている。

まとめると①自身の行なっている実務を当然視せずに、観察をすること ②自分が伝えようとする知見が、どのような場所でなぜ役立つのかを意識すること ③あえて論文や難しい言葉で書く必要はない、という3点は重要ではないだろうか。当時は、経営学もマネジメントも研究として見なされていなかった。しかし、テイラーは工場現場の労使対立の深刻を憂い、どうにかしなければならないと考え、実務研究を続けたのである。

こんにち、当然視されていて体系化されていない実務が、これから実践知として評価されることが出てくるだろう。これからの実務家教員像のエッセンスがテイラーにあると考える。ぜひ実務家教員の研究という観点から『科学的管理法』を読んでみて欲しい。業務を自明視せず、自分自身の業務を観察して欲しい。