2015年2月号

防災ソリューションの決め手

阪神・淡路大震災から20年 海外に学ぶ、日本の防災対策の盲点

村上處直(防災都市計画研究所 会長)

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阪神・淡路大震災や東日本大震災では、行政の復興活動や防災対策について数多くの課題が明らかになった。都市防災研究の第一人者である村上處直氏は、「人間中心」の防災対策の重要性を指摘する。

1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、淡路島北部を震源としたマグニチュード7.3の地震が発生。死者6434人という被害は国内外に衝撃を与え、日本の防災対策にとって大きな転機となった

村上處直氏は日本で初めての民間の防災シンクタンク・コンサルタント機関である防災都市計画研究所を1970年に設立し、以来、日本の都市防災対策・研究をリードしてきた。現在では一般的になったコンビナート地帯の防災遮断緑地帯をはじめて提唱し、都市防災拠点の草分け的存在である白鬚東地区防災拠点再開発(東京都墨田区)の計画立案でも中心的な役割を担った。

阪神・淡路大震災では神戸市復興委員会の委員を務め、東日本大震災でも政府への復興ビジョン提起や被災地自治体の新たな防災計画立案に関わってきた。

お金を人・組織を動かす「歯車」に

過去の震災を教訓に、これからの日本の防災対策に求められる視点について、村上氏は次のように話す。

「まず復旧・復興期で一番大事なことは“お金”の使い方です。お金を、人や組織を動かす歯車としてとらえ、いかに一日も早く地元を元気にするかという視点から使うこと。それが日本にはまだ不足しています」

これを考える際に参考になるのが、海外での取り組みだ。一例が、米国カルフォルニア州における災害費用補償記録作成システム(大統領宣言災害に適用される)。災害が起こったときに、インフラなどの被害は現場判断で修繕・復旧工事を行い、経費はあとで請求できるというシステムだ。これをカルフォルニア州では、消防やインフラの部署だけでなく、すべての役人が使うことができる。当然、復旧のスピードは早い。

システムが活きたのがロマプリータ地震(1989年、マグニチュード7.1)。高速道路が約2kmに渡り倒壊したが、発災の翌日には、消防が救助活動をするのと同時並行で、地元役人が地元企業を使って道路の復旧作業を始めたという。

「高速道路管理会社や道路局が対応しきれない作業を現場判断でどんどん実行し、あとでお金がもらえるから地元企業は喜んで協力するし、元気になる。まさに、お金を歯車として活用した好例です。日本のように、壊れた建物やインフラを探し歩いて、評価し、入札して工事業者を決めるような復旧・復興とは次元が異なります」

村上處直(防災都市計画研究所 会長)

お金を流通させることで被災地の小売業などが復興し、地域の経済も動き出す。カリフォルニア州では被災者に弁当の代わりにクーポンを配り、地域の商店街の再興に役立てた。クーポンを使い切れない高齢者たちは、ボランティアの若者にクーポンを分け与え、使ってもらったという。

「一方、阪神・淡路大震災では、高齢者が食べきれない弁当が避難所で腐り、かえって不衛生な状態を作ってしまいました。しかも、地元弁当業者が『発災後3日後でも頼まれれば作れた』と言っているのに、大阪や京都の大手業者に発注してしまった。地域がどうすれば元気になるか、そのためにお金をどう使うかを、しっかりと考えなければいけません」

迅速な復旧・復興で知られるロマプリータ地震(1989年)では、「災害費用補償記録作成システム」が威力を発揮した

地域の底力を引き出す

地元にお金が落ちる仕組みをつくった事例では、ほかに1999年の台湾中部地震(九二一地震、マグニチュード7.3)が参考になる。台湾政府は、復旧・復興作業は台北や台南の業者を入れずに地元で行わせ、復興に関わる技術的なアドバイスや資金支援は全土から募った。また、被害が甚大だった山岳原住民の集落では、外国人ボランティアたちの協力のもと、住民の女性たちの手芸品を販売する事業を始めた。これが現在では地域の新しい産業になっているという。

資金が回れば、じっくりと地域の底力を引き出した復興ができる。24万以上の人が亡くなった中国の唐山地震(1976年、マグニチュード7.6)では、中国共産党は「自立・自力復興」の方針を立て、唐山市に復興を一任し、そのかわりに地方が国に収める税金を5年間免除した。

市が選択したのは徹底した経済優先策。復興住宅の整備よりも工場の再建を優先し、鉱山・発電所、コンクリート工場やアルミ工場・金属加工工場を復興し、地元産業に収益が出てきてから住宅建設を始めた。市民が復興住宅に入居できたのは震災後8年経ってからだったが、事前に経済復興がなされていたため、貧困に苦しむことはなかったという。

「住宅建設には中国全土から32万人の若者が参加し、そのほとんどは復興後、唐山市に住み着きました。そこで作られた住宅は質のよいものでしたし、何より唐山市の産業が豊かで働き口があったからです。結果的に人口は増え、地域が活性化したわけです」。

被災地の生活・仕事支援を優先し、復興を成し遂げた事例と言えるだろう。

唐山地震(1976年)の被害状況と、現在の唐山市中心部。被災地の生活・仕事支援を優先し、復興を成し遂げた事例だ

唐山市では被災者のコミュニティ維持を重視し、避難生活や復興住宅への入居も集団で行った。「阪神・淡路大震災では、仮設住宅の入居者を抽選で決めました。その結果、それまであったコミュニティが崩壊し、地元の活力が失われました。さらに復興住宅ができた際は、仮設住宅入居者を優先入居させた。この結果、働くためにあえて仮設住宅に入らず、職場近くに部屋を賃貸していたサラリーマン層は復興住宅に入れませんでした。現在、復興住宅の高齢化は深刻な状況にあります」

日本では2001年の中央省庁再編により、国土交通省などが所管していた防災行政は内閣府に移管された。しかし、東日本大震災を見ても省庁横断の体制が機能しているとは言い難い。自立・自力復興とは何かを改めて考え、国の防災体制を練り直す必要があるだろう。

「情報の知恵化」が重要

東日本大震災をきっかけに、全国の自治体は南海トラフ巨大地震などを想定した、新しい被害想定を策定している。しかし、被害想定が発表され、それから数日間は新聞やテレビを賑わすことはあっても、住民や企業、施設管理者が具体的な行動を起こす動機にはならないというのが実情だ。

「GIS(地理情報システム)の登場で、被害想定づくりは格段に楽になりました。しかし、被害想定は少しパラメーターを変えるだけで、結果が大きく変わります。大切なのは、GISを使って様々な分野の知識やデータを統合化し、複雑化した都市の関係性や住む人のあり方を明らかにすること。そして、これらの情報や知識から新しい“知恵”を生み出すことです」

そのためには、多くの情報から都市の抱える問題を発掘し、リスクを予想し、防災対策に落とし込むといった役割を担う「頭脳集団」が必要になる。これは、自治体内に限らず、民間にも必要なことである。頭脳集団を育てるためには、誰もが公共データを活用でき、それぞれの立場でデータを知恵化することが必要だ。

GIS(地理情報システム)は様々な分野の知識やデータを統合化し、新しい知恵を生み出すための重要なツールだ Photo by Daniele Masi

しかし現在の日本では、公共データは社会全体の財産だという認識が欠けており、行政のデータはその枠内でしか活用されていない。

「アメリカではGISが登場したとき、まず大学院修士課程の学生たちに自由に使わせました。データを取り扱う上でのリスクも存在しましたが、それは問題が発生したらその都度検討しようという考えで、まず知恵化に取り組んだのです。その結果、学生たちは色々なデータを重ねあわせて、面白い発見や研究を多数行いました。現在のアメリカでは、ハンディキャップを持つ人が都市のどこに住んでいるかがすぐわかりますが、それもプライバシーを侵害しない仕組みができています」

村上氏は、自治体の各部署に死蔵されているデジタルデータを統合し、また、それらを民間が広く公開・活用するための社会システムづくりの必要性を強調する。

人間中心の防災対策を

「やれと言われたことをやる、マニュアルどおりこなす。それは危機管理とは言えません。実際の都市のありかたを正確に理解しなければ、本当の防災対策はできないのです。災害は確かに物理的な現象ですが、その中心には人間がいて、感情がある。それゆえ都市計画や防災対策の立案には、人間社会への理解が必要です」

例えばアメリカの防災対策は、教育・広報に重点を置いている。これは「人間は忘れやすい動物である」という特性を考慮した方法論であり、防災訓練は月1回が望ましいといった考え方が根付いている。

カリフォルニア州は1985年に地震対策週間を設けたが、それでは足りないと、翌年には地震対策月間に格上げした。期間中に開かれる訓練や会議には、行政、消防、警察、軍関係者はもちろん、地域企業、それも幹部クラスが多く参加する。そして、そこで提案された対応策は即座に実行に移されるという。

地震国・日本は防災先進国とも言われるが、「人間社会への理解という点で、日本はまだまだ不足しており、諸外国に学ぶことは多いでしょう」と村上氏は指摘する。そして自治体の首長には「とにかく都市という現場に出て、見て、考える」という姿勢が必要だと説く。

 

災害用トイレの重要性

能登半島地震での柏崎市役所駐車場に設置された仮設トイレの様子 Photo by 消防科学総合センター

村上氏は、災害時における防疫やトイレの重要性も強調する。「阪神・淡路大震災では、避難所で学校の先生が、泣きながら汚物で盛り上がったトイレの清掃をしていました。白髭防災拠点では団地と一緒に防災公園を整備しましたが、災害時にも機能するトイレが必要だと考えました」

避難民、施設管理者にとって本当に役立つ防災用トイレをいかに選ぶか。ここでも「人間中心」の対策が求められるだろう。

防災拠点の先駆けとして知られる墨田区・白鬚東地区。全長1.2kmの高層アパートで防火壁を形成するもので、公園には災害用トイレなどを整備している Photo by Kamemaru2000

 

村上 處直(むらかみ・すみなお)
防災都市計画研究所 会長
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