平田オリザ氏 文化芸術は社会に不可欠、自ら若手支援・人材育成

コロナ禍により文化・芸術の価値が問われる中で、「演劇には、他者への想像力を育む力がある」と語る劇作家・平田オリザ氏。平田氏は今、地方を拠点にしながら、自ら若手アーティスト支援に取り組むとともに、コロナ後の復興を支える、観光・アート分野の人材育成を目指して動き出している。

価値観の差異が拡大する時代、
文化は社会に必要なインフラ

――コロナ禍が、演劇や音楽をはじめとする日本の文化・芸術に及ぼす影響をどう見ていますか。

平田 日本はもともと文化政策が弱い国です。文化予算を正確に測ることは難しいのですが、おおざっぱに言うと、日本の文化予算は先進国平均の約4分の1、フランスや韓国に比べると約10分の1です。ここにコロナ禍が直撃しました。

平田 オリザ(劇作家/演出家/青年団主宰)

例えば、ドイツの文化大臣は「芸術はただ単に必要不可欠なものだけでなく生命維持装置」だと言っています。また、韓国では、コロナ禍の最中も感染対策がとられたうえで演劇公演が継続されました。

こうした非常時には、文化・芸術の存在価値が問われます。東日本大震災の時には、避難生活が長引く中で、心の健康を保つためのアートボランティアが盛んに行われました。コロナ禍からの復興・復旧の課程においても、身体の健康と同時に心の健康を取り戻すことがとても大切になります。

コロナ後の社会においても、演劇や映画、音楽といった文化は不可欠になる。そのためには、場を維持することが大事。場が一度失われると、コロナ後の回復も難しくなります。

芸術というと高尚なイメージがありますが、芸術の長い歴史の結晶として生み出されてきた娯楽はたくさんあります。東日本大震災の時、多くの人の心を慰めたのは、長年歌い継がれている唱歌でした。文化・芸術の連続した線を絶やさないようにすることは、今の人たちのためであると同時に、100年後の人のためにも大切なのです。

また、エンタメやコンテンツは巨大な産業になっていますが、経済は複雑に絡み合ってリンクしており、特定のジャンルが壊滅状態になると他の産業にも波及します。50人、100人規模の小劇場も閉じた世界で成立しているわけではなく、テレビや映画で活躍している人材をたくさん輩出してきました。未来のある人材が、今回の危機をきっかけに負債を抱えて芸術活動を辞めてしまうかもしれない。

「苦境にあっても、才能のある人は世に出てくる」という意見もありますが、もともと日本の文化・芸術の経済基盤はぜい弱ですから、実家が裕福で仕送りを受けられるような一部の人だけが芸術活動を続けられる状況になっていき、スタートラインで格差が生じて、出るべき才能が出てこなくなってしまう。やはりアーティスト支援の政策、特に若手アーティストに対する支援は必要だと考えています。

お金は一律にみんなが大事だと思っているから、現金給付による生活保障のような施策は社会的なコンセンサスを得やすい。一方で文化・芸術への支援は、そうしたコンセンサスが弱い部分なので対応が難しくなっています。

さらに、ソフト産業やフリーランスへの支援に行政が慣れていないことも課題です。私は行政を批判しているわけではなく、「慣れていない」。実際、どのようなスキームで支援すればいいのか、与野党の議員や官僚、自治体から私のところにも問い合わせがきています。

私がこれまでずっと言ってきたのは、他者に思いを馳せることの大切さです。もちろん命は大切。しかし、命の次に大切なものは、人それぞれ違います。世の中にはゲームやスポーツが生きがいの人もいれば、音楽に人生を救われた人、演劇がなければ生きていけない人もいる。日本人同士でも価値観の差異は大きくなっていますが、演劇には異なる価値観を持つ他者への想像力を育む力があります。文化は社会に必要なインフラであり、それが失われると社会全体が壊れていってしまいます。

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