プロジェクト研究会から生まれた新事業 構想への共感が生む革新

SDGsに取り組み始める企業が増えているが、既存事業の延長線上にとどまることが多い。SDGsを企業のイノベーションの源泉とし、持続可能な経営につなげるためにはどのような視点が必要か。先日発表された〈SDGs新事業プロジェクト研究〉修了生の研究成果から探った。

欠かせないSDGsの思想へのコミット

発表会でファシリテーターを務めた事業構想大学院大学教授の岸波宗洋氏は、前提として、自社の事業がどのゴールに該当するかといった"タグ付け""ラベル貼り"では、SDGs達成やそれに資する事業の創出は難しいと指摘する。重要なのは「プラネタリーバウンダリーという地球的視座、誰一人取り残さないという原則、トランスフォーメーションの3点を柱とする"思想"にコミットすること」(岸波氏)。プロジェクト研究では、まず"研究生自らが考え、目指すビジョンをつくり、行動できるようになること"を目指しているという。

岸波 宗洋(事業構想大学院大学 教授)

イノベーションに
必要不可欠な"存在次元"

こうしたSDGsの思想なども学びつつ、研究員は一年間で事業構想計画書を策定する。発表された共創事例を構想したのは、日テレアックスオンの矢島鉄也氏と乃村工藝社の菅谷 遼氏。

矢島 鉄也(日テレアックスオン コンテンツ事業センター イノベーション事業部 プロデューサー)

矢島氏は日本テレビでニュース番組の制作を担当、現在は新規事業創出を担う部署に在籍している。「現在のコンテンツの先を考える際に、SDGs視点がひとつの鍵になる」(矢島氏)との思いから研究員となった。菅谷氏は商業施設の店舗デザインなど、空間総合プロデュースを手がける乃村工藝社で、企業プロモーションやブランディングを担う。乃村工藝社には高い専門能力を持つスタッフが多数在籍するが、「その個性をチームに昇華させ、さまざまな変化に対応していきたい」(菅谷氏)との考えからプロジェクト研究に参画することとなった。

菅谷 遼(乃村工藝社 リレーションマーケティング部 第1ルーム ルームチーフ兼ビジネスプロデュース本部 ソーシャルグッド戦略室)

イノベーションを生み出すために必要なこととして、菅谷氏は「自身で誰を助けたいのか、社会にどのような影響を与えたいのか、という"存在次元"を突き詰め、オーナーシップを持って事業をデザインすること」を挙げる。さらに矢島氏は「事業デザインでは自社のリソースにSDGsをかけ算しがちですが、まず、自身で社会に必要なものは何かという社会の理想形(ビジョン)を思考することが起点となります」と語る。

"存在次元"とは、ビジョンの高質性(共通善のために広く社会に貢献していく意図)、 革新性(新しい社会や価値創造の意図)、責任性(自らがリーダーとなって切り開いていく本気度)の3つの特質が、事業をつくる判断基準になるということを意味する。このうち特に重要なのが責任性、すなわち"オーナーシップ"だ。

「自らがエンジンとなり、当事者意識を持って事業をデザインすることが欠かせません」(矢島氏)

研究員2者共同で新規事業を構想

研究会でこうした学びを得つつ両者が共同で構想した事業が〈共育プロジェクト RinnE〉。子どもと社会をつなぐ"課外授業2.0"を掲げ、「子どもの本質を突く純粋無垢な発想と、大人と企業の課題、技術、デザインをかけあわせ未来をつくる」(矢島氏)ことを目指す"人財"輩出事業だ。子どもたちと社会人・企業が"共に育つ"オープンコミュニティを組成。SDGs視点で、マッチングに加え、理性を持って考え動くことができる人の創出や、子どものアイデアと企業の知見などを掛け合わせるオープンイノベーションの実現で社会課題を解決していくという。

「人が変わらないと、何も変わらない、との思いがあります。教えて育てる"教育"から、子どもと大人・企業が"共に育つ"コミュニティをつくり、よりよい社会を実現していきたい」(菅谷氏) 

今後は両者の強みであるクリエイティビティを活用。コンテンツ制作や空間総合プロデュースで多くの人をつなぐ考えだ。さらに「互いの"存在次元"を表明するなかでの"共鳴"がきっかけとなり、この共同プロジェクトが動き出した」(菅谷氏)ことも例にあげ、事業の思に共鳴する企業、教育機関、行政など公的セクターなどとも幅広く連携していきたいとする。

構想があってこそ
パートナーシップが実現する

岸波氏は「お二人がお話ししたように所属企業での役割や責任だけでなく、オーナーシップを持つことが重要」とする。さらに前述の"思想の共鳴"こそがSDGsにおける"パートナーシップ"の核にあるとも指摘する。

この"思想の共鳴"に基づくパートナーシップ構築は、新事業を立ち上げるうえで欠かせない。壁にぶつかったとき、従来の"儲かるか否か"という経済合理性のみを基礎としたアライアンスは破綻することもあり得るからだ。さまざまな困難を乗り越えるために必要なのが、"存在次元"から構想した事業の思想に共鳴しあう関係づくりと言える。

これは、企業が思想を持ちSDGsに取り組む際にも同様。投資家や顧客などステークホルダーとの関係構築で、"思想の共鳴"は大きな力を持つためだ。

今後SDGs新事業を構想する人に向け、岸波氏は「"思想の共鳴"は固い絆につながります。プロジェクト研究ではSDGsを実践するうえで不可欠なエレメントになる"つながり""コミュニティ"を獲得していく点でも力になると言えるでしょう」と語る。最後に「研究会での出会いは、一生の関係となります。私も今後、お二人の事業によりそっていくつもりです」(岸波氏)と両者にエールを送った。