マザーハウス 途上国発のブランドを構築

SDGs総研が実施する「SDGsプロジェクト研究」では、有識者や実践者をゲストに招き、その考え・取り組み直接聞くことができる講義を開催している。ここでは、SDGsビジネスの実践者であるマザーハウス・山崎大祐氏の講義の模様をお届けする。

※講義は2019年10月31日に開催

 

「価値観の対立が広がるなか、異なる国、宗教の人が笑顔で一緒に撮れる写真をいくつ増やせるかもミッション」と山崎氏

ものづくりを通して世界の
多様性を伝えたい

「途上国から世界に通用するブランドをつくる」を理念に、2006年に創業したマザーハウス。途上国において、バッグやジュエリーなどのファッション雑貨の製造を素材調達から行い、先進国で販売している。

山崎氏は、「途上国と聞くと貧困やかわいそうというイメージを持つ人が多いですが、途上国にも素晴らしい技術や素材、頑張っている人はいます。その可能性に光を当ててものづくりをする、というのが私たちの使命です。ものづくりを通して、世界の多様性を伝えたいと考えています」と話す。

マザーハウスは、代表の山口絵理子氏が、バングラデシュで外貨獲得の主要産品であった麻素材・ジュート(黄麻)に出会い、加工して日本や先進国で販売しようと考えたことがきっかけで2006年に立ち上がった。

160点のバッグづくりから始まった事業は、現在、生産工場6カ国、販売網4カ国に広がり、従業員は600人の規模となった。バングラデシュ、インド、ネパールではバッグやアパレル製品を、インドネシア、スリランカ、ミャンマーではジュエリーを生産する。デザイナーでもある山口氏が現地で生産者の話を聞き、素材開発から製品を作り上げていくところは、創業当初から変わらない軸だ。

ネパールの生シルクの8割がマザーハウスの商品となっている。環境立国のネパールでは英語を話せる男性が多く、他国へ出稼ぎに行くため、女性は仕事もないまま国内に取り残される状況となっている。こうした背景から、子育てなどで工場に来るのが難しい女性を雇い、自宅の織機で作業してもらう体制を整えた

上)スリランカのカラーストーンを使ったジュエリー。スリランカはダイヤモンド以外すべて採掘できる鉱物資源の豊かな国 下)インドで100年以上続く手紡ぎ手織りの綿布・カディを使ったシャツ。カディは、非暴力で戦うには経済的自立が必要と考えたガンジーが生み出した生地

バングラデシュではコンクリート建てではなく、現地の田園風景になじむ家のような工場を建設中。そばには地域に開かれた病院や学校を併設する

ルールづくりは0から

異なる宗教や文化を持つ国で事業を展開していく中で、大切にしていることがあるという。

「一緒に働く仲間の持続可能な生活を守るために、0から考えてルールをつくることです。例えば、インド東部のコルカタは、ヒンドゥー教徒だけでなく、キリスト教徒やイスラム教徒も多い地域です。ここではみんなが納得する休みを決めることから始めました。日本では考えられませんが、宗教が違うと休む日も日数も違うんです」

人が辞めないように、安全・安心に働ける、途上国で一番の工場を作ることにも余念がない。ランチ無償、平均の1.5~2倍の給与、無利子での貸し付け、スタッフの互助システム運用、日本レベルのメディカルチェック...同社の福利厚生を求めて優秀な人材が集まったことで、他工場も真似るようになったという。

「現地の工場をみていると、発注メーカーのコンプライアンス順守のために工場が負担を強いられ、受注がなくなった瞬間につぶれてしまうケースは多々あります。反対に認証をとっている工場でもそれが守られていないことも多いです。だからこそ、当社は自社工場にこだわり、その国に合わせたものづくり、工場づくりを大事にしています」

店舗は重要なメディア

マザーハウスの直営店は、国内だけでなく、台湾、香港、シンガポールにも広がり、現在37店舗。今後はパリへの出店も検討しているという。

「床や内装など、店づくりも自分たちでしています。すべて直営店なので、世界中のどのショップでも修理ができるのが強みです。私たちはメーカーであり、小売りなので、製品をお客様に届ける店舗は重要なメディアと位置づけています。小売りの現場はないがしろにされ、低賃金の傾向がありますが、私たちは店舗の社員割合を8割程度にし、業界では高い水準の給与体系を維持するようにしています。持続可能な働き方をしなければ、持続可能な製品は届けられません。当社も創業からしばらくは持続可能な労働環境ではありませんでしたが、目標を決めて改善していきました」

経済活動に"心"を復権

"関わる人みんながハッピーになる川上から川下までのものづくり"を大切にするマザーハウス。「今のものづくりは、誰かが泣かないといけない仕組みになっています。何かを作る過程で、誰が泣いているのかを常に考え続けること。これだけの価格競争がある中、誰も泣いていない業界はあるでしょうか」

コミュニケーションを排除する方向になってしまった経済活動にも言及する。「経済活動には心があり、存在価値を体現する方法でもあります。商品の向こう側にいろいろなつながりがあることを伝え、経済活動に心を復権したい。だから私たちは、お客様の"ために"、ではなくお客様と"ともに"を掲げています」

主観を差別化要因に

「SDGsが広まったことで、社会から物事を見ることができるようになりました。会社の事業が社会からどう見られているか、どう役立っているかを知ることはかなり重要です。ですが、一番大事なのは、SDGsというテーマがなくても、目の前の一人一人を大切にすることではないでしょうか」と問いかける。

一人一人の主観は、ビジネスにおいても最大の差別化要因となりうる。

「マザーハウスの始まりも山口の主観から。今は自分の言葉かどうかが伝わってしまう時代です。だからこそ、現場に行って問題意識を本物にして、SDGsを自分の言葉で語れるようにしてほしい。そのとき、人は正しいことではなく楽しいことで動く、ということも知っているといいですね」と締めくくった。

山崎 大祐 マザーハウス 代表取締役副社長