2019年9月号

実務家教員による大学教育

Society5.0時代に活用されるメタ知識「知識3.0」

川山 竜二(学校法人先端教育機構 社会情報大学院大学 研究科長・教授)

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現代社会は、情報社会、高齢社会、Society5.0とさまざまに語られることがある。本稿は知識社会と捉え「知識3.0」が活用される社会であると考えている。「知識3.0」とは、どこでどのように知識を活用できるかというメタ知識である。

Society5.0とはどんな時代か

現代社会はどんな社会だろう。情報社会、高齢社会、人生100年時代とさまざまに語られることがある。政府の政策もありSociety5.0という言葉があらゆる場面で聞かれるようになって久しい。狩猟社会(Society1.0)から農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)を経て、新たな社会の段階としてSociety5.0が定義されている。Society5.0は超スマート社会とされ今、まさに情報社会から新たな社会への転換期というわけだ。では、Society5.0とはいったいどんな社会なのだろうか。本稿は、Society5.0を知識社会そしてラーニング・ソサエティであると主張したい。この知識社会とラーニング・ソサエティは表裏一体である。この2つの社会を結ぶのが「知識3.0」である。本稿では、この3つのキーワードを簡単に解説したい。

知識基盤社会 Knowledge Based Society/ 知識社会 Knowledge Societyという言葉がある。新しいようで50年前から予見されていたこの言葉が、まさに今の社会を表す言葉となっている。これからの社会を考える上では、「知識と社会」は切っても切れない関係である。結論めいたことを言えば、この「と」でつないでいるのがラーニング・ソサエティである。そこで、まず「知識基盤社会/知識社会」とは一体何を表現するものであったのかを確認したい。

「知識基盤社会」を紐解くと、初出は平成17(2005)年に公表された中央教育審議会答申『我が国の高等教育の将来像』(以下、「答申」とする)である。その「はじめに」の部分に高らかと「21世紀は『知識基盤社会』(Knowledge-based society)の時代であると言われている」と謳っている。「知識基盤社会」は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化などのあらゆる社会領域の活動基盤となる社会である。したがって、「新たな知の創造・継承・活用」が社会の発展の基盤となる。この答申では、「知識基盤社会」の特質として①知識には国境がなく、グローバル化が一層進む、②知識は日進月歩であり、競争技術が絶え間なく生まれる、③知識の進展は旧来のパラダイムの転換を伴うことが多く、幅広い知識と柔軟な思考力の基づく判断が一層重要となる、④性別や年齢を問わず参画することが促進される、の4つを例示している。これらの例示は、これからの知識と社会そして「知識3.0」を考える上で、非常に示唆的である。

ところで周知のとおり、「知識社会」を論じたのは2000年代に入ってからが初めてではない。フリッツ・マッハルプが『知識産業』を1962年に著している。マッハルプは、教育、研究開発、コミュニケーションメディア、情報機器、情報サービスの5分野を「知識産業」と定義をしている。ここで注目したいのは、知識を単に生産することだけでなく、「知られている状態」を作り出すことも含むという指摘をしている。

知識が産業社会に与える影響としては、ダニエル・ベルが主張そのものにしている著書『脱工業社会の到来』を1973年に著している。まさに、脱工業社会は知識社会であると述べ、2つの特徴を主張した。第一に、理論的な知識が活用され社会の中心となる。第二に、財の生産からサービスの生産に比重が変わることで知識生産に経済活動が意向するという点である。

知識と社会の関係性では、マネジメント論でお馴染みのP・F・ドラッカーが『断絶の時代』で1968年にはっきりと「知識社会」を予見している。「知識の生産性が経済の生産性、競争力、経済発展の鍵」となる知識経済が知識社会の前提となる。知識が生産資源となるだけでなく、知識が社会の中心となることを主張した。そのうえで、知識社会は熾烈な競争社会になることも予見したのである。さまざまな社会領域に知識が要素として浸透している社会を知識社会である。

知識社会とラーニング・ソサエティ

冒頭で述べたように、知識と社会を結ぶキーワードはラーニング・ソサエティである。この点について、さきほどの知識社会論から整理していこう。

知識が社会のさまざまな領域の基盤になるので、知識を持っているものと持たざるもので格差が広がる可能性がある。そのうえ、知識社会では知識生産が盛んに行なわれるため、日々新たな知識が生成させる。そうなると知識社会の知識はすぐに陳腐化し、その価値は相対的に低くなる。知識を持つものと持たざるものは、学校でならう知識(いわゆる「学校知」)や学校歴で決まるわけでない。というのも、先に言及した「答申」にある通り知識そのものが日進月歩であり、知識の進展はパラダイム転換により根本から変わる可能性があるからである。したがって、知識そのものが不安定であり、常にその状況に応じた新たな知識を習得し続ける必要がある。実は先の言及したドラッカーは、「知識社会」の提唱と同時に「継続教育」の重要性を説いている。「継続教育」とは学校教育を終了し、経験と実績のある成人に学ばせることを意味しており、学校教育の延長と明確に区別している。

知識社会を別の視点で捉えれば、生涯を通じて学習することを自身の選択で自由におこない、またその学習成果について自身で責任を負うことになる社会でもある。補足していえば、新しい知識を習得する/しないの自由は保証されているが、その選択の結果は個人の責任となる。つまり、生涯にわたり学び直しが必要になる。それはすなわち、昨今注目をあつめるリカレント教育ということになる。教養を高め自己実現に資する学びをすることはもちろんだが、社会が知識の活用を求める以上、さまざまな社会領域の発展に資する学びも求められている。個人の学習が社会に組み込まれている事態、このような学習を求められる社会をラーニング・ソサエティ(Learning Society)と呼ぶことにしたい。ラーニング・ソサエティと知識社会は、リカレント教育が結節点となり結ばれているのである。

Society5.0と知識3.0

以上では、知識社会とラーニング・ソサエティの表裏一体の関係をみてきた。知識社会は、知識そのものがこれからの社会をつくる重要な要素となる一方、知識はすぐに陳腐化してしまう。時間をかけ習得した知識も、それらをいざ活用するころには時代遅れになっている可能性もある。また、グローバル化の進展によりフラットな世界での競争をすることになるので競争は激化する。したがって、常に学び続けなければならない圧力が我々にかかることになる。すぐに陳腐化してしまうのであれば、我々が何を学んでも仕方がないではないか。一体何を学べばよいのかと言いたくなってしまう。別の言い方をすれば、知識社会における知識は非常に不安定なものになる。それでは、どのような知識を身につけるのがよいのだろうかと。そのヒントはやはり「知識社会とはなにか」にある。知識社会では文字通り知識が社会の中心になるのだから知識についての知見が、すなわち「新たな知識の創造・活用・伝達」が重要となる。まさに、「社会における知識」を見通すメタ化する戦略が必要である。そのキーワードが「知識3.0(Knowledge 3.0)」である。

これはマイケル・ギボンズという社会学者のモード論(『現代社会と知の創造』)に着想を得ている。「知識1.0」は、各学問分野の問題設定から作られる伝統的な知識のことである。たとえば、物理学者が物理学の知識を生み出すことを想定するとわかりやすい。そして「知識2.0」は、実践的な課題を解決するための学際的(学問横断的)な知識のことである。現代社会の問題に応じて、さまざまなレイヤーやアクターが生み出した知識のことである(環境問題に対応する環境科学などをあげよう)。では「知識3.0」とは一体いかなるものか。「知識3.0」を簡単に定義すれば、メタ知識である。つまり、「知識を収集し、系統化と解釈を通じて、問題解決のために活用する知識」である。よりわかりやすく言えば、「この知識はどこでどのように活用できる知識なのか(知識を使うための知識)」を把握する知識である。このときの知識は、いわゆる科学的知識に限定されない。実践に土着した知識体系から、宗教的知識、芸術、もちろん自然科学や哲学までさまざまな知識の領域すべてを包摂するものである。

「知識2.0」と何が違うのかと問われれば、次のように言える。「知識2.0」の場合は、問題解決のための知識を作り出そうとするのに対して、「知識3.0」は存在している知識をどのように活用するのかという点に力点が置かれている。「知識2.0」と「知識3.0」は、どちらも問題解決を志向する点は変わらないが、3.0はどのように利活用できるのかを知識全体を俯瞰する点が大きくことなる。このときに勘違いをしてほしくないのは、「◯◯ X.0」のような「バージョン管理の思想」での落とし穴である。いわゆる「3.0」が新しいからといって1.0と2.0は必要ないと思われることがある。「知識3.0」が必要とされ生かされるのは、知識1.0と知識2.0の蓄積があってのことなのだ。あくまで1.0と2.0の積み重ねの上に3.0がある。

知識のバージョン

※モードが進んでいるからと言って、よい/わるいはない

出典: 著者作成

 

知識1.0から3.0までを簡単に要約すると、知識活動の違いである。知識1.0は、既存の領域での知識生産をすることである。知識2.0は、問題解決のための知識領域を作りだすことである。そして知識3.0が、メタ知識の段階である。知識社会が進展すればするほど、知識は高度に専門化する。専門化された知識は、社会や組織で位置づけ他の知識と連携させることで役立つのである。知識をいかにつかいどのように組み合わせるかを検討することで、他の知識を知り、取り込み、組み合わせることで大きなパフォーマンスをあげられる。

知識社会と知識3.0

出典: 著者作成

 

この「知識3.0」を通じて、知識社会に必要な能力も示唆しているのではないかと考えている。第一に、知識社会の知識を管理する能力である。どのような場面でどのような知識が必要になるのか、くわえて実践の場において、体系化されていない知見を整理する能力である。端的にいえば、これからの知識を創造し社会や組織に位置づける能力が求められるだろう。第二に、知識を普及・活用していく能力である。それはこれから必要な知識をどのように提供するのかという能力である。新たな知識を社会・組織に実装させ活用させる能力が求められるだろう。

よくよく考えてみれば、政府が掲げているSociety 5.0=超スマート社会も知識をいかに活用するのかを実現させる社会にほかならないのではないだろうか。この場合は、科学技術を活用して社会に実装させることを主眼においている。もちろん、これから科学技術を社会に実装したことで、倫理や法などあらゆる知見の動員が必要になるだろう。そのときに必要になるのが知識を俯瞰し適切に活用できる知識、それが知識3.0である。

以上のような、現代社会における「知識の創造・活用・伝達」を広い視座で捉えられる能力を培う必要がある。知識社会における知の急速な進歩と陳腐化を前に、我々がなすべきこととは、知識のfollowerではなくleaderになる能力を養成することが鍵となるのではないだろうか。

 

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